第199話 衝動的な行動
パメラ王女の元に報告が届いたのは、その翌朝のことだった。
「そうですか。ようやく、彼を捕まえることができましたか」
パメラは執務室の椅子に深く腰掛け、満足そうにうなずいた。その様子を見て、報告をもたらしたアーノルド秘書官の表情は、逆にやや暗くなった。
「それで、ユージは今までどこに潜んでいたのですか?」
「彼を捕縛したのは、王都の城壁から離れて設置されている、砦の中でした」
「王都の外の砦? いったい、どうしてそんなところに」
「そこは砦と言っても、実態は王都の地下水路と地上の川の合流地点です。外部の者がそこを使って侵入するのを防ぐために、警備の者が詰めているのですが、昨晩、その砦に設置されている罠の魔法陣にかかっている者を発見しました。それがユージだったのです」
「なるほど。ユージはその地下水路を使って、脱出しようとしたのですね。しかし、それで王都を出た方法はわかりましたが、この城から逃れた方法がわかりません。その点について、彼は何か言っているのですか?」
パメラの問いに、アーノルドは首を振った。
「いえ、今のところは、何も。
ユージがかかった罠というのは、『催眠』の魔法陣でした。この術式にかかった者は催眠状態になり、そばにいる者の命令に従うようになります。そこで、宝玉の前から逃走して以降の足取りを尋ねてみたのですが、『覚えていません』の答しか返ってきませんでした。
おそらくですが、彼には協力者がいたものと思われます。彼はその協力者と一緒に城を出て、砦までたどり着いた。ところがそこで、ユージが魔法陣の罠にかかってしまったため、その協力者は術にかかった彼に余計なことをしゃべらないよう命令を下した上で、自分だけでその場から逃げたのではないかと」
「協力者、ですか。そうでもなければ、脱出は難しいでしょうからね」
パメラはうなずいたが、急にはっとした顔になって、
「では、聖剣は? 聖剣は、取り戻せたのですか?」
アーノルドは難しい表情で、再び首を横に振った。
「残念ながら、ユージは所持しておりませんでした。王都のいずこかに隠されている可能性もないとは言えませんが……協力者がいたという想定が正しければ、おそらくは、その者が持ち去ったのでしょう」
「イチノミヤ様が、命をかけて持ち帰られた、聖剣が……」
パメラがつぶやいた。この言葉は、実際のところは正確な表現ではなかったのだが、彼女の印象としては、このとおりだったのだろう。パメラは続けて、
「催眠の術式は、解くことはできないのですか。その後で、再び催眠をかけるなどして、その協力者について尋問すれば?」
「催眠を解くこと自体は可能です。が、罠に使用しているものは、軽い物理的な衝撃などでは解けないよう、強固な術となっています。そのため、術を強制的に解除すると、直前の記憶が混乱してしまう恐れがあるのです。そのため、今のところは催眠をかけたままの状態にしてあります。
二、三日程度の時間をおけば、自然と解けていくのですが……」
「二、三日、ですか」
パメラは左手の人指し指を唇にあてて、少し考えた。このところ、爪を噛むのが癖のようになってしまっている。この時も、聖剣が失われたとの知らせを聞くと共に、彼女の爪は歯には軽く当てられていた。パメラはその姿勢のまま、改めて確認するように、アーノルドに尋ねた。
「魔族の軍は、現在、リトリックにいるのでしたね」
「……はい」
アーノルドはうなずく。王女は、リトリックに「いる」と言ったが、正確には、リトリックの街は魔族軍によって占領されていた。国境を超えて以来、魔族軍は破竹の勢いで進撃し、すでに王都イカルデアから5日程度の距離にまで迫っていたのだ。軍の一部では、「王都決戦」という言葉さえ叫ばれている状況だった。
都に迫られた王国軍が奮起したのか、ここ数日は、魔族の進軍は足踏みが続いていた。それでも、危機的な状態にあることには変わりは無い。パメラは言った。
「では、そのような悠長なことをしている暇はありませんね。たとえ協力者が判明したとしても、その者を捕らえて聖剣を取り戻すのは、短い日時では難しいでしょう。
ユージは取り調べではなく、別の用途に使うことにしましょう」
「別の用途と言われますと、ユージを戦争に参加させるのでしょうか? しかし、依頼するにしろ命令するにしろ、彼が応じるとは思えませんが」
「いえ、そうではありません。戦いには、別の勇者に参加してもらいます」
「別の勇者、ですか?」
パメラの意外な言葉に、アーノルドは思わず反問した。
「しかし、法具に蓄えられていた魔力は、二度の召喚で無くなっています。異世界の勇者を呼び出すには、とても足りません。そのことは、パメラ様が一番よくおわかりになっているはずです」
「そうですね。しかし、今の表現は正確ではありません。正確には、魔力は『無くなった』ではなく、『ほぼ無くなった』のです。異世界からにしろこの世界の中からにしろ、召喚を行うのは無理ですが、それ以外の魔法を発動するだけの量は残っています。それによって、別の勇者をお招きする道を開くのです」
「他の魔法、ですか? それによって、別の勇者をお招きする……」
アーノルドははっとした表情になって、
「まさか、ブレイブの魔法をお使いになるつもりですか?」
彼の言葉に、パメラはにっこりと微笑んだ。
「よくわかりましたね。その通りです。あの魔法は、歓喜という感情のみに反応するわけではなく──」
「やめろ!」
反射的に、アーノルドは大声で叫んでいた。
その、ほとんど罵倒のような叫び声の相手は、一国の王女だった。しかも、まだ年若い彼を側付きとして拾い上げてくれた、恩人でもある。通常の彼であれば、とても考えられない行動だっただろう。だが、アーノルドの中の何かが、彼を突き動かし、衝動的にこの言葉を叫ばせたのだ。
信頼する側近の突然の行動に、パメラも驚いた顔つきになって、
「どうかしたのですか? 確かに、あまり前例のない方法かもしれません。しかし、今や存亡の危機にあると言ってもいい我が国の状況を考えれば、手段を選んでいる段階ではないと思うのですが。
それとも、他に良い方法でもあるのですか?」
「……いえ、出過ぎた真似をいたしました。たいへん、申し訳ありません」
アーノルドはあわてて頭を下げた。彼は、パメラの考えに反対するだけの論拠など、持っていなかった。そもそも、どうして自分があんな言葉を叫んでしまったのか、彼自身がわかっていなかったのだ。
彼の再三にわたる謝罪を、パメラも受け入れた。そしてそれ以降は、パメラの考えに基づいて、行動の細部を詰める作業が行われた。
だが、パメラとアーノルドは、重要なことを忘れていた。
アーノルドが、これまでにも周囲の意表を突く考えを述べ、それが
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