第189話 聖剣の輝き

 メイベルとの打ち合わせを終えた後、ぼくは腰に差した聖剣を抜いた。

 刀身から光があふれ、薄暗い廊下を照らす。メイベルが、軽く目を見張るのがわかった。体の中に力があふれて、気分も高揚してくるのを感じる。うーん、この感じ、なんだかちょっとヤバいかも。まさかだけど、中毒性なんてないよね?

 なんてバカなことを考えているうちに、メイベルがドアノブに手をかけた。ぼくと無言でうなずき合ってから、彼女は勢いよく、目の前のドアを開けた。


 ドアの向こうには、さっきと同じ場所に、たぶんさっきと同じゴーレムが待っていた。ほんの目と鼻の先に、2メートル超えの巨体が立っているのを見ると、攻撃なんて受けてもいないのに、異様なプレッシャーを感じる。

 ゴーレムはすぐにぼくらに反応して、左手を前に出す、例のポーズを取った。ほんの一瞬ためらった後、ぼくは打ち合わせの通りに、魔法を詠唱した。

「《サンダーアロー》!」

 雷魔法のうち、そこそこ攻撃力があって連射がききそうなサンダーアローを詠唱した。このゴーレムには一回目の剣戟は通じると思うけど、雷魔法の効果を確認したかったので、あえてこうしたんだ。雷の矢が走り、ゴーレムに当たって激しい光を放つ。だけど、ゴーレムはびくんと大きく震えたものの、まだ動きを続けていた。ぼくは連続で、同じ魔法を使った。

「《サンダーアロー》! もう一度、《サンダーアロー》!」

 三度目の攻撃で、ようやくゴーレムは動きを止めた。頭部の目も、灯りを放っていない。硬直してしまった敵を目がけて、ぼくは大きく剣を振りかぶった。

「強斬!」

 強力な剣戟を放つスキルを発動する。聖剣がゴーレムの頭部に直撃し、その体をものの見事に両断した。さすがは聖剣、切れ味も素晴らしい。

 ぼくは続けて、もう一つの剣のスキルを放った。

「連斬!」

 左右に分かれた体が倒れる前に、今度は横なぎに剣を振るった。左、右、左。攻撃が当たるたびに胴体が両断されて、ゴーレムは合計8つの大きなかたまりになって地面に落ちた。その他にも、小さな欠片がそこら中に散らばっている。普通の魔物なら、これで終わりだ。だけど、それらのかたまりは、床に転がるやいなや生き物のように動き出して、一つに集結しようとしだした。

 あー、やっぱりここのゴーレムも、再生機能を持っているのか。


 面倒だなあ。でもしかたがない、これも想定していたことだ。ぼくは、こちらも予め考えていた、次の魔法を唱えた。

「《サンドウォール》」

 詠唱に応えて、床から土の壁が生えてくる。ぼくは慎重に魔力を調整して、壁の形を整えた。まず、破片全体を囲む長方形の壁を作り。次いで、大きなかたまり同士の間をさえぎるように壁を作って、8つのマス目に分けた。冷蔵庫で使う、製氷皿を馬鹿でかくしたような形だ。これでとりあえず、かたまり同士が結合するのを邪魔することはできた。

「これで、再生しなくなるでしょうか」

「ならいいんですけどね」

 メイベルの問いに、ぼくは答えた。そして土壁の外に立って、しばらく様子を見る。すると、ゴーレムの破片は別の破片のある方向へ動こうとして、土の壁までたどり着いた。それ以上は進めず、しばらくは右往左往していたけれど、急にぴたりと動きを止めると、ブウンとわずかな音を発した。そしてそれとともに、土か崩れて、壁に穴が空き始めた。どうやら土魔法のようなものを発動して、壁を崩しているらしい。

「やっぱり、これくらいは対策してあるか」

 ぼくはとりあえず、再度の雷魔法で破片の動きを止めた。ついでに、大きめのかたまりに剣を突き刺して、さらに小さなかたまりに分割する。そして懐からマジックバッグを出し、バッグの中からフタの着いた大きなかめを取り出した。そして中に入っていた、ちょっと変な匂いのする小さなつぶつぶのかたまりを、ゴーレムの残骸の上にかけた。

「そ、それは?」

「あれ、言いませんでしたっけ? これは納豆……じゃなかった、くさり豆といって、一部の地域で食べられているものです」

 メイベルが驚いた顔になったので、ぼくは改めて説明した。

 この王都で見つけ、大量に自作しておいた納豆。土壁で作った仕切りの中に流し込んだのは、そのストックだった。そして、聖剣をその中に刺して、ぐるぐるとかき回す。納豆はたちまち糸を引いて、ゴーレムだったモノを包み込んでいった。

「ユージさん。もしかしたら、自分には策がある、と言ったのは──」

「ええ、これのことですよ。これで、かたまりがくっつくのを邪魔できないかな、と」

 メイベルはちょっとあきれ顔になったけど、ぼくは気にせずに、撹拌かくはんの作業を続けた。ちょっと、納豆が足りないかな。しかたがない、もう少し足してやりますか。

 あー、なんかもったいないな。なんていうか、食べ物を粗末に扱ってるみたいで。それにこの納豆、作るのにはそれなりに苦労したんだから。黒くなったのを食べたら発酵ではなく本当に腐敗していたり、保温のつもりでマジックバッグに入れておいて、出してみたら元のままだったりしたこともあった。中では時間経過が止まっているんだから、発酵も進むわけがないよね。

 こんなことまでしたんだから、頼むから効いてくれよ……。


 ぼくの祈りが通じたのだろうか。かき混ぜているうちに、ゴーレムだったモノの動きは、目に見えて鈍くなった。動こうとしたり、くっつこうとしたりしているんだけど、粘液に邪魔されてうまくいかない、って感じかな。

 それでも、なんとか動こうともがくので、こちらも追加でかき混ぜを行う。8つのマスがあるので、ぼくだけでは手が足りず、メイベルにも剣の鞘を渡して、手伝ってもらった。破片たちの動きはさらにぎこちなく、小さくなっていく。そしてついには、ほとんど動かなくなった。だいたい、一つのマスにつき、五十回以上はかき混ぜたから、合計で四百回以上。はっ! もしかして、かの魯山人先生は、こんなところまで見通されて……。んなアホな。


 それと、メイベルにはあきれられたけど、ぼくとしてはまったく成算がなかったわけではなかったんですよ。一ノ宮たちと挑んだグラントンの迷宮で、ぼくはゴーレムの破片を手に入れていた。それを、ケーキの容器だった陶器製の壺に入れて、ライトウォールとマジックドレインの効果を確認した。けど実はそのとき、もう一つのことに気がついていた。油が残っていた壺に入れた破片は、動きが鈍くなっていたんだ。

 ケーキの残りなんかじゃなく、もっと積極的に脂分とか、粘り成分を追加して、それとからませたらどうなるだろう。もしかしたら、ゴーレムの動きはさらに邪魔されて、復活までにひどく時間がかかるんじゃないだろうか? あの時は柏木と白河がいたから、そんなことしなかったけどね。でも、今はあの二人はいない。そこで今回、これを試してみた結果が、目の前にあるとおりになったんだ。

 それにとりあえずは、これを試すのにほとんど危険はなかったしね。雷魔法は、たぶん効くと思っていたし、もしもこれでダメだったら、ドアの向こうに引き返して、案を練り直せばいいんだから。


 ちなみに、納豆以外にも、いくつか試してみました。やってみたのは、水、生クリーム、卵、ボアの脂、火魔法と氷魔法。

 思った通り、水はまったく効果がなかった。最も効果があったのはゴールドボアの脂で、ぐにゃぐにゃどろどろとした油脂の上では、ゴーレムの破片はほとんど動くことはなかった。ただ、手元にある量が少ないから、たくさんの敵を処理はできない。生クリームは、いつかのスイーツ店の騒ぎの際に、慰謝料代わりにもらっておいたもの。あれからスイーツを作る機会もなく、放りっぱなしになっていたのを、試しに出して使ってみた。結果は悪くはなかったけど、やっぱりちょっともったいない。食材としては、たぶんかなりの高級品だと思うし。

 逆に意外にダメだったのは攻撃魔法の系統で、火魔法が通じないのは予想していたけど、氷魔法で氷漬けにするのもうまく行かなかった。破片をアイスウォールの魔法で氷付けにしてしまえば動けなくなるんじゃないかと思ったんだけど、すぐにそれぞれの破片が赤熱して、氷を溶かしてしまった。こういう、正攻法に近い手段に対しては、ちゃんと対策してあるんだな。逆に、納豆と混ぜるなんておバカな方法は、対策も考えてないのかもしれない。


 そのまましばらく待ってみたけど、ゴーレムはすぐには復活しそうになかった。これで倒したとは思わないけど、十分な時間稼ぎにはなるだろう。ぼくはほっと胸をなで下ろして、

「ふう。とりあえず、なんとかなりそうですね」

「そう、ですね……」

 メイベルが、ちょっと難しい顔でうなずいた。その視線は、ぼくが納豆の甕を出した、マジックバッグに向いている。あれかな、メイベルみたいなスパイでも、こういう品は珍しいのかな。

「探知スキルの反応からすると、この階にはあと9つほど、反応があるみたいですね。この先はどうなっているんですか? やっぱり、迷宮みたいに迷路になってるんでしょうか」

 ぼくが質問すると、メイベルははっとした顔になって、

「い、いえ。確実な情報ではありませんが、少なくとも途中までは一本道のようです。おそらくは、最後までそうなっているのではないかと」

「え。ってことは……」

「はい。三本の道に分かれてくれていれば、敵は残り三体なのですが……一本道なので、このあと9回、この作業を行わなければなりません」


 結論から言うと、彼女の情報は正しかった。

 繰り返された戦いの結果、光り輝く聖剣と美しい彫刻が施されたその鞘は、茶色の粘液でべたべたのどろどろになり、しばらくは変な匂いが取れなくなってしまったのだった。



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 まさかこんなアホな方法を当てる人がいるとは……びっくり。


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