第5章 狂騒の王都篇

第169話 驚愕の知らせ

 その驚愕の知らせがもたらされたのは、カルバート王国第一王女、パメラ・リーゼンフェルトが、王城の執務室で一日の仕事を始めようとした矢先のことだった。


「イチノミヤ様が……亡くなられた?」


 パメラは、まるで意味がわからないといった表情で、今聞いたばかりの言葉を繰り返した。秘書官のアーノルドは、額の汗をぬぐいながら、改めて報告を行った。

「はい。先日、リシアン村で発見された遺体が、勇者イチノミヤ様であることが確認されたそうです」

「どうして? どうして亡くなられたのです。つい先日、イチノミヤ様は無事に迷宮を攻略して、聖剣を入手することに成功したとの知らせがあったばかりではありませんか」

「亡くなられた理由は、現在のところ不明です。発見されたのは古い廃屋の地下なのですが、周囲に目立った破壊の跡はなく、何者かと争ったような痕跡は見当たらなかったそうです。ご遺体にも、大きな外傷はありませんでした。なお、聖剣については、ご遺体の近くに落ちているのが発見されております。そちらは回収されて、現在、王都に向けて搬送中です」

「そんなことはどうでもいいのです! 聖剣があったとしても、勇者様がおられなければ、何の意味があるというのですか!」

 パメラは椅子から立ち上がって、大きな声で叫んだ。アーノルドは何も言い返さない。実際には、聖剣は勇者以外の者が扱っても、優れた武具・魔道具としての力を発揮する。しかし、そのすべての力を引き出せるのは、勇者だけであるとも言われていた。今は対魔族戦の戦況が思わしくなく、その現状が、彼女にこのような言葉を叫ばせたのだろう。


 パメラは大きな息を何度か繰り返した。そして、ある程度呼吸が落ち着いたところで、再び口を開いた。

「……ごめんなさい。取り乱しました。

 そのご遺体がイチノミヤ様であることは、間違いないのですか? 確認はどなたがしたのでしょうか」

「確認者は、リシアン村の村長と住人です。彼らの証言によると、村を訪れたその人物が自ら、勇者であると名乗ったそうです。

 これだけでは偽者の可能性もありえますが、先ほども申し上げたとおり、ご遺体のそばには聖剣が落ちておりました。こちらについては、『鑑定』スキルを持つ冒険者ギルドの職員によって、本物の聖剣であることが確認されております。このことからすると、ご遺体がイチノミヤ様であることは、間違いないものと思われます」

「確認者が、リシアン村の住人? シラカワ様とカシワギ様、それからカミジョウ様は、今どちらにおられるのでしょう。イチノミヤ様とご一緒ではなかったのですか?」

 パメラは、当然とも思える質問を発した。だが、これに対するアーノルドの答は、彼女にさらなる衝撃を与えた。


「それが……重騎士カミジョウ様は、迷宮攻略を終えてから体調を崩され、勇者パーティーから離れてバギオの村で静養されていたのですが、その後お亡くなりになっていたことが判明いたしました。イチノミヤ様が亡くなる、数日前のことです。本来であればもっと早くに報告が上がってしかるべきだったのですが、勇者一行と称する人物の急死であったため、確認に時間がかかり、報告が中途で止まっていたようです。

 そして聖女シラカワ様、魔導師カシワギ様についても、ファロの街の宿屋で亡くなられていました」

「そんな、まさか……シラカワ様まで……!?」

「カミジョウ様のご遺体にも、イチノミヤ様と同じく目立った外傷はなく、またカシワギ様、シラカワ様についても同様だったと思われるとのことで、直接の死因は不明です。カミジョウ様とカシワギ様は、亡くなる直前にかなり体調が悪かったとのことですので、病死の可能性はあります。が、シラカワ様につきましては、そういった報告は上がっておりません。

 また、どちらの現場も、大きな戦いの跡はなかったものの、部屋や建物のドアが破られるなど、小規模な争いがあったともとれる痕跡は残っていたようです。

 ですが、これが三人の死因とどのように結びつくのか、はっきりしたことはわかっておりません」

「ちょっと待ってください。同様だったと『思われる』、とはどういう意味ですか?」

「実は、カシワギ様とシラカワ様については、ご遺体がすでに荼毘だびに付されておりまして……まだ若いお二人が一晩で急死されたこと、またカシワギ様についてはかなり体調が悪そうだったのを周囲のものが見ていたため、伝染病を疑った宿の主人が、ご遺体を火葬してしまったのです。ですので、ご遺体を直接に検分することはできておりません。が、残された持ち物などから、お二人がシラカワ様とカシワギ様であることは、間違いないものと思われます」

 パメラは腰が砕けたように、へなへなと椅子に座り込んだ。そして両肘を机につき、両手で顔を覆った。

「四人とも? 勇者様のパーティー全員が、亡くなったというのですか?」

「はい。ですが、現時点ではまだ、情報が錯綜しております。現在、勇者パーティーと帯同していた騎士が現地に向かっておりますので、彼が到着すれば、はっきりしたこともわかると思うのですが──」

「そうです! 同行していた騎士はどうしたのです。勇者様には連絡役として、必ず騎士が同行することになっていたではありませんか」

「グラントンの迷宮を攻略する際、冒険者に協力を依頼したのですが、その冒険者が騎士に対してよい感情を持っていない人物だったらしく、騎士の同行を拒否したのです。彼はストレア迷宮を攻略した実力者でもあり、いずれにしろグラントンの迷宮には五人までしか入ることはできませんので、勇者様はその要求を受け入れられました。そのため、ヘレスの街には騎士が帯同していなかったのです」

「そうでした。そんな報告もありましたね……。

 それにしても、信じられません。あの方々が、四人とも亡くなられるとは……魔族が動いたのでしょうか。ですが、どうやって? 勇者様方は四人とも素晴らしいスキルとステータスをお持ちでした。戦闘能力は折り紙付きで、騎士団だけでなく、軍部からも同様の評価を得ていたのです。そのような方々をあやめるのは、たとえ暗殺者が動いたとしても、簡単なことではないはずです。それを、この短い期間に、戦闘の痕跡も、遺体の外傷も残すことなく……。

 いったい、どうすればそんなことが可能なのですか?」

 この問いには、アーノルドも答えることができなかった。


 しばらくの沈黙の後、アーノルドは尋ねた。

「パメラ様。勇者様がお亡くなりになったことを、勇者召喚の儀の関係者の方々には、どのようにお伝えしますか。我々はこの先、魔族との戦いに、どのように対応すればよいのでしょうか」

 パメラは顔を覆った姿勢のまま、強い口調で答えた。

「──箝口かんこう令を敷いてください」

「箝口令、ですか。承知しました。

 ですが、四人の方々は、亡くなられてから既にある程度の時間がたっております。担当した騎士や役人はもちろん、四人と直接間接に接した住民の数も多数に登るでしょう。今からそのような情報統制をしたとして、はたしてうまく行きますかどうか……」

「それでもかまいません。リシアン、ファロ、バギオの関係者には、亡くなったのは勇者様やその仲間ではなく、勇者様をかたった偽者だった、と伝えてください。妙な噂を流すものがあれば、投獄することもやむを得ないでしょう。

 我々は今、勇者様を失うわけにはいかないのです」

 パメラは顔を上げた。そして、はるか遠くを見つめるような目つきで、椅子から立ち上がった。

「もちろん、勇者様がお亡くなりになったことは、わかっています。確定した情報ではないとは言え、おそらくは、間違いのないことなのでしょう。

 ですが勇者様の力とは、勇者様の戦う力だけではないのです。カルバート王国に勇者様がおられ、我が国に協力されている。それだけで、我が軍の士気は上がり、諸外国は我が国の方針に敬意を払わざるを得なくなる。勇者様は、ただそこにあるだけで、象徴的な力を発揮されるのです。

 この力を、失うわけにはいきません。もしも今、それが無くなったと知られれば、それは逆に大きなマイナスの力となって、我々にのしかかってくるでしょう。魔族との戦いが思うように進んでいない今、それだけは避けなければならないのです」

「ですがパメラ様。情報の操作だけでは限界があります。完全な情報統制は不可能ですし、勇者様が実際に姿を見せることがなければ、いずれは疑いの目を向けられることになるでしょう。もしも偽りとわかってしまった場合、そのマイナスの力は、より大きなものになってしまうのではありませんか?」

「それは──私に考えがあります。私が、なんとかします」

 決然とした表情で、パメラが断言した。


 この時、ドアをノックする音が響いた。常とは異なり、その音は激しい調子で、連続で打ち鳴らされた。少なくともアーノルドには、そのように聞こえた。何か、予感のようなものがあったのかもしれない。驚愕の知らせは、まだ終わってはいないのだ、と。

 アーノルドがドアを開けると、兵服姿の男が一歩中に入り、敬礼をしながらこう告げた。

「急報です! 魔族軍の部隊が、国境を超えて我が国に侵入! 我が軍は激しく抵抗しましたが、奮戦むなしく、ノーバーの街が陥落しました!」




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 今回から5章に入りましたが、少しだけお知らせを。ここまで毎日投稿してきましたが、そろそろ書きためた分がなくなってきましたので、もう少ししたら、週に2、3回程度の投稿にしたいと思います。カクヨムコンのからみもあるので、毎日投稿はあと1週間くらい続ける予定です。


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