第182話 密偵からの依頼
また、トイレがらみかよ!
と、思ったんだけど、実際にはちょっと違ってました。
縦穴には、縄ばしごが吊されていた。穴の壁は土肌があらわになっていて、さわるとぱらぱらと土が崩れてくる。明らかに正式の通路ではなく、何かの目的で暫定的に、あるいは秘密裏に作られたものだった。その穴をしばらく降りていくと、大きな横穴にたどり着いた。
真っ暗だったので、生活魔法の「ライト」を使うと、こちらは高さも幅も3~4mほど。先ほどの縦穴と違って、コンクリートみたいな材質の壁で覆われており、作りがしっかりしている。まさしく、地球にあった下水道の大型版だった。まあ、テレビで見たことがあるだけで、実物に入ったことはないんだけど。
だけど、くさい臭いはしてこない。排泄物の臭いも、それ以外の生活排水っぽい臭いも、まったくしなかった。っていうか、そもそも水が流れていない。下「水」道と言うからには、そこには水があるはずだと思うんだけど……。
「ここって、何ですか?」
ぼくは、一緒に降りてきたメイベルに改めて尋ねた。
「先ほども言いましたが、下水道と呼ばれていたものです。この地下道に水を流し、その水で様々な廃棄物を流し捨てるために使われたのだそうです」
「でも、水なんてありませんよ?」
「これはリーゼルブルグ王国の最盛期に作られたもので、召喚した勇者様が伝えたものとの説もありますが、詳しいことはわかりません。かつては王城の地下だけでなく、王都全体に張り巡らされていました。が、見ての通り、現在は使われておりません。
この地にはもともと、一本だけ川が流れていましたが、下水道全体に水を流すには、それではとても足りません。そのため、魔法で水を生み出さなければなりませんでした。王国最盛期には、そのような贅沢な魔力の使い方もできたのでしょうが、やがて国が衰えると施設の維持ができなくなって、廃棄されたようです」
あ、なんだか似たようなものを見たことがあると思ったら、やっぱり勇者絡みなのか。リーゼルブルグ王国というと、今のカルバート王国の前にあった国だから、かなり昔の、いってみれば遺跡みたいなものなんだな。ユーリが流された川も、地下にずいぶんとしっかりとしたものが作ってあったけど、そう言ういわれだったのね。あそこには今も水があったから、あれが一本だけあったという、自然の川なんだろう。
そうだ。川と言えば、
「でも、下水道なら、外に流れ出ているはずですよね。ここを歩いていけば、そのまま城を脱出できるんじゃありませんか?」
「いえ、それはできません。この施設が廃棄される際に、王城とその外をつなぐ部分、そして王都とその外をつなぐ部分が、埋められています。首都の防衛上、そのままではあまりにも不用心ですから。そして残りの部分は、地上とをつなぐ穴だけが破壊され、下水道自体は残されたんです。私たちが今いるのは、その忘れられた道の一つです」
なるほど。全部を埋めなかったのは、国力が衰えていて、不要不急な工事ができなくなっていたのかな。おかげで、こうしてここに隠れることができたわけだけど。
ひととおりの説明を終えると、メイベルは再び縄ばしごに手をかけた。
「では、しばらくはここに隠れていてください。私は下女としての仕事がありますので、城に戻ります。仕事が終わったらまた参りますので、依頼についてはその時に詳しくお話しします」
そう言い残して、彼女ははしごを登っていってしまった。
一人残されたぼくは、この地下道(「下水道」だとちょっと格好悪いというか気分が悪いので、こう呼ぶことにする)の探検を始めた。メイベルはああ言ってたけど、もしかしたらどこかで外に通じているかも……と思ったからだ。まあ、することがなかったから、ダメ元で動いてみた、ってのが本当のところなんだけど。
で、その結果は、残念ながらメイベルの言ったとおりだった。
しばらく歩いたところで、道は突然、行き止まりになっていた。地下なので正確な位置関係はわからなかったけど、たぶん王城の城壁の下あたりなんだろう。
土で埋まっているだけなら、土魔法で穴を開けられるんじゃない? とも思ったんだけど、試しに小さい横向きの穴を掘ってみたところ、途中で掘り進めることができなくなってしまった。ある深さまで行くと、何ていうか魔法の形成が邪魔されるような感じになるんだ。理由はよくわからなかったけど、できないものはできない。しかたなく、穴掘りは諦めることにした。
その後も、ぼくは地下道の中を歩き回った。いくつか分かれ道があり、ぼくはその一つ一つをたどってみたけど、すべての道は途中で埋まっていた。それにしても、この地下道は思ったよりも距離が長く、しかもしっかりと作られている。途中で崩落しているとか、壊れているところは無かった。これだけのものを作り上げたんだから、当時のリーゼルブルグ王国って、かなり豊かな国だったんだろうね。
ただ、ちょっと気になるところもあった。地下道はかなりの距離で伸びているんだけど、どこまで歩いても、景色はずっと変わり映えがしなかった。地下だし下水道の中だから、これは当たり前だね。ところが、一カ所だけ例外があった。例外というか、地下道の一カ所に、地面からパイプが突き出ているところがあったんだ。
それは直径が30センチほどのパイプで、地面から垂直に伸びていた。そして1メートルほどの高さで、斜め下にくいと曲がっていた。ちょうど、数字の「1」のような格好だった。パイプの先は塞がれておらず、穴が空いていたけど、特に何かが出てくるわけでもなかった。あれ、なんだったんだろう。あれもやっぱり、かつては動いていた、何かの装置の一部なのかな。
ひととおりの探検を終え、最初に地下道に降りてきた場所に戻っても、メイベルはまだ帰ってきていなかった。とはいえ、ぼくが地上に出るわけにもいかない。しかたなく、久しぶりの携行食糧をかじりながら横になっていると(こんな場所で普通の食事を取る気には、なんとなく、なれなかった)、天井から降りた縄ばしごがぶるんと震えて、やがてメイベルが降りてきた。
「まず、地上の状況をお話しします」
地下道に降り立ったメイベルは、さっそく説明を始めた。
「城内は、厳重な警備体制が敷かれています。各所に見張りが置かれており、『隠密』持ちの私でも、ここまで来るのは一苦労でした。正門は完全に閉められていて、通用門を出入りする人や物に対しては、非常に厳密なチェックが行われています。出入りする車に忍び込む、などといった通常の方法では、城から脱出するのは困難でしょう。
そして当面は、この体制が維持されるようです」
「そんなに厳しいの?」
「ええ。どうやらその不審者は、聖剣を持って逃げたらしいですから」
そう言いながら、メイベルはじろりとぼくを見た。
実はそうなんだよなあ。気がついたら、聖剣を持ったままだったんだ。逃げる時に邪魔だったので、とっさにマジックバッグの中に入れてしまったらしい。念のため言っておくけど、持ち逃げじゃあないよ。王女様が「これをあげます」と、ぼくに渡してくれたんだから。でも、向こうはそうは思っていないんだろうなあ。今からでも聖剣をどっかに捨てておいたら、警戒網を緩めてくれないかしら。
メイベルは続けた。
「あなたがここから逃げるためには、どうしても、私のお願いを聞いていただく必要がありそうですね」
「お願いって言われても、先に内容を教えてくれないと。それに、そのお願いに協力したら、本当にぼくを逃がしてくれるんですか?」
「はい。というのも、その二つは、実は同じ話になるからです」
メイベルはうなずいて、依頼の内容を明かした。
「お願いというのは、こういうことです。
この城の魔法障壁を作っている魔道具。それを、破壊してください」
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