第181話 このエピソードが多すぎる
「私は、魔王国の密偵です」
メイベルが、こんなことを言った。
こっちから聞いといてなんだけど、なんか、いやーな話の流れになってきたな。
ジョブやスキルを見せられて、自分が交戦中の国のスパイだと告白される。これって、どう考えても普通じゃない。ただの行きずりの他人に、そんな話をするはずがないからだ。話すとしたら、自分の仲間に対してか、あるいはぼくを殺すつもりで、冥土のみやげに聞かせてやる、って場合くらいだろう。
まあ後者は、映画やドラマでもなければ、実際にそんなことをする人は、あんまりいなさそうだよね。ってことは、「仲間になれ」か。さっき、お願いしたいことがある、なんて言ってたし。しかも、最初にスキルを見せられてるのが怖いな。「断るのは許さないぞ」、と言われているようなものだ。
でも、こんな王城の中で魔族の密偵の仲間になるのは、それだけでリスクを負うことになるわけで。
「えーと、念のため聞いておきたいんだけど、そのお願い事って、引き受けないとだめかな。って言うか、受けたらなにをしてくれるんです?」
「受けてていただいた場合は、あなたをこの城から逃げしてさしあげます」
「じゃあ、断ったらどうなるんです。もしかして、ぼくを殺すとか?」
「そんなことはいたしません。ですがその場合、ここから逃げるのは難しいと思います。というより、私からの依頼が、あなたが城から出ることにつながってくるのです」
メイベルは、なんだか妙に思わせぶりなことを言った。
「うーん、よくわからないけど、わかりました。とりあえず、そのお願いというのを聞かせてください。受けるかどうかは、まだわかりませんけど」
「その前に、場所を移動しましょう。ここでは、いつ人が入ってくるかわかりません」
メイベルは右手を差し出して、もう一度ぼくの手をつかんだ。そして、ぼくを引っ張るようにしてドアを出ると、急ぐ様子もなく、廊下を歩き出した。
たぶん、また隠密スキルを発動しているんだろうけど、これってちょっと心臓に悪いな。手をつないでるってことは、そこそこ近くにいるわけで。メイド服に隠されてわかりづらいけど、こうして近くで見ると、バストにあたる場所には豊満な膨らみがあるんだよね。相手はけっこう年上で、お母さんくらいには年が離れてるんだけど、どうしても目が行ってしまうと言うか……。
いや、そういうことではなくてですね。こんな格好で歩いていると、どうしても誰かに見られそうな気がしてしまうんだ。しかも、堂々と廊下の真ん中を歩いてるし。
あ、そうか。探知スキルを使えばいいんだった。ちょっとパニクっていて、そこまで気が回らなかったよ。さっそく使ってみた結果によると、近くに騎士っぽい人はいないみたいだ。部屋の中にいくつか反応はあるけど、どれも強い反応ではないから、メイドさんとか、そういう人だろう。
ただ、レーダー方式にして広範囲を探ると、やはりそこら中に、大きめの反応が散らばっていた。わりと規則正しい配置でじっと動かない点と、二つ一組で、忙しく動き回っている点がある。なんとなくだけど、既に配置は完了して、徐々に網を狭めている、と言った感じを受ける。この分だと、強行突破で逃げるのは、かなり難しいかもしれない。
ぼくたちは手と手をつないだまま、しばらく廊下を歩いた。その間、いくつもドアがあったけれど、メイベルはすべて無視して、先に進んでいく。結局、彼女が開けたのは、廊下の突き当たりの右側にある、二つ並んだドアのうちの一つだった。だけど、ドアを開けたとたん、ぼくはその臭いに気がついて、思わず変な顔になった。
「えー、ここって……」
メイベルはかまわずに中へ入っていく。だけど、ぼくは入る前に、ちょっと
だってここ、トイレだよ。
それも、おそらくは女性用の。そりゃあ、女性用のトイレってのは、男が隠れる場所としては盲点になるかもしれない。けど、年若い青少年としては、あんまり気が進まないなあ。それに、盲点と言ったって、たいして強力なものじゃない。相手が本気で探す気になったら、ここにだって捜索が入るだろう。
と、思ったんだけど、メイベルはトイレの中を突っ切って、正面にあった窓の木戸を開けた。そして目で合図をしてからぼくの手を離し、自分は窓枠から身を乗り出して、窓の外に降りていった。あ、ここじゃなかったのね。よかった。この話、ちょっとトイレ関係のエピソードが多いような気がしてたんだ。
ぼくもメイベルに続いて飛び降りると、そこは小さな物置小屋の裏だった。その周りは、色とりどりの花が咲く花壇になっている。メイベルはそそくさと、その物置小屋に入っていった。中にはいくつもの棚があって、雑多な園芸用品が並べられていた。メイベルは奥の棚の前でかがみ込み、一番下の棚板を外した。その下にあったのは、木で作られた、円形のフタのようなものだった。メイベルはそのフタを横へどけて、ぼくを手招いた。そこには、ちょうどマンホールくらいの大きさの、縦穴が掘られていた。
「この穴を降りていってください。その先に、隠れるところがありますので」
「わかりましたけど、なんですか、この穴?」
「大きな地下道に続いています。そこは、かつては『下水道』と呼ばれていたものだそうです」
下水道って、やっぱトイレがらみなのかよ!
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