第188話 ちょっと現実逃避的に

 ぼくたちは無事、さっきまでいた廊下までたどり着き、ドアを閉めることができた。ドアに背中をもたれさせて、ふうと息をついていると、メイベルがとがめるような調子できいてきた。

「どうして逃げたんです」

「それより、あれはなんです。どうしてあんなところにゴーレムがいるんですか」

「あれが、この施設の警備システムだからです。これを作った当時、重要な施設は、ゴーレムによって警備されるのが普通だったんでしょう」

「ってことは、この先は?」

「ゴーレムを倒さなければ、進めません。いわば、あのゴーレムが、この施設の錠前の役割を果たしているんです」

 なにその脳筋な錠前。けどまあ、それで少し納得がいった。そんな戦闘をするのでもなければ、メイベルがぼくを誘った意味が無さそうだからだ。これまでのところ、罠を見破り、突破してきたのは、ほとんどメイベルだけの力だった。階段の仕掛けだって、ぼくがいなければ、彼女一人で何とかしたんじゃないかな。

 そう思っていると、メイベルがこんなことを尋ねてきた。

「あなたは、グラントンの迷宮を踏破したと聞きました。と言うことは、さきほどのゴーレムと戦った経験があるのでは?」

 あ、やっぱりね。

 それにしても彼女は、あの迷宮に登場する魔物のことも知ってるんだな。一ノ宮は国家機密だ、なんて言ってたけど、毎年誰かが攻略にチャレンジしているのなら、その誰かから漏れたっておかしくないよね。それとも、このメイベルというスパイが、特別に優秀なのかな。

「よく知ってますね。確かに、あれとそっくりのやつが出てきましたよ」

「どうすれば倒せるんです?」

「倒せないんですよ、あのゴーレムは。魔法はほとんどきかなかったし、剣で物理的に破壊することはできるんですけど、すぐに元に戻ってしまう。その剣の攻撃も、一度目は当たるんですが、二度目はかわされてました。どんな攻撃が来たかを、学習しているみたいでしたね。その上、目からビーム──光の魔法を出してきます。かなり強力な攻撃魔法で、光ですからスピードも速く、防御の魔法がないと、防ぐのは難しいでしょう」

「なるほど。『ゴーレムは不死身』と言うのは、そういう意味でしたか……それで、あなたがたはその難敵を、どうやって突破したんですか?」

 そこが問題だった。

 あの時は、ゴーレムは迷宮全体からエネルギー源である魔力を受け取っていると考えて、白河のライトウォールの魔法で魔力を遮断、柏木のマジックドレインでゴーレムが持つ魔力を吸い取って倒したんだった。倒したというか、とりあえず動けないようにした。でも、そんな魔法を使える人は、ここにはいない。

 さっきのゴーレムが同じ仕組みで動いているかどうかはわからないし、そもそも再生能力を持ってるかも確かではないんだけど、外見があれだけ似てるとなると、たぶん同じだろうなあ。なんて言うか、同じメーカーが作った、ちょっとだけマイナーチェンジした新商品、みたいな感じで。


 このあたりを説明したところ、メイベルは黙り込んでしまった。おそらくは彼女が予想していた以上に手強いゴーレムの、攻略法を考えてるんだろう。ぼくは逆に、彼女に質問した。

「さっき、魔術師の人が、装置が動いているかどうかを確認に入る、って言ってましたよね。その人はどうやって奥まで行くんです?」

「ああそれは、ここに入る魔術師を、この施設に『認めて』もらうんです。そうすれば、あのゴーレムは、認めた人を攻撃してこなくなります」

 施設に認められるっていうのは、要するに利用者登録みたいなものなのかな。さっきの、そしてグラントン迷宮にいたゴーレムが、最初に腕を伸ばして攻撃してこなかったのは、登録の有無を確認していたのかもしれない。で、確認が取れなければ警報を鳴らして、不審者の排除に乗り出す、と。

「その登録者の中に、メイベルさんを潜り込ませることはできないんですか?」

「施設に認められるためには、魔術的な儀式が必要です。その方法についてはかなり高度の秘密となっており、今のところ入手できておりません。そもそも、この儀式にはかなり高度な魔術のスキルが必要らしいので、例え方法がわかったとしても、私がそれを行うのは無理です」

「なら、今登録されている人に化けて入るのは?」

「偽装スキルを使った上でその人に変装し、外見や仕草を似せて入ろうと試みたことがあるのですが、うまくいきませんでした。彼は変装の名人で、同僚や家族さえもだますことができたのですが、この施設には通用しなかったんです。また、隠密スキルを使って、本物の登録者の後をこっそり付いていこうとしたこともあるのですが、これも失敗しました。

 この施設が、どうやって本物と偽者を見分けているのか、侵入者を発見しているのかはまったく不明ですが、現在のところ、この手の方法はうまくいっていません」

 これもだめか。となると結局、あのゴーレムたちの警備を突破しなければならない、って事なんだな。しかも、手持ちのスキルとアイテムだけ。


 これまでの経験だと、こちらの物理攻撃は、一撃目だけは上手くいく。相手の技量を見ているのか、それとも侵入者であっても向こうからは攻撃しないというポリシーなのかは知らないけど、とにかく当たった。ただ、二回目の攻撃は、相手に届かなかった。剣を真剣に練習していた上条や一ノ宮がやってダメだったんだから、ぼくにも無理だろう。運が良ければ、二体目以降も一撃目だけは通る可能性もあるけど、期待しない方がいいかな。二体目からは、手を伸ばして静止する、なんてポーズは取ってなかったから。

 魔法攻撃はというと、ほとんどは効果がなかったけど、雷魔法だけは、一時的に相手の動きを止めることができていた。鑑定スキルによると、ぼくの雷魔法のレベルは3と、まあそれなりだ。ぼくの魔法でも通じるかもしれないし、一度でダメでも重ねがけをすれば、それなりの効果はあるんじゃないだろうか。問題は、それがうまくいったとして、その後をどうするか、だ。

 雷魔法で相手が停止している間にそこをすり抜けて、次が現れたらまた雷魔法で同じことをすれば? ……いや、これは怖いな。ゴーレムが止まっていた時間はそれほど長くはなく、わりとすぐに復活していた。下手をすると、新手のゴーレムと復活したゴーレムに、前後からはさまれてしまう。そこに目からビームでも放たれたら、絶対にただではすまない。もちろん、蘇生なんてスキルは、そこでは無意味だ……。


 こうしていろいろと考えを巡らせながら、ぼくの頭はその裏で、こんなところに呼び出されてしまった時のことを浮かべていた。

 ぼくはただ、唐揚げ定食を食べてただけなんだけどなあ。それと納豆を。その後でアクセサリーを鑑定したけど、「勇者」に関わることになった直接のきっかけは、それだった。やっぱり男女のことに首を突っ込むのは、よろしくなかったのかもしれない。それにしても、唐揚げはまだいいんだけどさ。納豆にフォークというのは、ちょっと違和感があるよな。やっぱ、お箸が欲しいよね。まあ、慣れない人には扱いが難しいのかもしれないけど、納豆としょう油がある場所なら、もしかしてお箸もあるんじゃないかなあ……。


 そんな、ちょっと現実逃避的な思考の中から、ぼくはあることを思いついた。

 ちょっと現実逃避的な、おバカなアイデアを。

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