第158話 再び響く言葉

 えー、主人公が大変なことになっている中、なんなんですが……。

 本日、100万PVを達成しました!

 読んでいただいた皆さん、レビューをつけていただいた皆さん、それからフォローしていただいた皆さん、どうもありがとうございます。

 この先も、4章の終わりまでは毎日更新の予定ですので、できましたら、この先も応援のほど、よろしくお願いします。


────────────────



 一ノ宮優希、上条武明、白河美月、柏木郁香の四人、カルバート王国で呼ばれるところの「勇者パーティー」の一行は、冒険者のユージこと夕島研二と共に、グラントンの迷宮の攻略に取りかかっていた。迷宮の最終層、聖剣の収められた部屋で、一ノ宮はユージの体に刃を突き立て、彼の体を溶鉱炉の中に突き落とした。

「ちょっと優希、何してんの!」

「郁香、落ち着いて」

 突然の出来事に驚き、一ノ宮につかみかかろうとする柏木を、白河が止めた。一ノ宮は、聖剣をふるって剣に着いた血を払い、落ち着いた声で答えた。

「もう遅いよ。それに、こうするしかなかったんだ。聖剣を入手する方法としては、このほうが正統なんだろう──ほら」

 ユージが溶岩の中に落ちて数秒後、台座が発していた警報音が止んだ。それと同時に、一ノ宮の背後にある、迷宮を脱出する転移陣に赤い光が戻った。一ノ宮は新しい聖剣をマジックバッグに戻して、パーティーメンバーに告げた。

「急いでここを出よう。もう何もないとは思うけど、こんなところに残っている必要もないだろう」

「ほら、郁香」

 まだ混乱している柏木を、上条と白河が抱きかかえるようにして、転移陣に移動させた。三人が陣の中に入ったのを確認して、一ノ宮は転移の呪文を唱えた。魔法陣が白い光を発して、術式が起動した。その刹那、

「「「──!」」」

 一ノ宮たちは、一様に強い違和感を感じた。めまいと吐き気、そして強烈な脱力感。上条の体は大きくふらつき、それまで支えていた柏木に、逆に抱きつくように体をよろけさせた。

 しかし、次の瞬間には転移の魔法が発動し、四人の姿は迷宮の中から消えた。


 ◇


「ん? なんか光った」

 松浦大和が迷宮入り口の扉近くに腰を下ろしていると、通路奥にある転移陣が白い光を放った。松浦は勇者たちとおなじマレビトで、浜中康功、美波真奈、田原玲奈と共にパーティーを組んで、勇者パーティーのサポート役をこなしていた。現在では、一ノ宮たちとは独立した冒険者として活動している。

 やがて光が収まると、陣の中に人影らしい姿が見えた。

「あ、帰ってきた。おーい、美波。一ノ宮たちが帰ってきたみたいだぞー」

 松浦が扉の外に向かって呼びかけ、それに応じて、美波たち三人が駆け寄ってきた。王国側の人間と顔を合わせるのを嫌っていたユージに配慮して、ここにいるのはこの四人だけだ。美波たちが魔法陣に駆けつけると、一ノ宮たち勇者パーティーの四人が、魔法陣の中でよりそうように、ひざまずいていた。近づいてきた美波を見て、一ノ宮は言った。

「あれ、美波さん。どうしてここに」

「予定では、今日が攻略の最終日だったからね。念のため、昨日からここでキャンプをしていたんだ。忘れたの?」

「ああ……そうだったっけ」

「だいぶ疲れてるみたいね。でも、予定どおりに帰ってきたってことは、迷宮攻略は順調だったのかな。どうだった? 聖剣は手に入ったの?」

「ああ、なんとかね。今はマジックバッグの中に入れてある」

 一ノ宮は、手にしたバッグを叩いた。

「やったじゃない、おめでとう。さすがは勇者パーティーね」

 ここで美波は、今さらながらに周りを見回した。

「ねえ、ユージ君は?」

 一ノ宮は答えなかった。白河が、黙ったまま首を振った。

「……そう。ねえ、大丈夫? なんだかみんな、疲れてるみたいだけど」

 美波は、気がかりそうな視線を四人に向けた。一ノ宮は立ち上がっているが、上条を含めた他の三人は魔法陣の中で座り込んだまま、まだ一言も発していない。

「そうかもしれない。最終層が、意外にきつかったからな」

「あなたたちの馬車も用意してあるけど、すぐに街へ帰る? それとも、一休みしてからにする?」

「移動しよう。どうせなら、ちゃんとした宿でゆっくり休みたい」


 一ノ宮たちは、美波たちが用意した馬車に乗って、ヘレスの街へ向かった。勇者パーティーの四人だけが乗車した馬車の中で、一ノ宮が口を開いた。

「いろんなことはあったけれど、ともかくこれで今回の依頼も終了し、無事に聖剣を手に入れることができた。みんな、ありがとう」

 他の三人は疲れた表情で、上条が軽く手を上げて応えただけだった。

「それで今後の予定だけど、王国からは、早く戦線に復帰して欲しいと急かされている。明日にでもこの街を出て、ノーバーの街で国軍駐留部隊と合流しようと思うんだけど、どうかな」

「ちょっと待って」

 柏木が、一ノ宮の言葉をさえぎった。

「無事に、じゃないでしょ。ユージ君はどうなるの?」

「やはり、説明は必要だろうね。そうだな。第五階層の、ゴーレムの迷宮で死んだことにしてはどうだろう。彼がおとりになり、その犠牲によって、ぼくたちがあの迷宮を突破できたことにすれば──」

「そうじゃなくて! 一ノ宮君はどうして、あんなことをしたの」

「ああせざるを得なかったからさ」

 一ノ宮は即答した。そして逆に、柏木に質問を返した。

「柏木さん。ぼくたちはどうして、戦争なんてものに参加しているんだい?」

「どうして、って、それはもちろん、家に帰してもらうために──」

「そのとおりだ。ぼくたちはその目的のために、勇者パーティーなんてものを組んで、戦争に参加した。そしていくつもの戦いで、見知らぬ魔族の人たちをたくさん殺してきた。これが、ぼくたちがやってきたことなんだ。柏木さんだって、本当はわかっているはずだ。君の放った魔法で誰も傷つかず、誰も死なせなかったとは思っていないだろう」

 柏木の顔がこわばった。一ノ宮は口調を改め、薄く笑みを浮かべて、

「勘違いしないで欲しいんだけど、ぼくは君を責めているんじゃない。君は、ああせざるを得なかった。他に選択肢がなかったから、君は魔法を使ったんだよ。

 ぼくたちは、もしかしたら罪を犯したのかもしれない。でも、その罪の責任は、ぼくたちにはないと思う。それを強いたのは、この世界の人たちだ。だから、もしもその責任を問われるとしたら、それはこの世界の人たちが負うべきなんだ」

「でも、ユージ君は──」

「確かに彼は、この世界の人ではなかったけれど……でも、今までのぼくらがしてきたことと、どこに違いがあるんだい?」

 柏木は少し顔色を青くしたまま、何も答えなかった。一ノ宮を非難するようなことを言ったものの、彼女もまた、心の底では認めていたのだ。あの時は、ああするしかなかった。ユージを刺した一ノ宮は、汚れ役を買って出たに過ぎない、ということを。

 馬車の中に沈黙が流れた。やがて、白河がぽつりと言った。

「少し、休みましょう。みんな、疲れているみたいだから」

「ああ、そうだね」

 一ノ宮は答えた。だが、彼はこの白河の言葉で、最後の転移陣が起動した時の、奇妙な脱力感を思い出した。

 あれはなんだったんだろう。その疲れは、いまだに尾を引いていた。あの時ほど強烈なものではないけれど、力が体から漏れているような、そんな嫌な感覚が、今も続いていたのだ。他の三人も、同じ感覚を味わったんだろうか。もしかしたら、魔法陣にトラップが仕掛けられていたのか? しかし王国から渡された資料には、そんなことは載っていなかったが……。

 一ノ宮は、強いて明るい声で答えた。

「しかたがないよ、ずっと迷宮に潜って、一日も休まずに攻略を進めていたんだから。

 そうだな……迷宮攻略には、最初から数日の余裕を見ていたんだから、少しくらい出発を伸ばしてもかまわないだろう。明日一日は休息を取ることにして、出発はあさってにしようか」


 だが、一日の休息を経た後も、四人の体調は元に戻らなかった。

 それでも、戦いは彼らを待ってくれない。一ノ宮たちは予定どおり、迷宮を出た二日後に、ヘレスの街を出発した。


 ◇


 一ノ宮たちがグラントンの迷宮を脱出し、ヘレスの街へ向かっていた頃。

 迷宮最深部の、聖剣が収められていた部屋は、静けさに包まれていた。

 一ノ宮たちが去って以降、この部屋には動くもの、生きているものの姿はなく、ときおり部屋の外で溶岩が割れる音が、かすかに響いてくるだけだった。台座に収められた聖剣──おそらくは偽の聖剣──からわずかに覗いている刀身は、淡く白い光をまとっていた。台座の中の魔術的な回路によって、差し込まれた剣を真の聖剣へと作り替える作業が、すでに始まっているのだろう。


 すると突然、台座から高い音が響きだした、


 瞬時の休止を伴いながら、その音は断続的に続いた。ユージたち異世界の人間であれば、「警報」と認識したであろう音だ。同時に、台座の前に描かれた転移の魔法陣に灯っていた、赤い光が消えた。

 そしてその直後、奇妙な出来事が起きた。

 台座の背後の地面に空いている大きな穴──真っ赤に溶けた溶岩で満ちており、一種の溶鉱炉になっているその穴の中から、一本の棒状の物体が突き出たのだ。それは、ひどく変形し、ほとんど骨だけになってはいるものの、ヒトの左手のように見えた。

 その手は、天に向けて掌を開いたまま、穴のへりをさぐるかのようにふらふらと動いた。そして縁に接すると、触ったものが何であるかを確かめるように二、三度、位置を変えた後で、それをがっしりとつかんだ。続いて、穴の中からもう一本の手も浮かび上がって、その隣をつかむ。そして、既に失われている筋肉に力を込めたかのように、両手の骨が歪んだ。

 すると穴の中から、両手につながる胴体、そして両足が浮かび上がり、やがてそのモノの全身が、穴の外に転がり出た。

 そのモノは、白いローブを着ていた。溶岩の熱にもかかわらず、ローブは無傷で残っているように見えたが、胴体が地面に接すると同時に、ボロボロに崩れて落ちた。あまりの高熱のために、防具としての寿命を迎えたらしい。それでも、ローブの下にあった上半身の部分は、着用していた革鎧を含めて、元の形をとどめていた。

 ただし、その外側にあった場所は別だ。そのモノの下半身や肘より先の部分、そして頭部は、溶岩の熱によりさんざんに焼かれて、やや変形した骨ばかりになっていた。だがその全体を眺めれば、やはりヒト、あるいはヒトであったのだろうと思われる形をしていた。

 ヒトの形をしたモノは、ぎこちない動作で立ち上がった。そして、依然として警報音を発している聖剣の台座まで来ると、動きを止めた。まるでにらみ合いでもするかのように、そのモノは台座と向かい合った。

 しばらくの間、その状態は続いた。

 突如、ギリギリときしむような音が台座から漏れた。そして、カン、と高い音が響いたかと思うと、警報音が消え、同時に転移の魔法陣が、赤い光を取り戻していた。

 もしもこの時、台座を子細に観察する者がいたなら、それがわずかに変形しているのがわかっただろう。聖剣を収める台座には、ごく細かな、しかし台座全体を覆うひびが入っていた。いにしえより動き続けてきたこの魔術装置は、この瞬間に、活動を停止したのだ。おそらくは、永遠に。

 ヒトの形をしたモノは動きを再開した。そしてよろめくような足取りで、転移の魔法陣へ向かって行った。



 この時、再びあの言葉が響いていた。仮構の世界で、本人のみが聞くことができたであろう言葉。おそらくは今回で最後になるだろうあの言葉が、意識を失って聞くことのない者に向けて、語りかけられていた。

 それは、こんな言葉だった。


『スキルのレベルが上がりました』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る