第143話 迷宮って何?
◆ ユージ視点
サメの襲撃から逃れた後、ぼくたちはなんとかその日のうちに、次の転移陣までたどり着いた。
服を着たまま泳ぐのって、けっこうたいへんだったなあ。しかも、剣と刀が塩水につかってしまったから、洗わないといけない。転移陣の部屋で、ぼくは生活魔法の「ウォーター」で出した水で鎧と服と刀と件を洗い、洗った服はテントにかけておいた。あ、もちろん、体も洗いました。この迷宮、気温は暖かめだから、なんとか乾いてくれそうだ。
本当はマジックバッグの中に鎧の予備はあるんだけど、あれを見せるわけにはいかないしね。
それから、「ウォーター」と「ファイア」で桶に作ったお湯を提供したら、女性陣が喜んでくれた。こうやって温かいお湯を作る方法は、知らなかったようだ。一ノ宮たちなら、お風呂のついた高級宿に連泊していそうだもんな。ちなみに、彼女たちがお湯を使う間、ぼくたちは転移陣のある隣の部屋のほうに移っていたので、サービスシーンやハプニングシーンはありませんでした。
お風呂タイムも終わって、就寝までの空き時間。ぼくは、脱いだ革鎧の、右の肩当ての部分を修理しようとしていた。着水した時の衝撃で、鎧本体と肩当てを結ぶ革紐が切れてしまったらしく、本体から外れかかった状態になっていたからだ。どうしようかと考えていて、ふと思い出した。そういえば、丈夫な糸を持っていたんだっけ。
ぼくは、バッグから黒く細い糸が巻いてある、糸車のようなものを取り出した。
アネットから借りて、返すのを忘れてそのままになっていたものだ。ぼくはその糸に魔力を送って、糸を空中に浮かべた。その糸を動かして、肩当てと鎧本体に開けてある小さな穴を通す。それを何回も繰り返した。最後に、手で固結びにしてから、ナイフで余分な糸を切った。とりあえずは修理できたけど、まだ少し、ぶらぶらしているな。迷宮を出たら、後でちゃんと直しておこう。
そんなことをしていると、それを見た上条が、ぼくに話しかけてきた。
「何だ、それ。何やってんだ? どうして糸が動いてるんだよ」
「肩当てが取れそうなんで、とりあえずの補修。糸が動いているのは、糸に魔力を送っているんだ。操糸術といって、本来は格闘術の一種らしいよ。針なんて持ってないから、糸自体に動いて穴を通ってもらおうと思って」
「へー。なんだか、格闘とは結びつかないんだけど……それにしてもおまえ、ホントいろんなことができるんだな」
「まあ、いろいろあったからね。これも、ある人に教えてもらったんだ。最初はなかなかうまく行かなかったけど、いつの間にか、出来るようになってた」
そう答えながら、ぼくはぼくの前から消えてしまった、あの暗殺者の女の子のことを思い出していた。
本当に……いろいろあったんだよなあ。
◇
翌日、ぼくたちは再び転移陣を利用して、第三層へ進んだ。そこで目にした光景は、これもある意味、意外なものだった。
「なんていうか、ちょっと意表を突かれたね」
ぼくが思わず口に出した言葉に、白河もうなずいた。
「そうですね。予め『草原』のエリアと聞いてはいたけど、ここまで地上とそっくりとは」
「間違って迷宮の外に出た、ってことはないんだよな?」
「ああ。前回の記録でも、第三層は草原エリアで、部屋の前から一本の道が通っている、となっている」
上条の問いに、一ノ宮が答えた。彼の言葉どおり、転移陣の部屋から出た先には、見渡す限りの草原が広がっている。その草原を突っ切って、幅3~4mほどの道が、真っ直ぐに伸びていた。そしてぼくらの頭上にあるのは、またしても、雲一つ無い青空だった。
海が草原に変わっただけで、二層にそっくりなエリア、とも言えた。ということは、途中までは本物の草原でその先は幻影、というところも同じなんだろう。大きな空間を作った後、土や草原の生き物をまとめて持ってきて、草原にしたんだろう、ってとこも。
「準備はいいね? じゃあ、出発しよう」
一ノ宮が号令をかけて、ぼくたちは今日の道を歩き出した。
この層でも、部屋から続く目の前の道が、そのまま正解のルートになっている。簡単な問いに見せかけた引っかけ問題、というわけでもないようだ。ここを一日かけてゆっくり歩いたら、今日のゴール、三層から四層への転移陣の部屋に着くらしい。
「迷宮が迷路になってるのはわかるし、海もまだわかるぜ。昨日は、戦う時の立ち位置に、けっこう苦労したからな」
上条が、一ノ宮に向かって話している。隊形は昨日と同じなので、前列の二人が話をしている格好だ。
「だけどなんで、こんなごく普通の場所を、わざわざ作ったんだろ。あ、もしかしてここ、場所は平凡だけど、とんでもない魔物が住んでるとか?」
「昨日も説明しただろ。ここにいるのは、地上の草原に住んでいるのと同じような魔物だそうだよ」
「ってことは、弱い敵しか出てこないのか? どうしてそんなステージが、迷宮の三番目に出てくるんだよ」
「それは、作った人に聞いてほしいね」
一ノ宮が、ちょっとうんざりしたような口調で答えた。ここに口をはさんだのは、白河だった。
「それを言うなら、もっと不思議に思うことがありませんか?」
「もっと不思議なこと?」
「なぜ、人工の迷宮などというものをわざわざ作ったのか、ということですよ」
「そりゃあ、奥に隠した宝を、盗賊から守るためだろう」
上条は当たり前のような顔で答えたが、白河は首を振って、
「でも、本当に宝を隠したいのなら、ただ単に地面を深く掘って、そこに埋めてしまえばいいじゃないですか」
「あ?」
上条が間抜けな声を上げる。白河は続けて、
「迷宮なんて目印になるものを作るから、盗賊や冒険者に見つかってしまうんですよ。
宝を埋めたら、その作業をした人から情報がもれる危険はあるけれど、それはその人たちの口を封じてしまえばいい。迷宮を作るのに比べたら、比較にならないくらい簡単なことでしょう? 人道的にはどうかと思うけれど、この世界ではありそうなことですよね。」
「でも、この迷宮の入り口って、一応は隠してあったんだよね」柏木も口を出した。
「最初の転移陣があった場所は地下一階程度の深さしかないし、わざわざ通路まで用意されていました。発見される危険性は、かなり高かったでしょう。そして、ひとたび発見されてしまえば、どんなに難しい迷宮でも、いずれは踏破される可能性があります。一番安全なのは、最初から見つからないことだと思うんです」
「うーん。だとしたら、美月はどう考えているの?」
「たぶん、ここは宗教的な施設ではないかと思うんです」
白河が意外なことを言った。上条が、えーっ? と声を上げ、
「それって、お寺とか、お墓みたいなもんってことか? ずいぶん、でかいお墓だな」
「でも、地球にも似たようなものがありましたよ。上条君も知っているものです」
「俺も知ってる?」
「ええ。エジプトの、ピラミッド」
白河の答に、上条はまたしても「あ」と声を上げた。白河は続けた。
「あの中にあった宝物は副葬品で、ピラミッドを作った主な目的ではなかったのかもしれないけれど、話としては同じですよね。盗掘を避けたいのなら、どこかにこっそりと埋めてしまうのが良かったはず。それなのに、あんなに大きな建造物を作ってしまったのは、あの建物に宗教的な意味があったからです。だから、作らざるを得なかった。
もしかしたらこの迷宮も、同じかもしれません。古代の異世界人たちが持っていた、何か宗教的な目的のため、こんなに目立つ施設を作らざるを得なかった。でも、それだけだと聖剣が盗まれてしまうから、迷宮に防犯装置としての性能を付け加えた、というわけです」
「ふーん。なるほどね……」
ぼくは感心の声を上げた。確かに、迷宮を作ってそこに宝を隠すってのは、考えてみればおかしな話なのかもしれないな。白河の説が正解なのかどうか、それはわからない。けど、なかなかうまい説明だと思った。
なかなか面白そうな話なので、ぼくもちょっと加わってみることにした。
「実を言うと、ぼくも変だなと思ってることがあるんだ。今ぼくらが歩いている、この通路だよ。これ、どうしてあるのかがわからないよね。このおかげで、ぼくたちはけっこう助かっている。昨日通った二層なんかは、通路があったから、わりと楽に通過できたんだ。あれがなかったら、ぼくたちは海を泳いでいかなければならなかっただろう。もしもそうなっていたら、サメ相手に全滅していたんじゃないかな。水中の魔物と水の中で戦うのは、厳しそうだから。
白河さんの言うとおり、ここが宗教的な施設だったとしても、単なるモニュメントなら、こんな通路をつける必要はないと思うんだ」
「なるほどね。で、ユージには何か考えがあるのかい」
ぼくの言葉に、一ノ宮が反応した。ぼくはうんとうなずいて、
「考えというか、アイデアのレベルだけどね。アイデアっていうのは、白河さんの言う防犯装置として道を作った、ってことなんだけど」
「わざわざ道を作るのが、防犯になるのかよ?」上条が、当然いだくだろう疑問をだしてきた。
「うん。例えばだけど、迷宮を作ったとして、それを完全に密閉してしまうと、盗賊がどこから侵入してくるか予想できないよね。だから、迷宮を作る側からすると、すべての方向からの侵入に対応できるようにしておかなければならない。でも、もしかしたらそれって、けっこう難しいんじゃないだろうか。
それに、そんな迷宮を見つけた時に人はどうするかというと、たぶん、それを壊そうとすると思う。クリアじゃなくて、物理的に破壊するんだ。盗賊や冒険者では難しいだろうけど、国レベルで中の宝が欲しいとなったら、そうなってもおかしくはないし、絶対に不可能とは言えないんじゃないかな。こんな、魔法やスキルなんていう規格外の力が普通にある世界なら。
そこで、迷宮に通路を作っておくんだ。わざわざ、入り口もわかりやすくしておいて、盗掘者にはそこから入ってもらう。そうしてその通路を、一見すると踏破ができそうだけど、実際には不可能なほどに難易度が高いものにしてしまえば、効果的な防犯装置になる。ひとことで言えば、通路を設定しておいて、それを罠にするんだ」
「ええ……だとすると、おれたちは今、罠の中を歩いてるのかよ」
上条が気持ち悪そうに言ったが、白河は小首を傾げて、
「でも、この迷宮は何度かクリアされているんですよ。その考えは当たらないのでは?」
「何回もトライしているうちに、罠の突破方法が見つかった、って可能性はあるだろ。クソゲーと言われるほどの激ムズなゲームでも、クリアしてしまう人がいるように」
「おれたち、クソゲーをプレーさせられてんの?」
「あ、最初にも言ったけど、これは単なるアイデアだからね。違ってたらごめん。
でも、こう考えると、『代わりの聖剣を用意すれば、聖剣を持っていける』という仕掛けの意味も、わかりやすいと思う。聖剣を絶対に取られないような台座にしていたら、いつかは盗掘者たちに破壊されて、この迷宮から聖剣は消えてしまうだろう。
でもそうじゃなくて、代わりの聖剣を持っていけばいいのなら、盗掘者もそれを用意するんじゃないかな。そして、重要なのが『聖剣を盗まれないこと』ではなく、『聖剣がそこにあること』だったとしたら、こういう仕組みにしておく意味はあると思う。
っていうアイデアなんだけど、どう?」
「……なるほど、ね」
白河が答えた。一ノ宮と柏木からは、特に反応がない。まあ、こんな実証も反証も難しそうなアイデアだけを出されても、反応に困るか。上条が、ここぞとばかりにしゃべり出した。
「じゃあじゃあ、俺もちょっと考えたことがあんだけど。魔物を倒すとどうしてレベルが上がったりするかって言うとだな、それは──」
「魔物だ」
その時、探知スキルのレーダーに引っかかるものがあったので、ぼくは上条の言葉を遮った。それまでの弛緩していた空気が一気に引き締まって、各自が戦闘態勢に入る。さすがは勇者パーティー、という感じの、素早い反応だった。
だけど、ぼくの指さした方向に現れたのは、体長三十センチくらいの生き物だった。ぱっと見、地球のウサギにそっくりだ。上条が言った。
「おい。なんだよ、あれ」
「ホーンラビットだね。冒険者になりたての初心者が、お世話になるやつ。ちょっと前までは、ぼくも常設依頼で稼がせてもらった。あの大きさだと、まだ子供かな。角も目立たないし」
「ラビットって、あのラビット? ぶっちゃけ、ウサギ?」
「うん」
上条の上体が、軽くずっこける。ぼくは少しだけ、情報を付け足した。
「まあでも、地上にいるのとは、ちょっと違うかも」
「お、そうなのか?」
「うん。普通のホーンラビットは、上条や一ノ宮みたいな強い人間を見たら、逃げ出すんだよ。でもこいつらは逆に、向かってきてるだろ? もしかしたら、このあたりがこの迷宮にいるラビットの特徴なのかな」
「……それって、単に人間を見たことがなくて、強さがわからないだけじゃねえの?」
その後、六匹のホーンラビットと、十匹のジャイアントラットと戦った。強さはどちらも、地上のそれと変わりは無かった。
結局、ぼくたちは午後の早い時間のうちに、四層への魔法陣に到達することができた。
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