第177話 RE-ようこそ、勇者様

「ようこそおいでくださいました、勇者様」


 この金髪縦ロールには見覚えがある。初めてこの世界に召喚されたときに、その場にいた人。そして、今とまったく同じセリフを言った人だ。この国の王女様で、確かパメラと言う名前だったっけ。

 ぼくはきょろきょろと周りを見回した。王女様、魔法使い、周りを取り囲む騎士たち。あの時とそっくりだ。そういえば、今ぼくがいるこの部屋も、最初に召喚された時の場所にすごく似ている。というより、間違いなく同じ部屋だ。

 え、もしかしてこれ、時間が巻き戻ったの?


 だけど、すぐに気がついた。ぼくが身につけているのは、懐かしい高校の制服ではない。革鎧に短めの剣という、この世界の冒険者の格好だった。周りを見ても、あの時は一緒だった同級生たちの姿がない。良く見ると、ぼくを取り囲んでいる相手も、ローブ姿の人が少なくて、やたら説明の長かったひげのじいさんの姿もなかった。

 ということは、これはタイムリープじゃないな。どういうわけかわからないけど、ぼくだけがもう一度、この場所に召喚されたらしい。


 でも、いったいどうしてこんなことに?


 混乱しているぼくを放ったまま、中年の魔術師が前に進み出てきて、何やら説明を始めた。最近、魔族の国が勢力を増していて、カルバート王国の平和が脅かされている。ついては、勇者であるあなたに戦いに加わってもらい、魔族の王である魔王を倒して欲しい。魔王との戦いは、命をかけたものになるだろうが、勇者様であれば、それをなすことができると信じている……。

 既に一回聞いた話なので、ぼくは話を聞いているようなふりをしながら、必死に頭を巡らせていた。


 やっぱりこれ、「勇者召喚」だよな。さっきも「勇者様」って言ってたし。あ、もしかしたら、こことそっくりの別の世界から召喚されたって可能性もあるのかな? 別の世界線から来た、みたいな感じで。いや、違う。今話している魔術師の説明には、1回目の説明と比べると、大事なところが抜けていた。

「ここはあなた方がいたのとは違う世界だ」

「魔王を倒せば、元の世界に帰れる」

って話がなかったんだ。

 そういうことか。どうやらぼくは、さっきまでいたのと同じ世界の中で、召喚をされたらしい。他の世界から勇者を召喚できるのなら、同じ世界にいる勇者を召喚するのも、できて当然だよね。っていうか、そっちの方が簡単なはずだ。そういえばフロルの姿が見えないけど、勇者だけを狙って召喚させられたとしたら、たぶんフロルは、さっきの場所に置いてきぼりになってるんだろう。

 勇者召喚かあ……ここで言う「勇者」って、「マレビト」の意味じゃないよね。別世界からの召喚じゃないんだから。ってことは、やっぱりこれ、「勇者」ジョブのせいなのか。使えねえなあ、勇者。ほんと、いらない。


 でも、いったいどうして、勇者なんてジョブがついてしまったんだろう。

 だいたい、勇者なら一ノ宮がいるじゃないか。たしか最初の召喚の時に、「勇者は一つの世界に一人しかいない。勇者に最もふさわしい一人に、勇者ジョブは与えられる」みたいな説明を、ひげのじいさんがしていたはずだ。それなのに、なぜ?

 ここまで考えたとき、ぼくはあることに気づいて、思わず声を上げそうになってしまった。


 勇者は、もっとも勇者にふさわしいもの一人にだけ与えられる。ふさわしいもの、「一人だけ」に。なのにぼくが勇者になったってことは、この世界から勇者がいなくなった、ということだ。


 もしかして一ノ宮のやつ、帰ってしまったのか? 勇者と魔王の決戦がすでに行われていて、一ノ宮が魔王を倒し、王国がその功績を認めて、彼を元の世界に帰したんだろうか。いや、それは考えにくいな。ここは勇者が来たという、それだけのことでパレードをするような国なんだ。もしも魔族を破ったのなら、国を挙げての大騒ぎになっているはず。そもそも、今の魔術師の説明にも、「魔王を倒せ」って話が入ってたし。

 じゃあ、一ノ宮が「勇者にふさわしい」と認められなくなったのか? これも、ありそうにないと思う。一ノ宮はこの世界に呼ばれた後、様々なスキルを取得し、ステータスを伸ばしてきた。召還された時より、よっぽど勇者にふさわしい姿になっていただろう。あ、もしかして、ぼくを殺したことが、勇者にふさわしくないと判定されたとか? でも、ここは人の命が安くて、殺すことがそれほど嫌がられていない世界だ。その世界での判定が、そんなに優しいものとは思えない。

 とすると、一番ありそうなのは……。


 ぼくは、相手の説明をさえぎって、こう反論した。

「ちょっと待ってください。ぼくはただの冒険者で、ただの剣士です。勇者なんかじゃありませんよ」

「いやいや。あなたが勇者様であることは間違いありません。なにしろ、勇者召喚の儀によって、ここに呼び出されたのですから」

「でも勇者って、別の世界から召喚するんじゃないんですか?」

「そうとは限りません。勇者はどの世界にも、お一人は現れる可能性があります。その世界で最もそれにふさわしい方が、世界から勇者と認められた場合、勇者ジョブが現れます。残念ながら、そうした方がおられない場合は、別の世界からお呼びすることになりますが、あなたはこの世界から、勇者と認められたのです」

「でも、勇者はすでに、イチノミヤ様がおられたはずです。イチノミヤ様は、どうされたんです?」

 ここで初めて、それまでよどみなくしゃべっていた相手の言葉がつかえた。

「イチノミヤ様は──」

「そんなことより、あなたが勇者である証拠をお見せしましょう」

 パメラ王女が口をはさんできた。彼女は、豪華な装飾の入った、どこか見覚えのあるような剣を手にして、ぼくに近寄ってきた。

「この剣を抜いて、力を込めてみてください」

 ぼくはやむを得ず、押しつけられた剣を手に取った。そして、ゆるゆると鞘から引き抜く。力を込める、ってどうすればいいんだろうと思ったけど、本当になんとなく「力を入れた」だけで、その刀身から光があふれ出た。

「おお、なんという光だ」

「まさしく、勇者様の証ですな」

 ローブ姿の魔術師たちがざわめいている。いやいや、そんなガヤ、いらないんですけど。

「あのー、これは……」

「これが聖剣です。この剣は勇者様以外でも使うことはできますが、その真の力を引き出すことができるのは、勇者様だけと言われています。今の光は、この剣が勇者様を認めたということなのです」

 あー、やっぱりこれ、聖剣だったか。そういえば、一ノ宮がこれを持った時も、明るく光ってたっけ。なんとなく、体が軽くなったような気もする。これも聖剣の効果なのかな。ぼくの気持ちは反対に、すっごく重ーくなってるんだけど。

「これをあなたに授けます。どうぞこの剣をもって、魔王を討ってください」


 ◇


 その後、いったん場所を移して、正式の鑑定をすることになった。『具眼の宝玉』だったっけ、あれを使うんだろう。これも見た覚えがある石の廊下を歩きながら、ぼくは考えていた。さっきの話で、だいたいの事情はわかった気がする。たぶんだけど、一ノ宮は──。


 一ノ宮は、死んだんだろうな。


 ありえない話ではない。考えてみれば、彼が勇者で聖剣を持っていたとしても、敵は魔剣を持った魔王なんだ。条件はまったくの互角。いや、実戦の経験や「覚醒」の有無を考えれば、一ノ宮が不利だったのかもしれない。彼の周りには白河や柏木、上条がいて、勇者を助けて戦ったはずだけど、これだって、魔王にも優秀な仲間がいたっておかしくはない。

 そっか。あいつ、死んだのか……ぼくを殺した相手とは言え、ちょっとだけ、哀れに感じてしまった。クラスメートを殺してまで日本に帰りたがっていたのに、それがかなわなかったなんて。しかも、ぼくのほうは、こうして生きているんだから。

 そういえば、白河たちはどうしたんだろう。ここにいないと言うことは、一緒に死んでしまったのかな? いや、そうとは限らないか。彼女たちの能力は、三人ともとても高いものだった。勇者がいなくなったとしても、戦争の最前線から下げてくれるとは限らない。今も、戦わされている可能性の方が高そうだな。


 次に、どうしてぼく勇者になったか、なんだけど、これもさっきの言葉が答なんだろう。「最もふさわしいもの一人が勇者になる」。それが偶然、ぼくになってしまったんだ。確かに、鑑定で出てくるステータスを見れば、けっこう強くはなっている。ぼくはそんなもの望んではいないけど、望む望まないは関係ないんだろうな。

 あ、そうか。一ノ宮って、ちょっと訓練しただけで、いろんなことができるようになってたな。一日ちょっと練習しただけで、魔法剣から魔法を飛ばせるようになってたし。勇者ジョブを持っていると、いろんなスキルが伸びやすくなるんだ。鑑定や探知のスキルレベルが上がったのは、このジョブのおかげなのかも。

 だとしてもこんなジョブ、やっぱりぼくはいらないけどね。


 考えが一段落ついた頃、ぼくたちは目的の部屋についた。中に置かれたテーブルの上には、これも前回見覚えのある水晶玉みたいなものが置かれていた。魔術師がぼくを促した。

「それではユージ殿、こちらへどうぞ」

 あれ、どうしてこの人、ぼくの名前を知ってるんだ? そういえば、廊下を歩きながら、この人と何か話していたような……どうやらぼくは、自分の考えにのめり込んでいた間、魔術師の話に自動人形のように応答していたらしい。それで、名前も答えてしまったんだろう。

 それにしても、誰もぼくを「ケンジ」とは気がつかなかったみたいだね。いや、これでいいんですよ。ぼくと気づかれないために、変装していたんだから。ただまあ、それにしてもね……やっぱ、落ちこぼれのマレビトのことなんて、誰も覚えていないんだなあ。

「この宝玉に、手をかざしてください」

 ぼくはうなずいて、宝玉の前に進んだ。

 しかたがない、ここは一旦、言うことを聞いておくしかないか。こんな国のために魔族と戦うなんて、本当はまっぴらごめんだ。いくら勇者扱いされ、ちやほやされるとしてもね。でも、嫌だと言っても通じないだろうし、周りにはたくさんの騎士がいて、逃げるのは難しそう。たとえこの場からは逃げられたとしても、ここは王城の奥で、いわば敵陣のまっただ中だ。その中を逃げ切るのは、さらに難しいだろう。

 ここは一つ、最初はおとなしくしておいて、相手を油断させておこう。それでそのうちに隙を見て、逃げだすことにしよう。


 うーん。でも、なにか忘れてるような気がするんだよな。なんだっけ……。


 ぼくが手を前に出すと、宝玉が光り出した。前回のぼんやりした光とは違い、一ノ宮や白河の時と同じような、強い光だった。だけど、その光を見つめていた魔術師のおじさんの顔には、強い困惑の表情が現れていた。


「……『蘇生術師』?」


 あ、やべ。忘れてたことって、これだったのか。

 しかたない、予定変更だ。ぼくはとっさに、一つのスキルを実行した。


「縮地!」


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