第185話 ヨシ!
こうして、最初の難関である、騎士が警備するドアを突破することができた。ほとんどすべてメイベルのおかげで、ぼくは何にもしていないんだけど、ともかくも二人そろって進むことができたんだ。ぼくはほっと息を吐いて、歩き出そうとした。そのとたん、メイベルに肩をつかまれた。
「?」
「止まって。この先に、罠があります」
「え?」
「床一面に、魔法陣が描かれています」
ぼくはびっくりして後ずさった。魔力を絞った「ライト」の魔法を唱えて小さな灯りをつけ、その灯りを動かして床の近くを照らす。けど、それらしい模様は見つからなかった。
「肉眼では見えないでしょうね。ですが、罠があるのは間違いありません。私のスキルにひっかかっていますから。お疑いなら、罠を起動させれば、陣が光って、見ることもできますよ」
そうだった。メイベルは、「罠探知」のスキルを持っているんだっけ。いわれてみれば、一つの障害を突破してほっとしているところに別の罠をしかける、というのは、効果的でもあるし基本でもあるような気もする。
「それはやめておきますよ。それで、ここにあるのはなんの魔法なんです?」
「私には魔法陣を解読する知識はありません。が、私の知る限りでは、これには『催眠』の術式が込められているそうです。この術を受けたものは自分の意志を失ったような状態になって、術者のどんな命令にも従い、どんな質問にも答えてしまうのだとか」
「催眠。殺したり、大けがをさせるわけじゃないんですね。あ、そうか。曲者は殺すよりも生かしておいて、そいつから情報を引き出そう、ってことなのか」
「それもあるのでしょうが、事故が頻発したことも理由のようです」
「事故?」
「この廊下は、密偵が忍び込むだけでなく、当然のことながら王国の人間も利用します。その際には魔法陣を停止させてから通行するのですが、その手順を間違えて、魔法陣が生きた状態のまま通ろうとしてしまい、死亡したり大けがを負うことが何回もあったのです。そのために、事故があったとしても取り返しのきく、催眠の魔法に変えられたんですね」
へー。そんな現場猫案件みたいなのが、こっちの世界でもあるんだ。トラップを強力にすると、事故があった時の被害も大きくなってしまうんだね。
さて、位置さえわかってしまえば、魔法陣をよけるのは簡単だった。廊下の端っこを歩く、それだけでよかった。ぼくたちは、さらにその先へと進んでいった。ほんの数メートルほどで廊下は終わり、その先は地下への階段になっている。なんとなく嫌な予感がしたので足を止めると、それを見たメイベルがうなずいた。
「ここにも、罠があります。階段全体に重さを感知する仕掛けがあって、そこに足を乗せて体重をかけてしまうと、どこかに信号が伝わるようです」
どうやらぼくの山勘はあたっていたらしい。信号、って言うのはたぶん警報で、その行き先は騎士の詰め所あたりなんだろうな。ぼくは階段の少し手前まで行って、その先をのぞき込んだ。かなり長い階段で、たっぷり二階分くらいの段数がある。手すりなんてついてないから、その上に乗って移動する、なんて手は使えない。
「天井は高さがあるから、半分くらいなら、ジャンプでなんとか超えられるかもしれないけど……全部はとても無理ですね。どうしましょうか?」
ぼくが尋ねると、メイベルは視線を左右に動かして、
「何か引っかかるものというか、支えになるものがあればいいのですが」
「支えになるって、例えばどんな?」
「形はなんでもかまいません。紐が引っかけられて、一人分の体重がかかっても壊れたりしない、そんなものがあれば。入り口にドアノブがありましたが、あれは力をかけると、音が出てしまいそうなので……」
ぼくも周りを見回した。このあたりは壁も天井も漆喰のようなもので塗り固められていて、手がかりにできそうなものはない。あの漆喰、土魔法でどうにかできないかな。それで溝を作って、サス○かボルダリングみたいに伝っていけば……いや、だめだな。溝作りに失敗したら、警報装置の上に土くれが落ちてしまいそうだし、それ以前に、ぼくはボルダリングなんてやったことがない。一発勝負って、あんまり強くないほうなんだ。
あ、そうだ。どうせ土魔法を使うのなら、
「支えがなければ、作ってしまいましょうか?」
「作る?」
ぼくはうなずいて、「サンドウォール」の魔法を唱えた。土の出方を調整して、壁ではなく、太くて丸い柱になるようにする。床から生えてきた土の柱はぐんぐんと上に伸びて、あっという間に天井まで到達した。
「これでどうです? 床と天井で支えてあるので、横から力がかかっても、簡単には倒れませんよ」
メイベルは円柱に近寄り、こぶしでコンコンと柱を叩いて、
「柱自体の強度は?」
「かなり頑丈だと思います。けっこう、魔力をこめたので」
「いいですね。これならいっそのこと、柱から板を伸ばして、橋のようなものを作れませんか?」
「あ、なるほど」
ぼくは柱に手をかざして、もう一度魔法を唱えた。柱の横から、板のような壁が横方向に伸びていく。あれだな。強度を考えると、太鼓橋みたいな形にした方がいいのかな? 人が乗っても壊れないとは思うけど、念のために。ぼくは魔力を調整し、微妙なカーブをつけながら、土の板を作っていった。
しばらくは順調に作業が進んだけど、途中からちょっと、苦しくなってきた。魔力が足りなくなってきたのではない。土を作っていく場所が遠くなって、魔法が届かなくなってきたんだ。けど、もう橋の八割以上はできあがっている。もうちょっとだけ、がんばれば──。
「ん?」
魔力を伸ばした端っこの方で、何か”変な感じ”がした。なんていうか、魔力の一部が、上手くまとまってくれなかったような。そして、その直後、
カラン──
という高い音が、階段から鳴り響いた。
ぼくもメイベルもとっさに身をかがめて、警戒態勢を取る。だけど、音がした後は、まったく何も起こらなかった。さっき入ってきたドアの向こうからも、なんの動きもない。ぼくは探知をレーダー方式に変え、できる限り遠くまで探ってみたけれど、誰かが動いているような様子はなかった。
ぼくは少し、警戒を緩めた。さっきの音はなんだろうと、ライトの魔法を少し強めにして、階段を照らしてみる。すると、階段の下の方に、親指の先ほどの小さな石のようなものが、転がっているのが見えた。
あちゃー、やっちゃったか。
「ごめんなさい。たぶんあれ、ぼくのせいです。サンドウォールの魔法を発動する位置が遠くなってきて、魔法に込めた魔法が少し散ってしまい、それで変なところに石ができてしまったんだと思います。
この階段って、重いものが落ちると、それを感知するんでしたよね。もしかしたら、もう警報が行っちゃってます?」
「いえ。私はずっと罠探知のスキルで周囲を探っていましたが、何かが動いた気配はありませんでした。おそらく、この程度の重さでは装置が作動しないのでしょう。
ですが気をつけてください。このような幸運が、二度続くとは限りませんから」
メイベルは特にぼくをとがめるでもなく、こう言ってくれた。けど、その目線は厳しかった。まあ当然だよね。こういう現場は、一つのミスが、命取りになる可能性があるんだ。たぶんプロのスパイからすれば、ありえない失敗だったんだろう。
それにしても、まさかぼくが現場猫になりかけるとは思わなかったよ。あ、そうか。考えてみれば現場猫だって、「自分は現場猫だ」なんて、思ってはいないんだよな、きっと。
遠くから土魔法を使うのはやめて、ぼくはここまでで作ってきた橋の上に乗り、ある程度先に行ってから、そこで魔法を使っていくことにした。強度は問題ないと思ったけど、念のために斜め下から補強の土壁をつけておく。おっかなびっくりで橋に乗ってみたけど、やっぱり問題はなし。3メートルほど前に進んで、改めてサンドウォールを唱える。もう大半ができあがっていたので、その位置から、残りの橋を完成させることができた。
これも念のため、橋の先にも支柱を作って、二本の支柱で橋を支える形にした。ついでに、二本の支柱に昇降用の階段も作っておく。こうして、とても使い捨てとは思えない、立派な橋ができあがった。まあ、任務が終われば、帰りも使うかもしれないし。
いろんなところを確認しつつ、ぼくは慎重に橋を渡りきった。次いでメイベルも橋に乗り、今度はなんの事故もなく、階段を超えることができた。メイベルはそのまま先に進んでいったけど、ぼくは最後に、土魔法でできた支柱を振り返って、左の人指し指で指さした。
確認、ヨシ! みなさん、今日も一日、ご安全に!
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