第162話 打ち棄てられた館
その知らせがもたらされたのは、一ノ宮たち一行が、とある小さな街に立ち寄った際のことだった。
街を治める地方官を訪ね、これからノーバーへ向かうこと、重騎士の上条武明がバギオの村で療養していることを伝えて、できればそちらに支援の手を差し伸べて欲しいことを依頼しようとしたところ、地方官から驚くべき情報が伝えられた。
「上条が……死んだ、ですって?」
一ノ宮はそう言ったきり、言葉を失ってしまった。白河も絶句している。柏木がかすれた声で、
「嘘、でしょ?」
「いえ、残念ながら、嘘ではありません。バギオの村長から、村に滞在していた勇者一行の騎士の方が亡くなった、という知らせが上がっております。どのようなことが原因で亡くなられたのか、まではつかんでおりませんが……現在、第五騎士団の方も、そちらに向かっているようです」
地方官は沈痛な表情を浮かべてこう言ったが、彼の元にはそれ以上の情報は来ていなかった。ここが地方の街で、行政的な連絡系統の末端に位置しているためだろう。一ノ宮たちは急ぎその場を辞し、混乱した頭のまま、自分たちが泊まっている宿に戻った。部屋に入ったとたん、それまでなんとか平静を保っていた柏木が、ソファーの上で泣き崩れた。
「……信じられない。だって、別れてから一週間もたっていないんだよ? 確かに、あの時は疲れてたみたいだったけど、笑って私たちを見送ってくれたのに……」
ぽろぽろと涙を流す柏木を、白河が黙って抱きしめた。柏木はしばらくそのまま泣いていたが、ぱっと顔を起こして、
「魔法は? ねえ美月、蘇生魔法で生き返らせることはできないの?」
「私には、蘇生魔法は使えないんです。それにあの魔法は、亡くなった直後でないと、効果がないらしいの。急いでも、バギオまでは数日かかるから……たぶん、間に合わないと思います」
白河の答に、柏木は再び顔を落とした。
「いや。もしかしたら、上条ではないかもしれない。勇者一行の『騎士』と言っていたからね。上条は騎士ではなく、重騎士だ。もしかしたら、王国から遣わされて、ぼくたちを追いかけてきた騎士という可能性も──」
「重騎士と騎士の違いなんて、一般の人にはわからないでしょう。それに、バギオの村、と言っていたんですよ。場所まで一致しているとなると、別人とは考えにくいんじゃないかしら」
希望的な観測を述べた一ノ宮を、白河は冷静に否定した。すると一ノ宮は、一転して大きな声で、
「だけど、考えられないだろ! あいつが死ぬなんて!」
そして一つ、二つと大きく息をして、
「……すまない。だけど、それにしてもまさか……ちょっと前まで、あんなに元気だったのに」
白河は苦い顔でうなずく。
「そうですね。もしかしたら病気ではなく、何か別の理由があったのかもしれません」
「別の理由? 何だい、それは」
「それはわかりません。けど、もしも病気が原因ではないのなら、そう考えるしかないでしょう」
一ノ宮は少し考え込んだ。
「そうか。そうだな……いずれにしろ、ぼくたちもバギオに戻るべきだろう。もっと情報が欲しい。亡くなったのは、本当に上条なのか。もしも上条だとしたら、どうしてそんなことになったのか。その場合は、ご遺体をどうするかについても考えたいからね。戦線への復帰は遅れることになるけど、王国の人も、事情は汲んでくれるだろう。
みんな、それでいいね?」
だが、一行がそろって出発することはできなかった。柏木の体調が悪化したためである。
彼女はバギオを出た後もずっと調子の悪い状態が続いていたのだが、この翌日、急に高熱が出て、倒れてしまったのだ。上条の死の知らせが影響したのかもしれない。一ノ宮たちは、これでは旅に出るのは無理と判断。上条の件もあり、彼女を一人にするのははばかられたため、白河を柏木のそばに残して、一ノ宮だけでバギオに向かうことになった。
柏木の体調が回復し次第、白河たちも出発する手はずになっていたため、これまで乗っていた馬車は彼女たちのもとに残し、一ノ宮は別に借りた馬に騎乗して、バギオの村を目指した。
◇
バギオへ向かう途中、一ノ宮はリシアンという村に着いた。時刻はまだ昼過ぎだったが、今日はこの村で休ませてもらおうと決め、一ノ宮は馬を降りて村に入った。だが、周囲の様子が、なんだかおかしい。人口数十人程度の小さな村だというのに、ざわついた雰囲気が漂っていた。一ノ宮は首をかしげつつ、村長の家を訪ねた。
村長と面会し、この村で一泊させてもらえないかと頼んだところ、この人のよさそうな老人は快く応諾してくれた。だが、一ノ宮が「勇者」であることを告げると、村長は驚きの表情の後に、こんなことを申し出た。
「なんと、勇者様でしたか……それでは、あなた様に、お願いしたい件があるのです。どうか、話だけでも聞いていただけないでしょうか」
「お願い、といいますと?」
「はい。実は村の子供が一人、行方知れずになってしまったのです」
「なるほど、村の中がなんだかあわただしい雰囲気だったのは、そのせいですか。しかし、子供の捜索となると、私のような土地勘のない人間が一人加わったところで、たいした力にはなれないと思いますが──」
「いえ、いなくなった場所ははっきりしています。村から少し離れた山の中に、一軒の大きな館が建っておりましてな。現在は廃屋になっており、誰も住んではいないのですが、その館に出かけた三人の子供のうち一人が、帰ってこないのです。そして、帰ってきた二人の話によりますと、どうやら館の中に、ゾンビのような化物がいたらしいのです」
村長の話によると、問題の館というのは数代前の領主の息子が、半ば軟禁されるような形で住んでいたものだそうだ。なぜそんなことになったのかについては様々な噂があるが、どうやらその息子が、ある種の魔術の研究に手を染めてしまったのが原因らしい。
一説によるとその魔術とは、教会から異端として禁じられていた「鉄の塊から黄金を作る魔術」、つまり錬金術だったという。それが発覚することを恐れた領主によって、この地に押し込められた、というわけだ。
この噂の当否はともかく、田舎の村にはそぐわないような立派な建物があり、長い間使われていないことは事実だった。しかもそこには、怪しげな由来までついているのだ。この館の探検は、宝探しと肝試しを兼ねた遊びとして、村の子供たちの間で受け継がれていた。
その探検でお宝を持って帰った子供はいなかったが、その代わり、事故が起きたこともなかった。それが今回、突然のゾンビ騒ぎで、一人の子供が行方不明になってしまったのだという。
「ゾンビですか。これまでその館には、そのような話はなかったんですか?」
「いえ。小動物のたぐいが住み着いたということはありましたが、ゾンビがいたなどという話は、これまで聞いたことがありません」
「すると、なぜ急にゾンビが現れたのでしょう。どこからか流れ着いたゾンビが、その館を
「私どもには、そのあたりのことはわかりかねます。なにしろこの村には、アンデッドの魔物と戦ったことのある者は一人もおりませんし、魔物の巣に入るような経験のある者もいないのです。
あなた様から見れば、ゾンビのような魔物など、おそらくはたいした相手ではないのでしょう。このような些事、本来であれば、勇者様にお願いするようなことではないのかもしれません。ですが、この村の現状をかんがみていただき、どうかこの件を、引き受けてはいただけないでしょうか」
こう言って、村長は頭を下げた。
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