第152話 マジックドレインとライトウォール
「その人は、帰らなかったそうだ」
一ノ宮の答に、上条は黙り込んだ。これはまだ聞いていない話だったので、ぼくもちょっと驚いた。その人は、そうなることを覚悟の上で、おとりになったんだろうか。引きつけて、と簡単に言ったけど、光線による攻撃やゴーレムの数を考えれば、かなりの実力の持ち主でなければ、おとり役は勤まらなかったはずだ。
たかが一本の剣のために……と思ってしまうのは、ぼくが聖剣にはそれほど興味が無い、実質上の部外者だからなのかな。
「そうしなければ、迷宮を抜けられない状況だったんでしょう。きっと、やむを得ない判断だったんですよ。その状況に実際に直面した人たちが下した判断を、私たちが簡単に批判することはすべきではありません」
「うん。まあ、そうだよな、きっと」
「その人一人の犠牲で、他の人が救われたんだもんね」
「いや、ちょっと違うな」
柏木の言葉に、一ノ宮は首を振った。
「違うって、何が」
「迷宮を突破するには、一人のおとりだけでは足りなかったんだ。ここで犠牲になったのは、二人の冒険者だった」
室内に、再び沈黙が降りた。
みんな、何を考えているんだろう。まさか、ぼくたちもおとりを使ってみるか、なんて考えてるんじゃないよね。よく考えてみたら、ここには蘇生できるメンバーが一人いるな……なんて。
でも、ゴーレムに囲まれたところで生き返っても、また殺されるだけだ。ぼくの蘇生は一回だけ。いや、ステータスが上がったから、生き返る回数ももしかしたら増えているかもしれないけど、どちらにしろ無限に生き返れるわけじゃあないし、生き返って即座に戦えるわけでもない。
ゴーレムにしてみたら、どういうわけか生き返ってくるけど、ろくに動けもしないやつが、そこに転がってるだけだろう。おとりになって、その後で無事に生きて(生き返って)帰還する、なんてできるはずがないんだ。
でももしかしたら、みんなはそんなこと、わかってないかもしれないし……。
なんだか雰囲気が重くなってきたところで、柏木がぱんと手を叩いた。
「ちょっと、おやつにしようよ」
そう言って、マジックバッグから陶器製の小さな壺とスプーンを取り出して、みんなに配り始めた。ぼくも受け取って、その場に座り込む。蓋を開けると、中に入っていたのはパイ生地の間にカスタードクリームをはさんだ、ミルフィーユのようなカップケーキだった。これは、ぼくが考えたレシピじゃない。っていうか、ぼくはパイ生地なんて作ったことがない。この世界の料理人が、独自に考案したんだろう。文化って、きっかけさえあれば、こうやってどんどん発展していくんだろうな。
ただ、ぼくの好みで言うと、ちょっと脂っこすぎるというか、使っている油がベタベタしすぎな感じがするんだけど、この世界ではこのあたり、どんなふうに進化していくんだろう。
食べ終わって壺を置くと、その横には一山の砂のようなものがあった。ケーキを受け取った際、地面に置いたゴーレムの破片だ。ぼくはそれをすくって、壺の中に入れた。ゴミを残してはいけないよな、という感じで、ほとんど無意識に行った動作だったんだけど、これでちょっと、思いついたことがあった。その間、必死に頭を回していたおかげもあると思う。
「柏木さん。さっき、『マジックドレイン』という魔法を使っていたよね。あれはなに?」
「ああ、あれは闇魔法の一つで、相手の魔力を吸収するの。再起動の途中で魔力を奪えば、ゴーレムも動かなくなるかと思ったんだけどね。うまく行かなかった」
「魔力を奪う、それ自体は出来たの?」
「うん。私の感覚では、けっこう吸い取ったつもりだったんだけど」
「わかった、ありがとう。それから白河さん、ライトウォールの魔法だけど、あれの大きさを変えることはできるかな。大きく、それから細長くしたいんだ」
「細長く? ええ、出来ると思います。無限に大きくはできないから、限度はありますけど」
「それでも、できるんだよね」
ぼくは念のためもう一度確認を取ってから、
「じゃあさ。こんな作戦はどうかな」
◇
ぼくたちは再び、鍵のかかったドアの前に立っていた。一ノ宮の合図で、ぼくは罠解除のスキルを使い、もう一度ドアの鍵を開けた。
迷宮に入ったぼくは、さっきの陶器製の壺を取り出した。中をのぞいてみると、小さなかたまりが、うねうねと動いている。やはり、迷宮の外に出たくらいでは、エネルギー切れにはなっても、死にはしないみたいだ。もっとも、中は油でベタベタだから、かなり動きにくいみたいだけど。
ぼくは、ゴーレムがやって来ないうちにと、白河と柏木にとあることを頼んだ。
やがて、廊下の先から、さきほどのゴーレムがやってきた。その左目は、既に赤く点灯している。一ノ宮が剣を抜き、戦闘の態勢を取った。
「対応が早いな。むこうの警戒レベルみたいなものが、上がっているのかもしれない」
「こっちとしては、その方がありがたいよ」
ぼくが答えた。探知スキルの反応を見ると、他のゴーレムも、既にこちらに集結しつつあるようだ。
「キィ───」
ゴーレムが高い音を発し、その直後、その右目から白い光線が発射された。けれどその攻撃は、ぼくらの周りに張ってあった光の壁で阻まれた。予め、白河がライトウォールの魔法を詠唱してくれていたんだ。数秒後、ゴーレムは光線を放つのをやめて、こちらに近づいてきた。
「今だ!」
一ノ宮の号令で、まずは盾を掲げた上条が、そしてその後ろに柏木と白河が、壁の前に出た。ほとんど同時に、白河の詠唱が響いた。
「《ライトウォール》」
ぼくらを守っていたのとは別の、もうひとつの光の壁が生成された。ただし、こちらの形は球状ではなく、バゲットのような円筒状。細長く伸びた光の壁は、白河たちだけでなく、ゴーレムまでも包み込んでいった。これに重ねて、柏木も魔法を唱えた。
「《マジックドレイン》」
闇属性の攻撃魔法だ。敵の魔力を吸収するというこの魔法は、ふつうなら、効果が見えづらいものだろう。だけどこの場合は、文字どおり目に見えて現れた。というのは、ゴーレムの左目が発する赤い光が、一瞬、消えてしまったからだ。直後に再び点灯したけれど、心なしかその灯りは薄暗い。ゴーレム自体も、立ちすくむように硬直していた。
「《マジックドレイン》」
もう一度、柏木が同じ魔法を唱えた。そのとたん、ゴーレムはまるで全身の力が抜けたように、床に崩れ落ちた。左目の光は、ほとんど消えかかっている。そして、痙攣するような動きを何度か見せた後、まったく動かなくなった。
「柏木さん、もう一度!」
「くっ、《マジックドレイン》!」
三度目のドレイン、その効果は劇的だった。動きを止めていたゴーレムの体が、みるみるうちに、輪郭を失っていったんだ。それまで手や足の形を成していたものが、ぼろぼろと崩れていく。魔力を失い、結合する力を失った小さなパーツが、細かな粒子に戻っていったんだろう。
それでも、魔力の残滓がわずかに残っているのか、それは砂や土と言うよりは、ドロドロした黒い粘液のように見えた。上条が言った。
「最後は、ター○ネーター2かよ……」
「なんとか、うまくいったね」
ほっと息をついて、ぼくは言った。
種を明かしてしまえば、簡単な仕掛けだった。
コアというのは、魔力を貯蔵する装置のこと。そして、ここのゴーレムには、コアはなかった。コアなんて仕組みがあると、そこが明確な弱点になってしまうし、それを破壊された時に修復ができなくなる。そんな理由で、つけていないのかもしれない。
この考えが当たっているかどうかはともかくとして、魔力を貯めておく装置がないとすると、ゴーレムを動かす魔力はどこから来ているんだろう? それは、迷宮の建物から直接に供給されている、としか考えられない。ケーブル無しで充電できる、スマホスタンドのように。
だとすれば、迷宮からの魔力供給をカットしてしまえば、やがてゴーレムは動けなくなってしまうはずだ。そして、こちらにはその目的にぴったりの魔法があった。白河の「ライトウォール」だ。
この魔法の効果は「敵の魔法攻撃を防ぐ」ではなく、正確には「魔力の遮断」だった。だから、この魔法でぼくたちではなく、ゴーレムの方を包んでしまえば、魔力の供給をカットできるはずだ。あとは、ゴーレムの体に残っている魔力を、柏木の「マジックドレイン」で吸い取ってしまえば、魔力を完全に奪い取ることができるだろう。
迷宮の中に入った後、白河と柏木に頼んだのは、この戦法のテストだった。ケーキが入っていたカップには、テストのための絶好のサンプルである、ゴーレムの破片が入っていた。この破片に向けて、ライトウォールとマジックドレインの魔法を試していたんだ。
「白河さん、魔力の方はだいじょうぶ?」
「まだ余裕はありますね。いざとなったら、マジック・ポーションもありますし」
白河は、腰のベルトポーチをぽんぽん、と叩いて見せた。あの中に、魔力を回復する薬が入っているんだろう。今度は一ノ宮が、白河に尋ねた。
「この光の壁、君がいなくても、しばらくは残っているんだよね」
「ええ。一つ目の結界も、後ろに残っているでしょう? 何回か攻撃を受ければ壊れてしまうし、攻撃を受けなくても少しずつ魔力を消費するから、やがては自然に消えてしまいます。でも、しばらくの間は、このままのはずです」
「だったら、ここはこのままにして、先に進もう。最短ルートを取れば、あと数回の戦いで、このエリアを抜けられるはずだ」
こんなことを話していると、ぼくたちより先に進んでいた柏木が、いきなり魔法の詠唱を始めた。彼女は既に、ライトウォールの範囲外に出ている。新たな敵が現れたんだろうか? だけど、探知スキルには、敵らしい反応はなにも映っていない。どうしたのかと思う打ちに、詠唱が完了した。
「《ファイアーボム》!」
彼女の前に大きな炎の塊が出現した。柏木が魔力を制御しているんだろう、その炎は壁に衝突することなく、通路に沿ってゆっくりと前進していく。そして左の壁の向こうまで進み、ぼくたちから見えなくなったところで大きな爆発音が響いて、炎がはじける熱気がこちらまで届いてきた。
「どうした、何があった?」
びっくりした顔で、一ノ宮が尋ねた。ぼくも改めて探知スキルを使ったけれど、やはり反応はない。探知をかいくぐるような、新たな敵が現れたんだろうか?
だけど、柏木はあっけらかんとした顔で笑った。
「いやー、最後のマジックドレインで、ちょっと胸焼けしたみたいに気持ちが悪くなってさ。たぶん、魔力を吸収し過ぎて、魔力酔いみたいになったんだって思ったから、魔力を使わせてもらったの。おかげで、ちょっとすっきりした。
あっ、次からはだいじょうぶだよ。最初に攻撃魔法で魔力を消費してから、ドレインするようにするから」
結局、その後は七回敵と遭遇し、そのたびにまったく同じ戦法で対応した。合計で十二体のゴーレムを粘液の塊にして、ぼくたちはこのエリアを通過することができた。
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