第180話 平凡な鑑定結果

 彼女の鑑定結果は、こんなものだった。


【種族】ヒト

【ジョブ】市民

【体力】11/11

【魔力】8/8

【スキル】-

   :


 ジョブ欄にある「市民」というのは、ごくごくありふれた平凡なジョブだ。まさしく、平均的な一般市民。今まで出てこなかったのは、あまりにも一般的なので、あえて説明する必要がなかったからだ。それに、鑑定をする相手は、これから戦おうとする敵か、でなければ一緒に戦う仲間がほとんどだったからね。そういう相手は、戦闘に適したジョブを持っていることが多かったんだ。


 なぜそんな、平凡な彼女の言葉に従ったのかというと、彼女がぼくを「勇者」と見破ったからだった。


 勇者の召喚は、おそらく秘密裏に行われたはずだ。たとえ秘密保持がダメダメで、城内に「勇者を召喚するらしいよ」なんて噂が流れていたとしても、それがぼくだとわかるはずがない。ぼくの格好は、安っぽい革鎧に安手の小剣という、そのへんにいくらでもいる冒険者のものだ。しかも、その姿の人間が廊下を逃げてるんだよ。普通の人は、召喚された勇者がそこから逃げ出すなんてこと、思いつきもしないだろう。

 なのにぼくが勇者だとわかったとしたら、それは彼女が「鑑定」のスキルを持っているということ。そして、ぼくが彼女の持つスキルを見破れなかったということは、ぼくの鑑定よりもレベルの高い、「偽装」スキルを持っているということだろう。そして、自分のスキルを隠して城内にいるということは……。


 間違いない。この人、スパイだ。


 どこのスパイかはわからない。対立関係にあるヒト族の国かも入れないし、もしかしたら魔王国かもしれない。でも、どの国だとしても、この国よりはマシだろう。ぼくの味方かどうかはわからないけど、少なくともこの国の味方ではないのなら、今の時点では、彼女に従うのがベターだ。だからぼくは、彼女についていこうと決めたんだった。

 それにスパイなら、隠れ場所にも詳しそうだからね。

 あ、待てよ。ぼくのジョブは、今は「蘇生術師」になっているはずだ。なのに「勇者」とわかったってことは、鑑定スキルのレベルも、ぼくより高いのかな。鑑定もレベルが上がれば、選択していないジョブがわかるのかもしれない。


 ぼくがうなずくと、彼女はぼくの手を取って、廊下を進んだ。その案内された先は、ちょっと意外な場所だった。

 少し歩いたところにあったドアを開けると、そこはやや小さめの居室だった。四つのベッドが並べられ、そこに四人の若いメイドがいる。中には、今まさにメイド服に着替ている最中の人もいた。ラッキースケベな場面? いやいや、これはまずい。今ここで彼女たちに悲鳴を上げられたら、すぐに騎士が飛んできて──。

 ところが不思議なことに、そうはならなかった。

 彼女たちは四人とも、スパイの方を見ている。そして平気な顔で、会話を始めた。彼女たちのやりとりを聞くと、スパイの人は本当にメイド長で、メイベルという名前らしい。それはともかく、そのすぐ横にいるぼくの姿も目に入っているはずなのに、ぼくに対してはなんの反応もなかった。着替えている子も、下着姿をさらしたままで、急いで服を着ようともしていない。どうなっているんだろう?

 ぼくが首をかしげていると、メイベルはぼくをタンスの所まで連れていった。そしてごく小さな声でこう言った。

「隠密のスキルも持っていますね? それを発動して、ここに隠れていてください」

 ぼくはうなずいて、タンスの陰に隠れた。

 二人の騎士がこの部屋に入ってきたのは、それからまもなくのことだった。


 ◇


 騎士とメイドたちがいなくなってから、メイベルは口を開いた。

「もう出てきてもいいですよ。勇者様」

「ありがとうございます……けど、『勇者様』ってのは、やめてもらえませんか。ぼくは、そういうのじゃないんで」

「わかりました。では、ユージ様、でよろしいでしょうか」

「それでお願いします」

 タンスの陰から出ながら、ぼくは答えた。名前まで知ってるなんて、よく調べてあるなあ。しかも、ケンジじゃなくてユージという名前まで知ってるなんて。メイベルはうなずいた後、少しだけおかしそうな表情をして、

「どうして自分を助けてくれたんだろう、という顔をしていますね」

「はい。あ、その前に。どうしてさっきの女の子たちは、ぼくに気づかなかったんです?」

「そうですね……これからご協力をお願いするのですから、こちらの手の内をお見せするのが筋でしょうか。私を、鑑定してみてください」

 彼女にそう言われて、ぼくは改めて、鑑定のスキルを発動した。出てきた結果は、さっきとは全く違うものだった。


【種族】ヒト

【ジョブ】アサシン

【体力】30/30

【魔力】32/32

【スキル】小剣Lv3 投擲Lv5 隠密Lv9 偽装Lv10 鑑定Lv5 探知Lv7 毒耐性Lv5 罠解除Lv7 罠探知Lv6 魔力探知Lv7 暗視Lv5

【スタミナ】 20

【筋力】19

【精神力】18

【敏捷性】Lv7

【直感】Lv6

【器用さ】Lv6


 たぶん、偽装のスキルをオフにしたんだろう。これが彼女の本当の姿、というわけだ。

 体力や魔力も高いけど、なにしろスキルのレベルがすごい。偽装が10で、隠密が9だよ? まさしくスパイそのもの、って感じのスキルだ。それにしても、ジョブは「アサシン」なのか……まあ、アサシンだからといって、人殺しばかりしている、とは限らないだろう。アネットも、ジョブはアサシンだったからね。その手の仕事向きのスキルが手に入り、そのレベルが伸びやすくなる、というジョブなんだと思う。

 そういえば、アネットは今、どうしているのかな。彼女の目指していた「清算」は、うまくいっているんだろうか。このところ、聖剣だとか勇者だとか、変なことに巻き込まれてしまって、彼女を思うことが減ってきたかもしれないな……。


 いや、それよりも今は、メイベルのことだ。

「わかりましたか? 私は『隠密』のスキルを持っています。このスキルは、レベルが高くなると、私に触れているものを、他の人から認識されにくくすることができるんです。あの子たちがあなたに気づかなかったのは、このスキルの効果です」

 ああ。そういえば、ぼくが気を失ったアネットを背負って迷宮を移動した時も、魔物たちはアネットに気づかなかったっけ。あれと同じなのか。でも、あの時はぼくとアネット、二人共が隠密の対象になっていた。さっきは、ぼくだけが隠されて、メイベルの方は普通にメイドたちと会話をしていたよね。そんなこともできるのか。スキルのレベルが高くなると、できることも変わっていくんだな。

 メイベルは続けた。

「ステータスを見てお気づきでしょうが、私はただの下女ではありません。とある国の密命を受けて、この城に潜入しているものです」

「やっぱり、スパイの人なんだ。どこの国のスパイ? あ、そういうことって、聞かないほうがいいのかな」

「いえ、お願いしたいこととの関連もありますので、これは聞いていただかなければなりません」

 メイベルは、両手を腰の前で重ね、まさにメイドそのものと言ったスタイルで、こう告げた。

「私は、魔王国の密偵です」


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