第168話 やっかいな選択肢

 ぼくが目を覚ました時、周囲はすでに明るくなっていた。


 太陽がまだ低いところを見ると、まだ早朝の時間らしい。そんな時間に、ぼくはどこかの道の脇で寝ころがっていたんだ。それなりに大きな道で、この世界にしてはきちんと整備されているところを見ると、街と街とをつなぐ街道のようだ。ここはどの街道で、今いる場所は一体どこなんだろう。ぼくは上半身を起こして、ぼんやりと周りを見渡した。


 それにしても、ひどい目にあった。


 クラスメートに裏切られるのは二回目だけど、まさか勇者である一ノ宮があんな事をするとは、思ってもみなかった。聖剣が欲しい、というのはわかるよ。魔王を倒して、元の世界に戻るためには、ぜひとも必要だったんだろう。でも、そのためにクラスメートを殺すかねえ。一度迷宮の外に出て、別の聖剣を探すって手もあったじゃないか。

 あ、魔王が強くて、そんな余裕がないんだっけ? そんな話もしてたよな。あの出来事の衝撃が強すぎたのか、ちょっとそのあたりの記憶が、曖昧になってるな。

 ぼくは革鎧の下に手を入れて、右の脇腹をなでてみた。触った感じ、完全に治癒していて、傷も残っていない。これは、今までの蘇生と同じだった。問題は、どうしてこんな場所にいるかだ。ぼくは迷宮の最下層で、溶岩の中に落とされたはずなんだけど……。


 ぼくが首をひねっていると、白い光がぼくの顔の前に現れて、小さな女の子の姿になった。

「あ! ユージ、起きたの? じゃあ、元気になったみたいだから、さっそくいただくのね!」

 フロルだった。久しぶりに見る精霊は、いきなりぼくの肩に止まると、首筋にかぶりついて、ぼくの魔力を吸い始めた。

「おいおい、フロル」

「うーん、ずいぶん、お久しぶりな味なの。この、のっぺりとして、ばさばさな口当たりが──」

「ねえフロル。いったいここは、どこなんだろう」

「そんなことよりユージ、着替えなくていいの?」

「着替え?」

 フロルに言われて、ぼくは自分の格好を改めて確認した。革鎧が残っているのは上半身だけで、下半身の部分はきれいに無くなっている。いわゆるわいせつ物陳列罪的な部分も、ぼろきれのような布で、かろうじて隠されているだけだった。ぼくはあわてて、その箇所を両手で押さえた。

「わ、なんだこれ! フロル、すぐに着替えたいから、悪いけどちょっとどいて──」

「あ、気にしないでいいのよ? わたし、そういうの見慣れちゃったから。ユージが気になるなら、霊体になっておくね」

 フロルはそう言うと、実体化を解いて半透明な姿になった。ぼくはマジックバッグから替えの衣装と替えの防具を出して、着替えを始めた。鎧と服は、溶岩の熱でダメになってしまったのかな。マジックバッグが無事で助かったよ。でも、どうして無事だったんだろう。

 そうか、アラネアのローブを着ていたんだっけ。あのローブが、溶岩の熱から守ってくれたのか。そして、ローブがめくれたりして守り切れなくなった部分だけが、焼け落ちてしまった、と。うん、服については、そんなところだろう。


 だとしても、どうしてぼくは、助かったんだろう。


 蘇生のスキルで、一度は生き返ったのかもしれない。そこまではいい。でも、生き返ったのが溶岩の中だったら、蘇生なんて意味はなかったはずだ。もう一度焼け死んで、それで終わりだろう。蘇生できる回数が増えていたとしても、この場合は、結果は同じはずだ。

 もしかしたら、勇者パーティーが助けてくれたんだろうか? ぼくの命を捧げることで、聖剣を取ることができたのなら、その後で生き返ったぼくを見たら、助けてくれたかもしれない。いや、もしかしたら最初からそれも計算のうちで、聖剣を得るための手段として、蘇生スキル持ちのぼくを使ったんだろうか?

 それもなさそうだな。もしもそうなら、ぼくが生き返った後で、そう説明すればいい。あるいは、そんな行為を醜聞だと思っていたなら、助けずに見殺しにするか。あ、これだと蘇生スキルの意味はないのか。どちらにしろ、こんなところにぼくを放り出していく理由がない。

 一ノ宮たちの仕業ではないとすると、どうなるんだろう。一ノ宮たちは、聖剣を取った後、急いで迷宮を出たはずだ。時間がない、なんて話をしていたからね。そして、ぼくは溶岩の中で生き返った。その後、どうなる? ぼくの居場所を知っていて、かつ、ぼくのところに来ることができた人なんて、いたのか?


 あ、そうか。フロルか。


 ぼくとフロルの間には、「パス」というものがつながっているらしい。それによって、フロルはぼくの居場所がわかるんだそうだ。それにフロルなら、迷宮も楽勝だ。霊体になって、いろんなものをすり抜けてしまえばいいんだから。彼女は迷宮の中を嫌がっていたけれど、それは「魔力が気持ち悪い」からで、入ろうと思えば入れないわけではなさそうだった。

 パスというものがどんなものかは良くわからないけど、もしかしたら、契約者に命の危険が迫ったら、それとわかるのかもしれない。それがわかったから、無理をして、ぼくの元に来てくれたのかな。溶岩の中からぼくを助けて、その後は、転移の魔法陣を使って……。

 いや、フロルは魔法陣の呪文を知らないはずだよな。もしかしたらフロル自身が、転移の魔法を使ってくれたんだろうか? 以前、転移について聞いた時、面倒だけど使えないことはない、みたいなことを言っていたし。それなら、迷宮の入り口でもないこんな場所にぼくがいるのも、納得できる。転移先をどこにしたらいいかなんて、フロルにはわからなかっただろうから。

 だとしたら、今こうやって魔力を吸っているのも、当たり前だな。転移魔法なんて良く知らないけど、大きな魔力を使いそうだし。

 着替えを続けながら、ぼくはフロルにたずねた。

「ねえフロル、君がぼくを、ここまで運んでくれたの?」

「そうよ。大変だったんだから! でも、あのままにしていたらもっと大変なことになるところだったから、しかたなく運んであげたの。感謝してよね!」

「そうか。もしかしたら、転移の魔法を使ってくれたの?」

「転移の魔法? そうじゃないの。元の姿に戻って、連れてきたのよ。だからちょっと、疲れたのよねー」

 フロルはこう答えると、また魔力を吸い始めた。少し話が通じないけど、「元の姿」というのは、たぶん大人モードのフロルのことだろう。転移魔法ではないらしいけど、もしかしたら転移以外にも、ぼくを脱出させる方法があったのかもしれない。

 だけど、今のフロルに聞いても、詳しい話は聞けそうもないな。子供モードは力をセーブする姿なので判断力も低下してしまう、なんてことを、大人姿のフロルが言っていたっけ。

「ありがとう」

 ぼくはとりあえずお礼を言って、首に吸い付いて離れない女の子は放っておくことにした。そして、今後のことを考えてみた。


 これから、どうしようか。

 まずは、一ノ宮のことだ。ぼくは彼に殺されたんだから、本当なら殺人罪で告発したいところだ。だけど、これは難しいんだろうなあ。なにしろ向こうは勇者だから、国がバックについているようなもの。そんなことを言い出したら、逆にこっちが追われる立場になりそうだ。

 そのうえ、ぼくは生き返っちゃってるしね。「ぼくはあいつに殺されました!」「いや、おまえ生きてるじゃん」「いえこれは蘇生というスキルがあってですね」「じゃあ殺されてないじゃん」……ここから「殺す」とは何か、なんて議論になったりしたら、めんどくさいことこの上ない。

 どっちにしろ、一ノ宮たちは今、戦場にいるはずだ。あいつらがそこから帰ってきたら、会いに行ってみよう。それで、あいつがどんな反応をするのか、それを見てから、対応を決めることにしよう。


 戦争と言えば、カルバート王国と魔族の間では、本格的な戦争が起きているんだよな。しかも今は、王国が劣勢らしい。だとしたら、戦場からは離れた方がいいだろう。そんなものに、わざわざ巻き込まれたいとは思わないからね。ただ引っかかるのは、勇者が聖剣を手に入れた、ということだ。もしかしたらその影響で、勇者が魔王を倒して、魔族との戦争がすぐに終わるかもしれない。

 で、もしもそうなったら、王国が召喚者を帰還させる儀式を行うかもしれないんだよな。ぼくは帰還の魔法というやつはあんまり信じていないんだけど、完全に無視できるかというと、そこまで吹っ切れてもいない。元の世界に戻れるとしたら、他に手がないのも確かだからだ。

 儀式が行われるのなら、実際に参加するかはともかく、近くにはいてみたいんだよな。元のクラスメートたちも集まってくるだろうし、みんなの意見も聞いてみたい。

 となると、イカルデアの近くにいた方がいいんだよなあ。

 しかたがない。イカルデアは濡れ衣で追放された場所なので気が進まないから、その近くの街で適当なところを探して、しばらくはそこにいることにしよう。それで、戦争がどうなるか、勇者たちの送還がどうなるか、といった情報を集めることにしよう。で、いざとなったら王都に入る、と。これで行きましょう。


 あ、そうだ。今回は(も)一度死んでしまったので、自分を鑑定しなおしてみることにしよう。


【体力】18/18 (111/111)

【魔力】6/6 (77/77)

【スキル】剣 威圧 痛覚耐性 受け流し 状態異常耐性 氷魔法 闇魔法 

(蘇生 隠密 偽装 鑑定 探知 罠解除 縮地 毒耐性 魔法耐性 打撃耐性

小剣 投擲 強斬 連斬

火魔法 雷魔法 土魔法 水魔法 風魔法 精霊術)

【スタミナ】 18(95)

【筋力】 17(114)

【精神力】12(63)

【敏捷性】5(8)

【直感】2(7)

【器用さ】2(8)


 おお。なんだか久しぶりに、けっこう伸びてるな。

 体力、魔力、スタミナ、といったところが順調に増えて、「威圧」「受け流し」「状態異常耐性」「氷魔法」など、なんと6つもの新しいスキルが手に入った。今回は苦労したから、結果もついてきたのかも。本格的に迷宮を攻略したともなると、やっぱり違うんだな。

 ここまで上がったら、偽装スキルで表にだしている数値も、変えておいた方がいいかもしれない。これだけ実際と差があると、ひょんな事から違和感をもたれそうだ。冒険者のランクも上がっているんだから、ステータスが少しぐらい上がっても、おかしくはないだろう。

 ぼくはそんなことを考えながら、とりあえずはここがどこなのかを知るために、街道を歩き始めた。



 この時のぼくは、自分のジョブにやっかいな選択肢が増えていることに、まだ気がついていなかった。


【種族】 ヒト(マレビト)

【ジョブ】剣士(蘇生術師)   [/勇……]




────────────────


 これにて、第4章が終了となります。3章後書きでも書いたとおり、かなり波瀾万丈の章だったと思います。勇者パーティーもそうですが、特に主人公の状態が。ところで、最後の「 [/勇……] 」(←ここ、文字の一覧だけだと表現しづらいな)とは、いったいなんなのでしょう? まあ一文字だけですが出ているので、想像はつくかもしれませんけど。

 それにしても、ユージが殺された回の感想に「そうこなくちゃ」の投稿が二つもあったのには笑ってしまいました。彼、迷宮攻略では、けっこうがんばってたと思うんですけどねえ。ある意味、カクヨムの中でもトップクラスにかわいそうな主人公かもしれません。


 さて、次回からは第5章となり、主人公はとんでもないところに呼び出され、やむなく逃げだそうとします。そのためにある人物と協力することになり……。5章は、穏やかにスタートするように見えますが、最後はやっぱり、(意味がわかれば)賛否両論になりそうな結末となる予定です。ですが、できましたらこの先も、ユージの冒険を見守っていただけたら幸いです。


 それから、もしもこの話が気に入っていただけましたら、レビューやフォローをいただけたらうれしいです。前にも書きましたけど、本作はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは、読者選考の制度があり(そろそろラストスパートの時期なのかな)、その選考基準がレビューやフォローの数らしい(たぶん)のです。作者にとってのはげみにもなりますので、よろしくお願いします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る