第190話 本来の使命
ゴーレムたちを抜けた先にあったのは、両開きのドアだった。
そこまでのルートは、メイベルの言うとおり一本道だった。といっても、しばらくまっすぐ進んだあとで180度のカーブがあり、またしばらくまっすぐ、続いて逆方向への180度カーブ……といったぐあいに、まるでいろは坂のように折れ曲がった一本道だったけど。日本の城は、攻められた時の移動距離を長引かせるためにわざと道をくねらせている、なんて話を聞くけど、そんな効果を意図したんだろうか。
ドアには鍵はかかっておらず、開けるとその向こうは、教室の半分くらいの広さの部屋になっていた。メイベルが罠探知で探ったけど、なんの反応もないらしい。ただの部屋のようだ。入ってみると、二つのドアがあるだけで、中には何も置かれていない。正面のドアの向こうは下へと続く階段になっていた。ここを降りれば、おそらく次の敵が待っているんだろう。だけどぼくたちは、まずはこの部屋で休みをとることにした。
なにしろ、ここまで10体のゴーレムと戦っているんだ。戦い自体は、雷魔法→切断→かき混ぜ、という単純作業だったんだけど、このかき混ぜ作業がけっこう大変だった。8つに分割した後、それぞれに納豆を入れて、50回ずつ撹拌するんだよ。それを10体分、実際には50回よりも多めに混ぜていたと思うから、合計では5千回近く……。
ステータスの「筋力」「スタミナ」はけっこう高いし、1/4くらいはメーベルがやってくれたんだけど、それでも慣れない動きをこれだけの回数させられるのは、ちょっときつかった。メイベルも少ししんどそうだし、ここで一休みしておくべきだろう。
ちなみに、右手にあるもう一つのドアを開けると、そこは幅1メートル、奥行き2メートル程のとても狭い部屋だった。この部屋だけ、壁の色とか質感とかが、他とちょっと違っている。他の部屋より、ちょっと濃いめの色になっていた。そして部屋の真ん中にあったのは、楕円形の真っ白い椅子のようなもの。椅子にはフタがあって、フタを開けると、中は水の入った穴が……これ、どうみてもトイレだよね。
考えてみれば、昔はここで大勢の(かどうかは知らないけど)人が働いていたらしいんだから、トイレくらいあっても不思議ではないのか。ためしに小さい方の用をたしてフタを閉めたら、水が流れるような音がして、開けると中の液体はなくなってました。どうやら、間違いないらしい。いや、もしかしたらトイレというのは勘違いで、ぼくは大変なことをしでかしてしまったのかもしれないけど、とりあえずは何事も起きなかった。ま、たぶん、トイレに間違いないでしょ。
トイレ(仮)を出ると、メイベルは背中を壁にもたれさせて、携行食糧を口にしていた。ぼくもその近くに座って、バッグから携行食を取り出す。マジックバッグの中には、温かい食事もかなりの量ストックしてあるけど、メイベルがもう、食べちゃってるしな。ここで自分だけおいしいものを食べるのも、ちょっとはばかられたので。
「追っ手は来ないみたいですね」
ぼくが話しかけると、メイベルは黙ってうなずいた。
「ゴーレムは、間違いなく侵入者に気づいたでしょう。なのに、警備の騎士団に通報されないんですか?」
「先ほどもお話しましたが、今の王国は、前の王国時代に作られた施設を、完全には掌握できていません。途中で建物自体が破壊されていますから、通報の仕組みがあったとしても、そこで途切れているのでしょうね」
ぼくはここで、気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば、メイベルさん」
「なんでしょう」
「今さらなんですけど、どうしてこの仕事、ぼくたち二人だけでやるんですか? スパイに、仲間はいますよね。その人たちは、協力してくれないんですか」
ここまで来ておいてなんだけど、ゴーレムがいるようなこんな施設を、二人だけで突破しろというのが、そもそも無理筋の話だと思う。グラントン迷宮の時だって、勇者パーティーという規格外が四人そろって、ようやくなんとかなったんだ。ぼくが納豆なんて変なものを持っていなければ、そしてあんな変な策を思いつかなければ、この部屋にたどり着くことさえできなかっただろう。
だけど、メイベルは首を振って、
「もちろん、この城に潜入している密偵は私一人ではないはずです。ですが、私たちには、横のつながりはありません。誰が密偵なのかはもちろん、密偵が何人いるのかさえ、知らないんです。もしもそれを知っていると、万が一、密偵であることが露見した時に、一網打尽にされる危険性がありますから。私が知らされているのは組織との連絡手段、ただそれだけです」
「へー。じゃあ、仲間同士で助けたり助けられたり、というのもないんですか」
「はい。基本的には、私たちは一人だけで任務に取り組みます」
メイベルは答えた。うーん、やっぱりスパイっていうのは、孤独なものなんだなあ。今の言葉を口にした時、彼女はなんだか悲しげと言うか、遠い目をしていたような……。あれ? 今、『基本的には』って言ったよね。あれはどういう意味なんだろう。
だけど、メイベルはすぐに後を続けて、
「それに、仮に密偵が何人か集まったとしても、今回は戦力にならなかったと思います。私たちのジョブは『アサシン』であることが多く、このジョブがもたらすスキルは、暗殺には向いていても、正面切っての戦闘には不向きですから」
「でも、これが指令というか、命令だったんでしょ?」
「ええ。ある理由から、ある程度の優先順位を持った指令になっていました。といっても、絶対に成功させなければならない、と言う性質のものではありません。私たちではそれが困難であることは、指令を出した側もわかっています。
もしも、そんな指令を絶対に成功させろと命ずるとしたら、その指令の成功を前提に、何らかの作戦が計画されている、と言うことになるでしょう。それはつまり、その作戦はほとんど確実に失敗する、ということです。
我々は、そこまで愚かではありません」
「それで、誰か仲間にしよう、としたわけですか。
あれ、だけどそれにしても、どうしてぼくを見た時、仲間にしようとしたんです?」
メイベルが変な顔をして首をかしげた。聞き方が悪かったかなと思い、ぼくは補足した。
「ぼくが勇者だってことは、たぶん鑑定スキルでわかったんですよね。で、ついでに蘇生術師のジョブもあったから、こいつは以前に追放されたケンジで、ここから逃げだそうとしていると思ったわけです。けど、鑑定のスキルなんて、いつも使っているわけじゃないでしょう? 廊下を走っている人がいても、いちいち鑑定なんてしないんじゃないですか」
「ああ、そういう意味ですか」
メイベルは納得したという風にうなずいて、
「それは、近々勇者が召喚されることがわかっていたからですよ。パメラ王女がもう一度召喚の儀を行うことは、あの城で働くものの多くが知っていました。最初の召喚は極秘裏に進められていましたが、今回のそれは、王女サイドが積極的に触れ回っていたんです。最近の対魔族戦の戦況悪化で、あの人は求心力が低下していましたからね。それで、焦っていたのでしょう。
ですから、あなたを見た時に、もしかしたら召喚された勇者ではないか、と思ったんです」
これだけ答えると、話を打ち切るかのように、メイベルは床の上に横になった。
「そろそろ休みましょう。念のため、一人は見張りとして起きていた方がいいでしょうね。少々疲れましたので、申し訳ありませんが、先に休ませていただきます。2時間ほどたったら、起こしてください」
彼女はそう言って、目を閉じた。そしてすぐに、寝入ってしまったらしい。小さな、規則正しい寝息の音が、静かな部屋の中に響いてきた。
起きている時は、ちょっときつめのお姉さんという感じだったけど、寝顔になると、なんていうか、ちょっと温かい雰囲気になるんだな。顔の下にある忍び装束は、体にぴったりとフィットして、ボディラインを浮かびだしている。そのため、ボリュームのあるバストとヒップが、これ以上ないほど強調されていた。ただし、エロさというより、どちらかというと母性のようなものを感じさせる体型だった。
これはしかたがない。たぶんだけど、ぼくよりも二十歳くらいは、年上だもんね。そういうものの対象としては、ちょっと考えづらいというか。それに、好みもあるのかも。どっちかというと、ぼくはスレンダーな方が好み? 否定はしません。アネットなんか、もともと男装だったもんね。
それにしても、メイベルはどうして、スパイなんて仕事についたんだろうな。こんな仕事をしていなければ、もしかしたら本当に、田舎でいいお母さんになっていたのかもしれないのに。
そんなことを考えながら、ぼくは改めて探知スキルを使って、周囲を探ってみた。ゴーレムの反応に動きがないところを見ると、どうやらまだ、復活してはいないらしい。納豆と一部は生クリームを使ったあの攻略法、思ったよりも長持ちしているみたいだな。ぼくはふうと息をついて、目を開けたまま、その場に横になった。
それにしても、妙なことになったなあ。
ぼくは改めて、そう思った。勇者なんてものになって。突然、召喚されて。そのあげくに、魔族のスパイと協力することになるなんて。いや、カルバート王国なんて嫌いだから、ぼくが魔族に協力すること自体は、何の不思議もないよ。でも、「勇者」と言えば、「魔王」と対立する存在のはず。その勇者であるぼくが、ヒト族の大国の王城の地下で、魔族のスパイと一緒に、指令を達成しようとしているんだから。
でも、この国に勇者として祭り上げられ、魔族との戦争に駆り出されるよりは、ずっとマシか。それもこれも、メイベルがぼくが勇者だと気づいて、助けてくれたからだよね……。
ここまで考えたところで、ぼくはあれ、と思った。
メイベルはどうして、勇者を探していたんだろう。
見つけたとしても、勇者が仲間になってくれるとは限らないのに。っていうか、ぼくみたいな勇者は例外中の例外のはずだ。勇者であれば、たいていは魔族の敵になって、協力どころか対立関係になるものだろう。それなのに、勇者を探していたということは……。
あ、そうか。そうだよね。
たぶん、そういう指令も出ていたんだ。というか、それが彼女本来の、優先すべき使命だった。だからこそ、メイベルはわざわざ鑑定スキルを使って、勇者を見つけようとしていたんだろう。
まだ経験を積まず、成長していない勇者を、今のうちに暗殺するために。
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