第187話 M:Iのはずだったのに

 クモの糸の部屋を抜けると、その続きは再び、下へ伸びる階段になっていた。メイベルはまた罠探知のスキルで周囲を探るそぶりだったけど、ここでは怪しい装置は見つからなかったらしい。特に何も言わずに、階段を降り始めた。

 その後をついていきながら、ぼくは彼女に尋ねた。

「ところで、ちょっと気になったんですけど」

「なんでしょうか」

「どうしてこの地下には、誰もいないんです? 階の全部が魔道具だっていうから、きっと大きな装置があって、たくさんの人が働いているんだろう、と思ってたんですけど」

「そうですね……それは、次のドアを開けたらわかると思います」

 思わせぶりにメイベルは答えた。彼女の言葉どおり、階段を降りたところは、またもやドアになっていた。例によってメイベルが先頭に立ち、罠の有無を確認してから開錠して、ドアを開ける。彼女に続いてドアの向こうに進むと、そこは今までとは、がらりと景色が変わっていた。


 さっきまでは灯り一つない真っ暗な空間だったのに、ここでは廊下全体が光で照らされている。明るいグレーの壁、床、そして天井。表面はすべすべとしていて、元の世界のリノリウムそっくりな材質だった。ここに来るまでは、基本的には中世西洋風の石の壁や床だったのに。さっきのドアをはさんで、向こう側とこちら側で、まったく材質が違っていたんだ。

 そしてこの光景は、どこかで見たことがあった。地球で言うなら、学校や病院の廊下。いや、もっと最近、見たことがある。勇者パーティーと一緒に挑んだグラントンの迷宮、その最終層手前の第五層が、こんな見た目だったような……。

 これ、なんとなーく、嫌な予感がするんだけど。


「メイベルさん、これはいったい……」

「ここからが、魔法装置の本来の管理施設になります」

 メイベルが答えた。

「以前にも説明しましたが、イカルデアの魔法障壁を形作る魔法装置は、カルバート王国の前の王国である、リーゼルブルグ王国の時代に作られたものです。イカルデアは、リーゼルブルグ王国でも王都でした。王都の地下に下水道を張り巡らせたのと同じ技術力で、強力な障壁を形成する魔法装置を作ったんです。

 ただし、現在のカルバート王国には、その技術は継承されていません。前王国末期の国力の衰退、そして前王国から現王国へ変わる際の混乱により、高度な魔法技術は失われてしまったんです。その断絶を明確に示しているのが、この場所になります。

 このドアより前は、王国交代時の戦乱で破壊され、現王国によって再建された部分。ドアより向こうは、前王国時代の施設がそのまま残っている部分です。使われている材質、そして技術のレベルが、全く違っているのがわかるでしょう。

 こうした断絶のため、魔法装置自体は残っているものの、それがどのように動いているのか、といった技術的な仕組みはわかっていないらしいんです。現在は、魔法装置の管理を担当する魔術師が、動作の状況を定期的に確認するだけで、装置には基本的にノータッチです。そんな状態でも、百年に渡って魔道具が動作し続けているのは、その頃の魔法技術がどれだけ高かったか、を示しているのでしょうね。

 地下に人の姿がないのは、こういった理由からです」

 へー。ってことはこの地下は、ものすごくでっかい、オーパーツみたいなものなんだ。あ、ちょっと意味合いが違うのか。この世界では、今よりも昔の技術力が高かったのは周知の事実とされているんだから、古い時代のとんでもない技術のものがでてきても、なんの不思議もない。「オーパーツ」なんて騒がれることもないんだ。

 それにしても、召還の時に騒いでいたヒゲのじいさん(たしかエルベルト、といったっけ)なら、喜んでこの中に籠もって、研究三昧をやりそうなんだけどな。でもたぶん、そういうことは禁止されてるんだろう。都市と城を守る防壁なんて、最重要施設だろうから、下手にいじって動かなくなったりしたら大変だ。そんなことの起きないよう、できるだけ人が入らないように、配慮されているのかもしれない。

 メイベルは続けて、

「ここから先はリーゼルブルグ王国時代の建造物で、当時の機構も生きています。したがって、警備のシステムも、その頃のものに切り替わります。先ほどまでとは全く様子が違ってきますので、注意してください」

「具体的には、どんな警備になるんですか」

 ぼくの質問に、メイベルは首を振った。

「それも、すぐにわかります。と言うより、もう現れたようです」

 その言葉が終わらないうちに、廊下の奥の方から、カシャン、カシャンという小さな金属音が響いてきた。それは次第に大きくなって、やがて音の主が現れた。

「……やっぱりか」

 ぼくは思わず、つぶやいてしまった。


 姿を現したのは、身長2メートルは余裕でありそうな、ヒト型のモノだった。色はグレー、頭部には大小二つの目のようなものが付き、全体に凹凸のないのっぺりとした形をしている。ゴーレムだ。グラントンの迷宮にいたものとそっくりな姿だけど、ちょっと違う部分もある。色味が少し違うのと、頭部の二つの灯りが、赤ではなく白だったこと。それから、こちらは肩のあたりに、突起のようなものが生えている。腕もやや長くて、あの迷宮にいたやつよりも、こっちの方が「ラ○ュタ」のそれに近いかもしれない。

 ゴーレムはゆっくりとぼくたちに近づき、3メートルほどの距離まで来ると、立ち止まった。そして左手を出し、手の甲をこちらに向けて、そのまま静止した。このポーズも見たことがある。確かあの時は、このまましばらく経つと──。

「ユージさん、指示を。剣で攻撃しますか、それとも魔法が効果的でしょうか?」

 メイベルが尋ねてきた。ぼくは迷わず、こう答えた。

「逃げます!」

 そして回れ右をすると、急いで今来たドアの向こうへと、とって返した。そして心の中で、こうぼやいた。


 今回はミッション・イン○ッシブルのはずだったのに、どうして迷宮攻略になってしまうんだよ!



────────────────


 作者より、ここでちょっとだけご報告です。

 「作者近況」の方にも書きましたが、カクヨムコン9の中間選考(読者選考)の発表がありまして、本作は無事、通過できていました。応援していただいた皆さん、ありがとうございます。

 しかしあれですね。カクヨムコン、応募数もすごいけど、中間選考を通過する数もすごいですね。通過作の一覧をスクロールするだけで、面倒になってしまいました。いったい、何作通過したんだろう……。

 ということは、この先に進むのが大変と言うことですので、やっぱりあんまり期待することはせずに、この後を待ちたいと思っています。


 それよりも、6章を書いとかないと(5章はだいたい終わったので)。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る