第183話 今回の君の任務は

 魔法障壁を作っている魔道具?


 って、なにそれ。初めて聞いたんですけど。そもそも、

「魔法障壁、ってなんです?」

「簡単に言えば、敵の攻撃から城や城壁を守るためのものです」

 ぼくの質問に、メイベルが解説した。

「どんなに頑丈に作った城壁であっても、強力な攻撃魔法の直撃を受ければ、比較的簡単に壊されてしまいます。それを防ぐために、城や城壁には魔法障壁を組み入れておくのです。

 魔法障壁には、『対魔法障壁』と『対物理障壁』の二種類がありまして、前者は魔法による攻撃を、後者は物理的な攻撃を防ぐことができます。もちろん、その障壁の強さによって、耐えられる攻撃には限度がありますが、イカルデアの魔法障壁はその優秀さで有名です。都市及び王城を囲む城壁と、王城の建物そのものに、この両方の障壁がかけられています。

 去年、魔族の部隊がこの城を襲ったことがありましたが、急襲部隊の攻撃魔法を受けても、建物にはほとんど被害は出ませんでした。あれは、王城にかけられた魔法障壁のためです」

 こう言ったとき、メイベルの顔に苦い表情が浮かんだ。ああ、たぶんぼくがビクトル騎士団長に殺されて、寝込んでいた時だな。ぼくは眠っていて知らなかったんだけど、あの時に魔族の急襲があって、大騒ぎになったらしい。たしか、その急襲部隊は文字どおりに全滅して、一人も生き残らなかったんだっけ。

「へー。で、それを作っている魔道具が、城の中にあるんですね。でも、それを壊すことが、ぼくの脱出とどう関係するんです?」

「障壁を破壊すれば、この地下道を通って逃げることができるからですよ」

 メイベルは、地下道の続く先に視線を投げながら答えた。

「先ほどお話ししたとおり、この地下道の先は土砂で埋められています。実はこの地下部分の土も、魔法障壁で守られているんです。地下を掘って城壁の内部に攻め込むというのは、攻城ではよく使われる手段ですからね。それに対する対策でしょう。このために、内側から外部へ脱出することも、できなくなっているんです。

 逆に言えば、障壁さえなくなってしまえば、地下道を掘って脱出することも、可能になるでしょう」

 ああ、さっき土魔法で穴を掘った時の「魔法がうまく通ってくれない」感じ、あれが魔法障壁だったのか。確かにあれがなければ、穴を掘ること自体は、それほど難しくはない。

 でも、そんなことしなくても、

「べつに、地下にこだわらなくても、なんとかなるんじゃないですか? あなたほどのレベルじゃないけど、ぼくも隠密スキルを持ってます。隠密で気づかれないようにして、どうにかして城壁をよじ登れば──」

「それは不可能です」

 メイベルはあっさりと、ぼくの意見を否定した。

「魔法障壁には、対魔法と対物理の二つがあると言いましたね。このうち、後者を応用することで、障壁外からの侵入、あるいは障壁内からの脱出を防ぐことができるんです。と言っても、難しいことではありません。対物理障壁を、実際の城壁よりも高い位置まで展開する、これだけでいいんです。侵入者も『物質』なのですから、その壁を超えることができなくなる、というわけです。

 これをすると、城壁の内部から外部へ向けての攻撃も不可能になってしまいますが、城壁は基本的に防御のための設備です。平時には、このほうがいいのでしょう。攻撃がしたくなったのなら、その段階で障壁をオフにしてしまえばいいんですから」

 なるほど、そんなものがあるのか。それだと確かに、密かに城壁を越える、なんてのは難しそうだな。

 ぼくがうーんとうなっていると、メイベルが一枚の紙を取り出した。

「簡単なものですが、これをお渡ししておきましょう。すべての地下道を調べたわけではないので、抜けや誤りはあるかもしれません。ですが、私たちが調べた限りでは、少なくともこれだけの道はあるはずです」

 渡されたのは、地下の地図らしきものだった。地上部分は城壁の位置だけが描かれ、それ以外の線が地下道らしい。地下道のうち、土砂で埋められている部分は点線で表示されているそうだ。それによると、都市を囲む城壁の下を通る地下道は、かなり厳重に、分厚く埋め立てられているけど、王城の城壁の方は、そこまでではない。このくらいなら、掘ることができるだろう。

 そして、地下道の一カ所には、バッテンがつけられていた。

「このバツは何?」

「地下から地表に出る脱出口の位置です。スラム街にある廃屋のうちの一軒につながっていますから、脱出時、誰かに発見される可能性は低いでしょう。実際には、これ以外にも数カ所の出入り口があるのですが、その位置をお教えするのは控えさせて頂きます。我々もときおり、使用していますので」

「へー」

 確かに、この地図を見る限りでは、城からは上手く出られそうな気はする。そして城から出てしまえば、この人口の多い王都の中なら、逃げ延びるのも難しくはなさそうだ。


 だけど、その魔法障壁とか言うのがなくなったら、どうなるんだろう。これはぼくの想像だけど、魔王国対カルバート王国の戦争は、カルバート側の劣勢だと思う。なにしろ、死んだはずの一ノ宮が大活躍して、魔王国は滅亡寸前、なんて歌を詩人に歌わせているくらいなんだ。実態はその逆で、カルバート側が大きく押し込まれているんじゃないかな。だとすると、これからこの王都近くでの戦いも起きるのかもしれない。そうなったら、魔法障壁が無くなることで、大きな被害がでる可能性もあるんだけど……。

 けど、そうなってもしかたないかなあ、とも思った。

 このままだと、ぼくはこの国につかまって、魔族との戦いに引っ張り出されるだろう。勇者なんて肩書きをつけられ、最前線に据えられて。しかもその相手は、「覚醒」して、魔剣を持った魔王……殺すか、殺されるか。そんなのは、ごめんだった。それを避けるには魔法障壁を壊さなければならないというのなら、それを選ぶのもしかたがない。なにしろ、そうするように強いられているようなものだからね。ぼくが積極的にやりたいわけじゃない。この国に追い込まれて、やむを得ずなんだ。

 それに、障壁を壊すのは、直接には誰かの命を奪う、と言うわけではないからね。この違いは、実際のところ大きいよ。それを実行する、当人の立場になってみると。


 ぼくの心は決まった。あとの問題は、魔道具を壊すという依頼がどれだけ大変なのか、だな。

「じゃあ、壊して欲しいその魔道具というのは、どこにあるんです? そんなに重要なものなら、簡単に壊せるようなところには置いてなさそうですけど」

「その通りです。私たちの得た情報では、王城内の、魔道省が管轄する棟の地下に、それは設置されています。まるまる1階分を占める巨大な魔道具ですから、『魔道具』と言うより、『魔法装置』と呼ぶべきでしょうか。リーゼルブルグ王国時代に作られたものを、今もそのまま使っているのだそうです」

 またリーゼルブルグという名前が出てきた。この国は、昔はすごい魔法技術を持った国だったんだろうね、きっと。それはともかく、

「やっぱり、警備も厳重なんでしょうね。たくさんの騎士が詰めているとか」

「いえ、警備の騎士もいますが、それほどの数ではありません。あそこは建物の警備も、魔道具などの魔法装置が行っています」

「それを壊していくんですか?」

「破壊することも可能でしょうが、そうすると警報が発せられる危険があります。破壊ではなく、その警備の網をかいくぐって、中を進んでいかなければなりません。そうして最終層まで到達したら、そこにある魔法装置に、時限式の爆破物をセットします。火魔法を込めた、強力なものです。私たちが地下から脱出した後で、爆発物を起爆させ、魔道具を破壊します。

 それが今回、私に与えられた任務です」

 おお。ということは、アサシンのジョブとスキルを持った本物のスパイと、なぜか暗殺者もどきスキルを持ちなぜか勇者のジョブを持ったぼくの二人で、密かに敵司令部に潜入するんだな。そして、その奥深くにある目標の装置を破壊する。今回はどうやら、魔物退治や迷宮攻略じゃあなさそうだ。

「わかりました。やります」

 ぼくはうなずいて答えた。


 今回の任務は、ミッション・イン○ッシブルだ。


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