第150話 不死身のゴーレム
「……やったか?」
上条が言った。
たぶん、彼の言葉は、全員共通の思いではあっただろう。けど、彼以外の全員が、いや、それってフラグだろ、とも思ったんじゃないだろうか。その言葉のせいではないんだろうけど、ゴーレムは突如として、左目から赤い光を放った。と同時に、不自然な形に固まっていたゴーレムが再び起動し、ゆっくりとした動作を再開する。さっきの耳障りな高音が、再び響いてきた。
「キィ───」
「《マジックドレイン》! だめ、止まらない!」
柏木が悲鳴を上げた。彼女の言葉どおり、魔法を受けたゴーレムは一瞬赤い光が弱まっただけで、音も動きも止まることはなかった。ゴーレムはそり気味の姿勢をゆっくりと正して、左手を真っ直ぐこちらにに伸ばしてきた。
「《ライトウォール》」
白河の言葉と共に、ぼくらの周りを光の壁が包む。その直後、ゴーレムの右目から、まぶしく輝く光線が発射された。光線は障壁と衝突し、爆発的な光を放ったけれど、こちらまで届くことはなかった。どうやら、白河のライトウォールは、ゴーレムの光線も防ぐことができるらしい。
「記録によれば、あの光は連発出来ないはずだ。今のうちに前へ出るぞ!」
「おう!」
一ノ宮と上条が剣を抜いて、光の壁の向こうへと打って出た。先を駆ける上条が、剣を大きく振りかぶり、渾身の袈裟懸けを放つ。ゴーレムは左手を上げて防ごうとしたが、大剣はその腕を粉砕し、胴体まで直撃した。ゴーレムは左腕が吹き飛び、左の肩が大きく砕けてしまった。
「よっしゃあ!」
ゴーレムが倒れ込み、上条がガッツポーズをする。あっけない幕切れに、ぼくたちはほっと息をついた。が、それも束の間、ぼくたちは再び驚きの声を上げることになった。地面に落ちていたゴーレムの左腕が、まるで引き寄せられるように、ゴーレム本体の方へ動いていったんだ。
「げ、なんだ?」
上条は思わず飛び退いて、動き出した左腕を避ける。だけど、変な動きをしたのは腕だけではなかった。ゴーレムから飛び散った数多くの破片が、至るところで動き出して、本体の元へもぞもぞと集まっていったんだ。それは小さな塊となり、そして見る間に左肩へ這い上がって、壊れたはずの肩が元の形に戻っていった。最後に左の腕がくっついて、ゴーレムの体全体が復元されてしまった。
こうして説明すると長くなってしまうけど、時間にすると一、二秒も経っていないだろう。あっという間の復活劇だった。
「自動修復?」
ぼくはつぶやいて、後ろを振り返った。見たのは、さっき光線の直撃を受けたはずの壁だ。そこは既に、何事もなかったかのように修復されていた。
そうか、嫌な予感の正体は、これだったのか。今まで数多くの戦いがあったはずの迷宮の壁が、傷一つついてなかった。これは、傷つけることが出来なかったか、そうでなければ、ついた傷が自動で修復されていたか、のどちらかだろう。どうやら、正解は後者らしい。そして目の前のゴーレムも、あの壁と同じような性質を持っているらしかった。
ゴーレムが立ち上がった。その左目には、既に赤い光が灯っている。
「このやろう!」
上条は、今度は大剣での突きを放った。剣は首のあたりに命中して、ゴーレムの頭が吹っ飛ぶ。頭部は壁と床に二度ほど跳ね返ってから床を転がり、ゴーレムは再び倒れ込んだ。
だけど、そこから先は、また同じことの繰り返しだった。ちぎれた頭部や小さな破片が集結して、本体が再生されていく。破片のうちの一つは、光の壁の手前にまで転がってきていたので、ぼくは思わず飛び出して、本体のほうへ動こうとするそれを拾った。手の中で、破片は生き物のようにもがいていたけど、ぼくが光の内側に戻った頃には、おとなしくなっていた。
「『ゴーレムは不死身』って、こういうことなのかよ。これじゃあキリがねえ、ぞっ!」
ぼやきながらも、上条は再び突き技を繰り出した。が、ゴーレムは意外に素早い反応を見せ、自らの左腕で上条の大剣をはじいた。そして一歩踏み込み、上条に正拳突きを食らわせようとする。上条はなんとかそれをよけると、いったん後ろに下がった。
「くそ! 同じ手は通じねえか」
「では、これならどうだ!」
替わって一ノ宮が前に出る。彼の剣は、既に青白い光をまとっていた。雷魔法を使った魔法剣だろう。一ノ宮は剣を大上段に構えて、鋭い踏み込みと共に振り下ろした。ゴーレムは後ろに退いてかわそうとするが、一ノ宮はさらに踏み進んで、敵を逃さない。剣は魔物の脳天を直撃し、頭から胸のあたりまで、真っ直ぐに切り裂いた。
「む?」
だが、そこまでされても、ゴーレムは動きを止めなかった。体を断ち割ろうとする剣が、その両手でつかまれる。そしてそのまま、強引に体をひねろうとした。横方向に力がかかって、剣がギリギリと嫌な音を立てる。どうやら、ゴーレムは自分の体を使って、剣を折ろうとしているらしい。一ノ宮は剣を引き抜こうとしたけど、ゴーレムも両手を離そうとしなかった。
剣が抜けないと見るや、一ノ宮は柄を握る手に力を込めた。
「ぅおおおおお!!」
雄叫びと共に、一ノ宮の剣の輝きが増し、新たな雷光が走った。雷魔法を重ねがけして、魔法剣を強化したらしい。一旦は止まっていた剣が再び動き出して、魔物の体を切り進んでいく。それは次第に速度を増し、ついにはゴーレムの下腹部も抜けて、一ノ宮の剣は地面を叩いた。
ゴーレムの目に灯っていた、赤い光が途切れた。二つに分かれた胴体は、一瞬、微妙なバランスで立っていたが、やがて前後に大きく振れ、相次いで地面に倒れ込んだ。
折り重なって倒れている左右の胴体を見下ろしながら、一ノ宮は荒い息で言った。
「これで、どうだ?」
だけど、これでもなお、戦いは終わらなかった。
ゴーレムの体から、こすれるような音が響いた。左右の胴体のうち、上に乗っていた左の半身が少しずつ位置をずらしていき、やがて地面に落ちる。二つの胴体は、切断面をあわせるように向かい合った。そこに集まってきた小さな破片とともに、瞬く間に融合する。ゴーレムの左目に、再び光が灯った。
「キィィ───」
「だめだ! また復活しちまう。ちくしょう、真っ二つにしてもだめなんて、どうすりゃいいんだ」
この時、ぼくの脳裏に、再び警報が鳴った。
「一ノ宮、後続のゴーレムだ。数は三体、すぐそこまで来ている。他にも、こっちに近づいてくるやつがいるぞ!」
一ノ宮はぎりっと奥歯をかみ、修復を終えて立ちあがったゴーレムをにらんだ。そして言った。
「撤退だ! ユージ、もう一度ドアを開けてくれ」
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