第170話 久しぶりのネズミ退治
ぼくはこの日、街から少し離れたところにある、小高い山の中に入っていた。
すっかり使い慣れた「探知」のスキルをオンにし、探知方法をレーダー方式に切り替える。最近、このスキルで探知できる範囲が伸びたような気がするな。以前は、レーダー方式でも半径500mくらいの距離が限度だったんだけど、それが一割くらい伸びたみたいだ。とにかく何度も使っているから、熟練度みたいなものが上がったんだろうか。
さっそく、その探知の網に魔物らしき反応が返ってきた。右前方、300mほどの場所だ。反応の大きさからすると、ジャイアントラットかホーンラビットかな。これもおなじみの「隠密」スキルで、魔物に気づかれないように接近していく。
この隠密の方も、このごろは上手くなってきたような気がする。少しぐらい大雑把に接近しても、相手に気づかれなくなったような……このへんは感覚的なものなので、本当にそうなっているのかどうか、わからないけど。今回も、魔物に気取られることなく、数mの距離まで近づくことができた。木の陰に隠れて、目標を目視する。そこにいたのは、やはりジャイアントラットだった。
常設依頼を狙うときでも、最近ではラビットやボアばかりを獲物にしていたから、ラットなんて相手にするのは久しぶりだ。こいつも、大きいものは1mを超えるんだけど、目の前にいるのは5、60センチほどの、どちらかというと小物。肉はともかく、魔石は期待できそうもないな。
ぼくはバッグの中から石を取り出し、「投擲」のスキルを使って、魔物目がけて投げつけた。スピンがかかった楕円形の石は、見事にラットの腹部に命中し、相手をなぎ倒した。ラットは倒れたまま、ぴくりとも動かない。どうやら、一撃で仕留めたようだ。
ぼくは木の陰から出て、ラットの死体の元へ歩いた。一応は魔石も回収してから、マジックバッグの中に収める。血抜きは、後でまとめてやればいいか。改めて探知の反応を見てみたけど、周りにはこれ以外の魔物はいないらしい。もう少し、奥の方へ行ってみたほうがいいのかな。
「ユージ、またラットを狩ってるの?」
フロルが顔を出した。ぼくの契約精霊で、今は霊体ではなく実体化しているので、小さな女の子が空に浮いた格好になっている。ちんまりしたかわいい姿だけど、その正体は風の大精霊だ。これまでに何度も助けてもらっていて、特にストレアの迷宮では、最後に大活躍をしてくれた。
「うん」
「へんなの。ユージって、冒険者なんでしょ? なら、もっと大きな魔物を狩ればいいのに」
「しかたがないよ。このへんは、このくらいの魔物しかいないんだから」
そう答えたけど、確かにちょっとさびしい感じはする。ラットなんて面倒なだけで、あんまりお金にならないんだから。
ぼくはこれまで、賞金首の山賊を二人も討伐し(ほぼ偶然)、ストレアの迷宮を攻略し(本当はぼくじゃないけどギルド公認)、勇者と共にグラントン迷宮の最深部まで到達した(おそらくは非公認)。冒険者ランクも、Bランクまで上がっている。だというのに、なぜこんな割の良くない仕事をしているかというと、これしかいないからだ。
この山は、このあたりではほぼ唯一の狩り場なんだけど、魔物の数は少なめで、大きな魔物となるとまったくいない。大きくてもボア(イノシシみたいな魔物)くらいのものらしく、そのボアも、ぼく自身は見たことがなかった。
「それなら、別のところに行けばいいじゃない」
「そうしたいところなんだけど、この街には、ちょっと用事があってね」
「あの街の中って、あんまり好きじゃないのよね。魔素の流れが、いやーな感じになっていて」
「なんか、前にも似たようなこと言っていたね」
フロルがほんとに嫌そうに顔をしかめたので、ぼくは思わず笑ってしまった。
勇者パーティーと一緒に挑んだグラントンの迷宮には、フロルは付いてこなかった。「あの中、魔素の流れがめちゃくちゃになってるの!」と言って迷宮に入るのを嫌がり、「近くで遊んでくる」と、どこかに行ってしまっていたのだ。どうやら、人工迷宮が排出する魔素の廃棄物のようなものが苦手、ということらしい。でも、ここの街には、そんな迷宮なんてないんだけどな。
それはともかく。ぼくが他の街に場所を移さないのには、ある理由があった。それは何かというと──。おや、誰か来たようだ。
じゃなくて、何か魔物が来たようだ。ぼくは探知スキルの示すところに従い、魔物を追って、森の奥へと進んでいった。
結局、この日の収穫は、小型から中型のジャイアントラット、5匹だけだった。
◇
ギルドの受付嬢が、数枚の銀貨をテーブルに置いた。
「ユージさん、常設依頼の魔物の討伐、確認しました。こちらが報酬になります」
「はい。確かに」
手続きを終えて、ぼくが銀貨を受け取ると、受付嬢はぐっと砕けた口調になった。
「いやー、助かるよ。イカルデアの冒険者はこういう依頼、あんまり受けてくれないんでね。安くて新鮮な魔物の肉は、そこそこ需要はあるんだけど」
そう。ぼくは今、カルバート王国の王都、イカルデアにいた。
どうしてぼくが、あれほど嫌っていたイカルデアに戻っているのかというと、二つの理由があった。
まず一つ目の理由は、一ノ宮たちが聖剣を手に入れたことだ。この後は、魔剣を持った魔王と聖剣を持った勇者とが、直接戦うことになるんだろう。両者の戦いは、魔族とカルバート王国との戦争の、最大の山場になるはず。ということは、近いうちにこの戦争の決着もついてしまう可能性があった。この戦いで勇者が勝ち、魔王を倒すことができたとしたら、僕たちが召喚された時の約束である、「魔王を倒したら、元の世界に帰す」の条件が満たされることになる。
実のところ、ぼくは王国の人間が言う「元の世界に帰す」という約束は、あまり信じていない。それでも、これをまったく無視できるほど、自分の考えに自信があるわけではなかった。だから、戦いがどうなっているのか、その情報を集めるために、イカルデアに戻ってきたんだ。
本当はここではなく、この近くの街で情報収集するつもりだったんだけどね。そこでは戦争の情報がまったく入ってこなかったので、やむを得ずイカルデアに移ってきた、というわけだった。
「それにしても、いつも悪いね、Bランクの冒険者さんに、こんな安い依頼を受けてもらって」
受付嬢は続けた。今、「嬢」と書いたけど、これはちょっと正確ではない。ギルドの受付というと、たいていは若くてきれいな女性が座っているんだけど、ここは違う。この人はイボーンさんという、たぶん四十歳くらいのおばさんで、体型もかなり太り気味だ。
いや、べつに若くなくてもいいし、痩せてなくてもいいんですよ。いいんだけど、受付嬢の制服を着た人って、若くてすらっとした女性、というイメージがあるじゃない。そのせいか、いまだにちょっとだけ、違和感を感じてしまう。こんなこと、当人には言えないけどね。
「いえ。ぼくが自分から受けた依頼ですから」
「それでもさ。うちは、普通の冒険者さんが好きな依頼って、あんまりないからねえ」
「うーん、それは確かに、そうですね。魔物退治があれば、それが一番いいんですけど」
そう答えて、ぼくはギルドの建物の中を見まわした。閑散としている、というほどではない。それでも、王都のギルドというとイメージしがちな「大勢の冒険者が詰めかけている」ような状態とはほど遠かった。地方の街のギルドより、人は少ないくらいだ。
それはなぜかというと、王都のギルドでは、魔物退治の依頼がほとんど出ないからだ。王都周辺では、魔物や盗賊が出ても騎士団などが対応してしまうことが多い。近くの森に強力な魔物が住み着いたりしたら、都の安全確保のために、真っ先に討伐されてしまうんだ。さっきの山に魔物が少なかったのはそのためだった。もちろん、ラットやラビット程度の魔物なら、騎士団が動くことはないんだけど、逆に言うと、こいつらレベルの魔物しか、王都の回りには残されていない。狩りの成果がさびしかったのには、こういう理由があった。
その代わりに多いのが、王都から地方都市へ移動する商人などの護衛依頼と、主にE・Fランク冒険者が行う「荷物の運搬」や「家の掃除」などの日常業務的な仕事だ。後者はともかく、護衛依頼なら、普通はそれなりの報酬が出るので(以前に受けたEランク冒険者向けの依頼など、例外はある)、普通の冒険者はこちらを選ぶ。
だけど、ぼくはしばらくの間、ここを離れるつもりはなかったので、護衛依頼は受けられなかった。でも、今さら荷物運びをする気にもなれないし、だからといって遊んでいるのもちょっとな……ということで、常設依頼の方を、軽いバイト感覚で受けていたのだった。お金なら、手元にかなりの額があるから、安さに文句を言うつもりもないし。
お金といえば、勇者と一緒に行ったグラントン迷宮の依頼、あれはどういう扱いになってるんだろう。一応、聖剣を持ち帰るのには成功したはずなので、成功報酬をもらう権利はあるはずなんだけどね。報酬なんて受け取ろうとしたら面倒なことになりそうだから、請求するつもりはない。けど、ぼくの扱いがどうなっているのか、そこだけは気になっていた。もしかしたら、死亡の届けでも出されてるんだろうか。
でもそれにしては、ここのギルドでの依頼の受け付けとかは、普通にできてるんだよな……このあたりは、ギルド支部間の情報連絡がどうなっているのか、にもよるんだろう。ま、もしも「あなた死んでますよ」なんて言われたら、もう一度登録し直せばいいか。冒険者ランクなんて、それほどのこだわりはないんだから。
「まあ、もしも魔物退治の依頼が出ることがあったら、できるだけユージに回すようにするからさ」
「へー。そんな依頼、出ることがあるんですか?」
「たまにあるよ。倉庫の中に、変な魔物が住んでるみたいだから退治してくれ、とか。天井裏にいる魔物をどうにかしてくれ、とかね」
なんだよそれ。地球のテレビで時々やっていた、家の中に住み着いてしまったアライグマを退治してくれ、っていう番組みたいだな。そういうのは、専門の業者さんに頼んでください。
「ははは……じゃあ、また魔物が狩れたら、持ってきますよ」
ぼくはイボーンに軽く会釈をして、ギルドを後にした。
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