第200話 午後、中央広場で
一人の若い男が、王都の通りを歩いていた。
ギターのような楽器を抱えているところを見ると、どうやら吟遊詩人らしい。男は一軒の食堂に入ると、店の奥に声をかけた。
「おやじさん、もうやってますか。やってるなら、定食をお願いします」
「おう、エルドレッドか。ちょっと待ってな」
主人のデリックが答える。その頭には、いつもの通り、ねじったタオルがはちまきのように結ばれていた。店内には、全身を真っ黒な服で身を包み、一目で堅気ではないとわかる男が奥の席に座って、デリックの娘のマリオンと話をしている。デリックが厨房に引っ込むと、エルドレッドはその男から離れた、適当な席についた。
「お水をどうぞ」
マリオンがコップを持ってくる。テーブルにコップを置くと、マリオンがきいた。
「ねえ、聞きました? ユージさんの話」
エルドレッドは黙ってうなずいた。マリオンは続けた。
「私、びっくりしちゃって。ユージさん、つかまったんだそうですね。なんでも、本当は自分が勇者なんだ、なんて言って、国をだまそうとしたんだとか」
エルドレッドは眉をしかめて、難しそうな顔になった。
「あいつが、そんなことをするとは思えないんだが」
「あんたも、ユージのやつとつきあいがあったのか?」
厨房の奥から、デリックが声をかけた。
「ええ。少し前、通りで歌っている時に、話しかけられたことがありましてね。それ以来です」
「それにしてもユージさん、どうしてそんなことしたんだろう。自分が勇者だ、なんて言ったって、イチノミヤ様っていう本物の勇者様がいるんだから。だませるわけがないのに」
「君の情報は、少し抜けがあるみたいだな。まあ、発表があったのは今朝だから、無理はないか。
ユージは、自分が勇者だと
「えっ……?」
マリオンはひどく驚いた顔になった。
「イチノミヤ様を殺した? 嘘ですよね?」
驚くのも無理もないだろう。対魔族との戦争に参加して以来、勇者イチノミヤは破竹の勢いで、魔族軍を撃破してきた。今では、あと一歩で魔族の首都を陥落させるところまで来ており、魔族側に残っている有力な将は、魔王一人だけとなった──との宣伝がなされてきたのだ。そんな勇者が、どうして偽勇者ごときに殺されなければならないというのか?
だが、エルドレッドは首を振って、
「少なくとも、国からの発表ではそうなっている」
「勇者様、殺されたの? でも、どうしてそんなことを……」
「自分を勇者と認めてもらうには、真の勇者であるイチノミヤ様が邪魔だったから、だそうだ。
だが、そうだとしてもなぜ、自分が勇者などと騙ったのか。実はユージは、イチノミヤ様と一緒に召喚された、マレビトの一人らしい。同じ時に召喚されたにもかかわらず勇者になれなかった彼が、嫉妬と劣等感のあまり、そのように思い込んでしまったのではないか。そしてその裏には、魔族の手先からのそそのかしがあったのではないか……。
まあこれも、このように歌って広めろと、騎士から命じられた内容なんだがね」
エルドレッドは皮肉な笑みを浮かべて、首を振った。
「だが、あんまり信じられないな」
「でも、騎士様がそう言ってるのなら──」
「だいたい、おかしいじゃないか。ぼくがユージに会ったのは、つい数日前だよ。だとすると、彼に殺されたという勇者様も、王都の近くにいたことになる。どうして、こんな所にいるんだ。勇者様は魔族との戦争の最前線にいて、われわれのために戦ってくれているんじゃなかったのか。
それに、自分が勇者だと証明したいのなら、もっと簡単な方法があるだろ。鑑定をしてもらえばいい。冒険者ギルドあたりに置いてある宝玉でも使わせてもらえば、自分のジョブがなんであるかなんて、すぐにわかる。認めるだの、認めないだのなんてことにはならないし、それでイチノミヤ様を恨んだり、邪魔に思う必要なんてない。
どう考えてもおかしい。国の説明には、間違いなく、大きな嘘がある」
「へい、お待ちどう」
厨房からデリックが出てきて、定食の皿をテーブルに置いた。ついでに、自分の娘をじろりとにらむ。話に夢中になったマリオンが、皿を取りに来なかったからだろう。エルドレッドはフォークとナイフを手にして、料理を食べ始めた。マリオンはしばらくの間、黙ってその様子を見ていたが、
「ねえ。勇者様がいなくなったら、この先どうなるの?」
こう問われて、エルドレッドは、食べる手をいったん休めた。
「勇者様がいなくなると、次の、新しい勇者様が現れるのだそうだ。これは、古くから歌にもよく歌われているんだが、実際にそういうことが起きるらしい。王女様は、その新しい勇者様を、魔法でお迎えするつもりらしいな。そのための儀式を準備中で、準備ができ次第、とり行う予定だそうだ。
歌にするときは、民衆に不安を与えないよう、このことも合わせて歌うように、と厳しく言われたよ」
「よかった。じゃあ、魔族との戦いも、だいじょうぶだよね」
「よくなんかないよ!」
突然、店の入り口の方から声が響いた。エルドレッドが声の方向に顔を向けると、十歳くらいの男の子が、両の拳を強く握りしめながら、ドアのすぐ外に立っていた。少年は続けた。
「ユージは、溺れていたユーリを助けてくれたんだ! 誰も、助けてくれなかったのに……それに、オレに仕事をくれて、お金をくれた。あの人が、そんなひどいことするはずがない!」
「君、もしかしたらレオ君かい?」
エルドレッドに尋ねられて、少年はうんとうなずいた。
「そうか。ユージが、時々君のことを話していたよ。妹さんを助けて、酒場で働いている子供がいるって」
「オレも、今朝ユージのことを聞いて。どうしていいかわからなかったけど、街中を歩き回って。そうしたら、時々ユージと一緒に話してたあんたを見つけたんで、あんたなら何か知ってるかもと思って、後をついてきてしまって……」
彼の言葉は、最後は涙声になっていた。マリオンは、突然姿を現し、泣き出したレオに驚いた顔をしていたが、ここで我に返って
「そうだった。ユージさんはどうなるの? 勇者様にそんなことをしたら、大変なことになるんじゃない?」
「……まだ言っていなかったかな」
エルドレッドは答えた。
「むろん、死刑だよ。それも、今日の午後、中央広場で公開処刑されるらしい」
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