第147話 一日二日の練習で

 一ノ宮は厳しい顔で言った。

「まずいな。あれはおそらく、ワイバーンだ」

 ワイバーン、別名を飛竜。大きさは五メートルから大きいものでは十メートルの、いわゆる「ドラゴン」の一種だ。ドラゴンの中では小さな種で、幼少時から飼い慣らされているものであれば、ヒト(竜騎士)を騎乗させて空を飛ぶこともある。けど、野生のワイバーンは、当然ながら凶暴な性質で、攻撃力もドラゴンの名に恥じないものを持っているという。

 そのワイバーンが、こちらに向かって飛んできていた。その数は二頭。彼我の距離はあっという間に縮まり、先を進む一頭は大きく翼を広げた滑空の姿勢から、やや翼を縮めた体勢になった。そしてすさまじいスピードで、ぼくらのいる橋を目がけて、飛び込んできた。

「まずい、伏せろ!」

 一ノ宮が叫んだけど、彼に言われるまでもなく、ぼくたちは橋桁の上に身を伏せた。そのすぐ上を、ワイバーンの巨大な胴体が通過していく。少し遅れて強烈な横風が吹き、橋全体が大きく横揺れした。振り落とされないよう、ぼくたちは必死で、木の板にしがみついた。

「もう一頭、来るぞ!」

 一ノ宮の声に、ぼくは顔を上げた。その言葉どおり、二頭目のワイバーンが、こちらに向かってくる。鋭い牙の生えた口を大きく開けて、ぼくらを橋ごと、噛みくだこうとでもしているかのようだ。この時、柏木の詠唱が響いた。

「《アイスランス》!」

 彼女の頭上に大きな氷の槍が浮かび、ワイバーン目がけて飛翔する。ワイバーンは大きく上に進路を変えて、氷の攻撃をよけた。

 ほっとひと息ついたぼくたちだったけど、敵は休む暇を与えてくれないらしい。今度は、上条が叫んだ。

「やばい! 一匹目が、何かしそうだ!」

 声につられて右の空を見ると、最初に襲ってきたワイバーンが、こっちを向いてホバリングしていた。その口を、大きく開いている。と、その顔の先に炎の塊が作り出され、見る間にこちらに向かって打ち出された。

「ブレスだ! 気をつけ──」

「《ライトウォール》」

 炎のブレスが到達する直前、白河が呪文を唱えた。ぼくらの周りを、大きな球状の光が覆う。飛来してきた炎の塊は光の壁にぶつかると、大きな爆発を起こして、宙に四散した。その直後、橋が大きく揺れて、柏木の悲鳴が響いた。

「白河さん、今の魔法は?」

「光の壁による結界です。あの壁は、魔法攻撃を防いでくれます」

「でも、爆発の後で、大きく揺れたみたいだけど」

「そうです。この結界の機能は、魔法的な力の伝達をカットすること。だから、物理的な攻撃は防げません。魔法によって間接的に生じたものも通してしまうから、注意してください」

 ぼくの質問に、白河が説明をしてくれた。この光の壁は、魔力による炎自体は防いでくれるけれど、たとえば爆発で起きた爆風や衝撃などは、そのまま通してしまうらしい。そんなことを話している間に、またもや爆発音が響いて、橋が揺れた。二回目のブレス攻撃だ。ぼくが頭を上げると、二頭のワイバーンが右と左に別れて、交互にブレスを放っているのが見えた。

「柏木さん、魔法で応戦を!」

 一ノ宮が叫ぶが、柏木はただ悲鳴を上げるだけで、それに応えようとはしなかった。ブレスによる衝撃で、橋は大きく、不規則な揺れを繰り返している。彼女はロープにつかまっているのが精一杯で、呪文を詠唱できるような余裕はなさそうだった。白河が、対照的に冷静な口調で付け加えた。

「それから、当然ですけど、何回も攻撃されたら、最後には壁も壊れますから」

「きゃっ!」

 背後から、ひときわ大きな悲鳴が響いた。柏木の声だったけど、ぼくは後ろを振り向くどころではなかった。壊れない光の壁に業を煮やしたのか、一頭のワイバーンが、再び突っ込んできたからだ。その標的は、先頭の一ノ宮だった。片手でロープをつかみ、なんとか立っていた一ノ宮に向かって、魔物は迫っていった。

 それに応じて、一ノ宮も剣を構えて振り下ろしたけど、足場が不安定だったためか、タイミングが合っていない。敵が接近するよりもかなり早く、剣戟を放ってしまった。剣を振りきったばかりの無防備な体勢に、ワイバーンが襲いかかる。ぼくを含め、一ノ宮を守ることができるものは、誰もいなかった。今まさに、魔物の鋭い爪が、彼の体を引き裂く──

「グォァアア!」

──かと思いきや、ワイバーンは突如、悲鳴を上げた。空中で体勢を崩し、勇者の上を通り過ぎて、雲の間へと落下していく。その姿を目で追うと、ワイバーンの右の翼が、大きく切り裂かれているのがわかった。

「優希!」

「一ノ宮君、だいじょうぶ?!」

 上条たちが口々に叫ぶ。一ノ宮は軽く右手を上げ、にっこりと笑みを返した。どうやら、ケガは無いようだ。

「優希、今のは何だ。何をしたんだ?」

「ああ、さっきのは魔法剣だよ」

「だけど、空振ってただろ?」

「剣に魔力をまとわせるのは、今までもできてただろ? その魔力を、剣から飛ばすことが出来るようになったんだ。さっきは風魔法をまとわせていたから、見えない斬撃が飛んで、ワイバーンの翼を切ることができた」

「魔法を飛ばす、だって?」

「うん。海のエリアで、ぼくはあんまり活躍できなかったからね。あれでちょっと反省して、転移陣の部屋についた後で、練習をしたんだ」

 一ノ宮はこともなげに答え、上条はあきれ顔で「まじかよ……」と返した。うん、ぼくもまじかよ、と思う。魔法を飛ばしたいと思って一日二日練習したら、それができてしまった。しかも、その魔法は竜を切り裂くほどの威力だったなんて、どんなチートだよ。

「グルルゥゥ……」

 なんて思っていたら、残ったもう一頭のワイバーンが大きなうなり声を上げた。仲間が倒されて、怒っているのだろうか。ワイバーンは空中にホバリングしたまま、こちらをにらみつけていたけど、口を大きく空けて、またもや炎の塊を作った。

 身構えたぼくらだったけれど、ブレスはなかなか発射されない。ワイバーンの口元に止まった炎は次第にふくらんでいき、ついには魔物の上半身が見えなくなるほどの大きさにまで、膨れ上がっていった。


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