第153話 灼熱の世界
ぼくたちはいよいよ、最終層への転移陣まで到達した。
最終層は一つの部屋があるだけ、と聞いていたけど、もう時間も遅いし、肉体的にも精神的にも疲れていた。ライトウォールとドレインの組み合わせ、という攻略方法は発見したけれど、この方法は魔法障壁のない場所で、魔法使いがゴーレムに相対しなければならない。彼女が攻撃を受けないようにするのは、それなりに神経を使う作業だった。
その上、柏木は、ドレインと大魔法の発動を繰り返した(魔力をたっぷり乗せたファイアーボムを、合計十四回も打っていた)せいか、ちょっとハイな状態になってしまっている。一晩休んだほうがいいだろう。
転移陣の前の部屋で、ぼくたちはこの迷宮攻略で最後になるだろう、テントの設営をした。それが終わり、食事も済ませた後、ぼくたちは男性陣のテントに集まって、明日の打ち合わせを始めた。
「前にも言ったとおり、最終層は一つの部屋だけからなっている。部屋と言っても、広さはかなりのものだけどね」
「確か、溶岩が流れているんだったね」
柏木の確認に、一ノ宮はうなずいて、
「そうだ。転移陣の部屋を出ると、すぐ目の前が溶岩地帯になっている。当然、エリア全体が非常な高温だから、『マザーアラネアのローブ』は必須だ」
マザーアラネアのローブというのは、その名の通り、マザーアラネアの糸を使った魔道具のことだ。迷宮攻略に先立って、パーティー全員に一着ずつ配られている。防御能力や断熱性能が優れている上に、魔力を込めると、服の中の空気の温度を調整することができるんだそうだ。
「このエリアには、溶岩の海の上に二つの島が浮かんでいる。一つは五層からの転移陣がある島、そしてもう一つの島に、聖剣が刺さっている台と地上への転移陣が設置されている。この二つの島の間に、橋が掛けられている。
その橋を渡って、向かいにある島に渡れば、それで最終層の攻略は終わりだ」
「えー、それだけ? でも、吊り橋って事は、またあれ? 落ちるかもしれない、ってやつ?」
また柏木が質問を入れ、あれはやだなー、とけらけらと笑った。食事やテント設営で少し時間があいたけど、彼女のテンションは、まだちょっとおかしいようだ。
「いや、今回は同じ吊り橋といっても、歩く部分は石のような材質でできているらしい。だから、橋桁の間から落ちると言った心配はしなくてよさそうだ」
「そこには、どんな魔物がいるんだ?」と上条。
「マグマフィッシュという、溶岩の中に住む、魚のような形をした魔物がいるらしい。大きさは2~3mになることもあり、人を飲み込んでしまうこともあるそうだ。記録にある魔物は、これ一種だけだね。
目的の島に着いたら、後は聖剣を抜いて、持ち帰るだけだ」
次のエリアは狭いこともあって、打ち合わせは短い時間で終わった。
ぼくたちは最後の挑戦を前に、早めの眠りについた。
◇
翌朝、ぼくたちは最終層への転移陣に入った。全員、アラネアのローブを予め装備している。今までどおりに一ノ宮が呪文を詠唱し、転移魔法が発動した。が、転移した先は、今までとは少しだけ違っていた。
「あれ? この部屋、床に何も書かれていないな」
上条がきょろきょろとあたりを見まわしながら言った。その言葉どおり、これまでは転移先にも円形の紋様が書かれていたのに、ここには何もない。一ノ宮が言った。
「五層からここへの転移は、一方通行だと説明しただろう。ここから五層へ戻る転移陣はないんだ。ここを出るには、聖剣の部屋のとなりにある、地上への転移陣を使うしかない」
確かにそれは聞いていたけど、いざ帰る手段が無くなっているのを見てしまうと、緊迫感が一層高まったように感じてくる。
一ノ宮を先頭に、ぼくたちは続きの部屋へ向かった。そこは、いつもどおりの空き部屋だったけど、さっきの部屋よりも温度が上がっていることが、はっきりと体感できた。少し、地響きのような音も聞こえてくる。ぼくは無意識のうちに、ローブの襟に手をやっていた。
一ノ宮が、いったんぼくらの方を振り返ってから、外へ続くドアを開けた。
ドアの外は、一面の溶岩だった。
粘り気のある溶岩が、ゆっくりとうごめきながら、ぼくたちのいる小島の周りを巡っている。
その表面はオレンジ色とさび色に覆われていて、ときおり閃光が走っては、さび色の面が千々に破れ、オレンジの中に溶け込んでいく。ところどころがゴボゴボと煮え立っていて、そこに浮かび出た泡はすぐに破れて、中から炎と共に黒い蒸気が噴出する。
ときおり、大きな岩の塊が浮上してくることもあるが、それはすぐにドロドロに崩れて、マグマの中に溶け落ちていった。まさに、灼熱の世界だった。
その溶岩地帯に、一本の吊り橋が渡っていた。その橋は、一ノ宮の言っていたとおり、白い石材のようなものでできていた。元の世界にもあったコンクリート製の吊り橋のような感じで、真ん中あたりが少し下にたわんで、溶岩の海との距離が近くなっている。
その橋の先には、ぼくたちのいるのとは別の島が浮かんでいた。そこには、小さな灰色の建物が建っているのが見える。あれが、聖剣が納められている島なんだろう。小島や橋が溶けていないのが不思議だけど、たぶん、何かしらの魔術的な力で守られているんだろう。
「あちっ……なあ、暑くないか?」
上条がぼやいた。彼に言われるまでもなく、溶岩の放つ熱気は、さっきからぼくたちを包み込んでいた。アラネアのローブは断熱性能が非常に高いうえに、魔道具としての能力で、ローブに直接守られていない顔や手先などの部分も、保護してくれる。
が、それはあくまでも「性能が高い」レベルだ。外部と完全に遮断されるわけではないから、熱の一部は中に侵入してくる。そしてこの場合、外部の温度がしゃれにならないくらい高いらしかった。そのため、その「一部の熱」だけでも、とても暑くなってしまうんだ。
「ローブに魔力を通すようにするんだ。そうすれば、中の熱を外に出してくれて、少しはましになる」
「暑い……暑い!」
一ノ宮が説明するが、上条はそれが耳に入らないらしく、うわごとのように「暑い」を繰り返した。あわてて、柏木が詠唱する。
「《アイスウォール》!」
魔法に応えて、上条の周りを氷の壁が取りまいた。が、周囲から押し寄せる熱気は、見る間にそれを溶かしていく。あっという間に、氷は跡形もなく消えてしまった。
「参ったな。上条の魔力が低いことはわかっていたけど、まさかこんなになるなんて」
「武明のローブには、私の魔力を入れるようにしてみる。とにかく、早く先に進もうよ」
ふらつく上条を脇から支えながら、柏木が言った。一ノ宮はうなずいて、
「わかった。じゃあ、行くよ」
「ユージ君は、だいじょうぶなんですか?」
「ぼく? 今のところ、平気みたいだ」
ぼくの答に、白河はちょっと首をかしげたけど、すぐに一ノ宮の後を追って、橋へと歩いていった。そういえば、ぼくの「魔力」値は、お城での計測ではかなり低かったんだっけ。ちょっと不自然に思われたかな?
まあいいか。こんなところに同行していること自体、ステータス表示はほんとじゃないよ、といっているようなものだろうから。
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