第157話 戦場で学んだこと

「王家に伝わる聖剣が、偽物だって!?」

 叫ぶような声で、一ノ宮が反問した。

「うん。召喚された最初の頃に勉強させられたけど、カルバート王国って、確か百年くらい前にできたんだよね。リーゼルブルグ王国とかいう、カルバートの前にあった大国を滅ぼして。カルバート王国自体は、そんなに古い国じゃない。

 そして一ノ宮は、その聖剣は『前回、召喚された勇者がこの迷宮から持ち帰ったものだ』って、言ったよね。でも、ぼくたちが召喚された時、じいさんの魔法使いが、召喚が成功したのは何百年ぶりだ、って言ってなかったっけ?」

「……ああ。そうだったな」

 ぼくの言いたいことに見当がついたんだろう。一ノ宮は苦しげな顔でうなずいた。

「ってことは、召喚があったのはリーゼルブルグ王国の頃のことで、当然、聖剣が伝えられたのもリーゼルブルグ王国だ。そしてその後で、その王国は滅んだ。

 カルバート王国は、リーゼルブルグ王国の後継者と自称しているらしいけど、国が滅んで新しい国になったんだから、その時には争いや混乱があったはずだよ。伝えられた宝物がなくなったり、偽物と入れ替わったりしても、おかしくはないんじゃないかな」

「そんな馬鹿な。こんなに苦労して持ってきた聖剣が、偽物だったなんて!」

 一ノ宮は台座に向き直り、何度も『聖剣』を抜き差しした。だけど、状況は変わらない。それどころか、何回目かに剣を差し込んだ時に、耳障りな高い音が、台座から断続的に響きだした。何か、変なスイッチが入ってしまったかのような音だった。これを作った人とぼくたちとでは、属する世界も文明も違う。けどこの音は、どうしても警報音としか思えなかった。

「一ノ宮、もうやめろ。これはたぶん、もともとあった聖剣をここに戻せ、って音じゃないか?」

「しかし、ぼくは聖剣を持ち帰らないわけには──」

「転移陣を使わずに、帰ったらどうだ? 時間はかかるけど、ここから五層に戻って、一層ずつ上に上がっていけばいい」

 上条が言葉をかけたけど、一ノ宮は即座に、

「だめだ。このエリアに来た転移陣は、片道通行だった。ここを出るには、そこの転移陣を使うしかない」

「あ。ああ、そうだったな──」

「それなら、一度ここを出て、本物の聖剣を探してから、もう一度挑戦したらどうだ? もしかしたら、本物は王国の倉庫の中に眠っている可能性も、ないことはないよ」

「忘れたのか? この迷宮は、一度挑んでしまうと、しばらくは再挑戦できないんだ。今回は最深部まで進んでしまったから、一年間は中に入ることはできない」

 ぼくの提案にも、一ノ宮はにらみつけるような視線で、こう答えた。そういえば、そうだった。転移のための魔力がたまるまでは、迷宮に挑戦することさえ、できなくなるんだっけ。

 少し悪くなってしまった雰囲気の中、唐突に、柏木が口を開いた。

「ねえ、なんだか暑くなってない?」

 言われてみるとたしかに、さっきより暑さが増しているような気がする。一度拭いたはずの首筋にも、再び汗が浮かんでいた。周りを見ると、どうやらみな、同じことを感じたらしい。白河が言った。

「……もしかしたら、転移陣への魔力と一緒に、この部屋を冷却する装置への魔力供給も遮断されたのかもしれませんね」

「一ノ宮、聖剣を戻して、地上に帰ろう」

 ぼくは脇に抱えていたマザーアラネアのローブを着なおしながら、改めて一ノ宮に進言した。これではさすがに、ぼくたちに取れる手段はないと思ったからだ。

「しかたがないよ。聖剣を持ち帰るという依頼は失敗したかもしれないけど、それはぼくたちのせいじゃない。ぼくらはちゃんと、ここまでたどり着いたんだ。失敗したのは、偽の聖剣を渡してきた王国の責任だ。そう報告すれば、君たちの責任にはならないし、経歴にも傷はつかないだろ」

 こうまで言っても、一ノ宮は首を縦に振らなかった。しばらく黙った後、彼はこう答えた。

「経歴なんてどうでもいい。けど、それでもぼくは、このまま帰るわけにはいかない。ユージ、実は君に話していないことがある」

「話していないこと?」

 なんだか、嫌な予感がした。秘密の話なんて、ぼくは聞きたくないんだよ。なのに、一ノ宮は勝手に後を続けて、

「軍事機密で、極秘と言われていたのでね。それに、この迷宮の攻略には直接関係のない話だから、黙っていたんだ。

 ぼくたちが迷宮攻略を命じられたのは、魔族の軍勢に魔王が現れたからだ、と話しただろう」

「え、あれが嘘なのか? 魔王なんていないの?」

「いや、魔王が現れたのは本当だよ。ただ、現れたのは魔王だけではなかった。その魔王は、『魔剣』を持っていたんだ」

「魔剣だって?」

 一ノ宮はうなずいた。

「聖剣と同等の力を持つといわれる、聖剣の対となる剣だ。

 白河さんが話していただろう。昔、魔族とヒト族の戦争で、魔王軍に圧倒されていたヒト族の軍に、聖剣を持った勇者が現れた。勇者は各地の戦場で魔族軍を撃破し、瞬く間に形勢を逆転して、ついには魔王を倒した、と。

 実は今、それとは逆のことが起きているんだ。

 これまで魔族を圧倒していた王国軍は、魔剣を持った魔王の登場で、総崩れになった。一時は魔王国の都の直前まで進んでいた王国軍は、今では国境付近まで押し戻されている。このまま手をこまねいていたら、おそらく王国軍は敗北するだろう。下手をすると、国そのものが滅んでしまうかもしれない。そうなったら、ぼくたちはどうすればいいんだ?」

「だけど、魔王と魔剣と言ったって、たかだか一人と一本の剣だろ? いくらすごい力があったとしても、戦略とか戦術でなんとかできるんじゃないのかな。

 ぼくはそう言うのは詳しくないけど、例えば魔王一人をを圧倒的な兵力で囲んでしまうとか。逆に、個々で強い戦力をぶつけてみるとか。あっちはなりたての魔王で、こっちは一年以上修行してきた勇者と聖女、それに大魔導師と重騎士がいるんだから」

「それはもう、やったんだよ」

 ぼくの反論に、一ノ宮は自嘲気味な笑みを浮かべた。

「魔王を大軍で取り囲んだときは、先頭の数十人が殺された後は、軍全体が総崩れになってしまった。大軍と言っても、それを形作っているのは一人一人の兵士だからね。隣の人間があっけなく殺されるのを見れば、逃げたくもなるさ。

 それから、ぼくたちパーティーは一度だけ、戦場で魔王と対決したことがある。ぼくは、これも王家伝来という名剣を持たせてもらって、彼に挑んだんだけどね。完敗だった。数合、斬り合っただけで、名剣は真っ二つに折られてしまい、一緒にぼくも切り捨てられた。なんとか死なずにすんだのは、上条と柏木さんが援護してくれて、白河さんが治癒魔法をかけてくれたおかげだ」

「あれは、おまえのせいじゃねえよ。魔王と一騎打ちのつもりで進んでいったら、魔王の横にいたやつらが、急に襲ってきたんじゃねえか。それで最初から、防戦一方になっちまった。まったく、卑怯なやつらだ」

「いや、ぼくはあれが卑怯だとは思わない。これは戦争で、殺し合いなんだ。殺し合いに卑怯もなにもないよ」

 上条の反論に、一ノ宮は首を振った。白河がさらに説明を加える。

「それから、あの魔王は間違いなく『覚醒』しているのでしょうね」

「覚醒?」

「ええ。勇者や魔王は、自身が危機に陥った時に、突然に強力な力に目覚めることがあるんだそうです。これが、『覚醒』といわれる現象です。魔王が登場した時、王国軍は魔王国の都のすぐ近くまで迫っていました。そんな状況だったからこそ、覚醒が起き、強力な魔王が誕生したのでしょう。

 覚醒があれば、私たちの一年間の修行程度は、簡単にひっくり返してしまうようですね」

 一ノ宮は白河の言葉にうなずき、マジックバッグから新しい方の聖剣を取りだして、鞘から抜いた。

「それにね。今回、この聖剣を持ってみて、改めてわかったよ。この剣は、ただの『すごい武器』じゃない。圧倒的な力なんだ。あの戦場で、ぼくが魔王に切って捨てられたのも当然だと、今ならわかる。この剣に普通の装備で挑むのは、ただの自殺行為だろう」

「いや、そうは言ってもさあ……」

 ぼくは、ちょっと困った顔で、他の三人を見た。一ノ宮の言いたいこともわかるけど、かといってどうしようもないじゃないか。聖剣を持って外に出る方法がない以上、それを諦めるより他にない。なのにうだうだとごねているので、白河たちにもひとこと言って欲しいと思ったんだ。

 それなのに、白河はこんなことを言った。

「確かに、今カルバート王国に滅んでもらっては困りますね。王国がなくなれば、私たちを帰還させてくれる人も、いなくなってしまいます。魔族の方々にも、言い分はあるのでしょうが……私たちの立場としては、ぜひとも、王国に勝ってもらわなければなりません」

「俺もそう思うぜ。どっちにしろ、日本に帰るには、魔族を倒さなければいけないんだからな。そのために必要だっていうなら、できる限りのことをしないとな」

 上条も一ノ宮たちの側に回る。ぼくは少しうんざりして、

「できる限りのこと、っていうけどさ。じゃあ、どうするつもりなんだ? 諦めるほかに、手はあるの?」

「……戦争に参加させられて、ぼくはいくつか、学んだことがある」

 一ノ宮は答えた。そしてゆっくりとした歩みで台座の周りを回って、ぼくに近づいてきた。

「一つは、敗北だ。魔王との戦いは苦い結果に終わったけれど、大きな教訓になった。ぼくはまだまだ弱いこと、訓練も心構えも不十分であることを、あの戦いは教えてくれた。

 そしてもう一つは、その心構えの中身だ。もっと具体的に言えば、『覚悟』、という言葉になるのかな。もしも、心から望んでいるものがあるのなら、そこへ向かって突き進まなくてはならない。どんなものが立ち塞がっていても乗り越えなければならないし、そのために必要な手段があるのなら、そこから逃げてはいけない。たとえそれが、ぼくらの良識からすれば恥ずべき行為だったとしても、それを選ばなければならないこともあるんだ。

 ぼくには、その覚悟がなかった。追い詰められ、滅亡寸前になった魔族の国を救おうとした魔王に、ぼくは心構えの段階から負けていたんだよ。

 でも、ぼくはもう、負けたりはしない。そう誓ったんだ」

 彼の言葉が終わるやいなや、ぼくは突然、腹部に強烈な痛みを感じた。

 あまりにも急な出来事に、ぼくは一瞬パニックになって、一ノ宮の顔を見つめた。一ノ宮は感情の伴わない目で、ぼくを見つめ返している。痛みの元の方に目をやると、そこにはぼくの革鎧を突き破っている剣があった。とてもきれいで、今打ち終わったばかりのような輝きの剣。だけどその美しい刀身は、今は大量の血にまみれている。一ノ宮が、手にした聖剣で、ぼくの右脇腹を突き刺していた。

「だから、ユージ君、すまない。

 カルバート王国を救うため、そしてぼくたちが地球に帰還するため……犠牲になって欲しい」

 一ノ宮は冷たい声でそう言うと、また少し、剣を突き出した。傷をえぐられる痛みと剣を押し出された圧力のため、ぼくは一歩、また一歩と後ずさった。一ノ宮は右足を前にあげて、ぼくの体を蹴り飛ばした。聖剣が抜けて、傷痕から血がほとばしる。二、三歩よろめいたぼくは、なんとか立ち直ろうとしたけれど、もつれた足には力が入らない。そして蹴飛ばされた先には、溶鉱炉の口が開いていた。

 できたのは、体を丸めることくらいだった。

 ぼくはその格好のまま、溶鉱炉の中へと落ちていった。一瞬の後、頭の後ろからジュウ、と嫌な音が湧くのが聞こえた。


 その音と共に、ぼくの意識は途切れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る