第142話 サメVSカウボーイ
「氷魔法での攻撃も、リスクが高そうだね」
またもやユージが解説をしてくる。その冷静さに、なんだかちょっとイラッとしてしまい、ぼくは大きな声を上げた。
「白河さん! もう一度、光魔法を打てないか?」
「打てますけど、ライトアローで全部の敵を倒すのは、少し難しいですね」
白河が答えた。確かに、光魔法はアンデッドや高位の魔物に、特に効果が高い魔法だ。相手の持つ魔素の量に関係していると言われているらしいけど、理由はともかく、普通の魔物に対しては、火魔法ほどの破壊力はない。
こうなったら、効きは悪くても炎魔法を連発するか、それとも、多少の反撃がくるのは覚悟の上で、氷魔法で戦うか。どちらにしろ、魔法戦では主力となるはずの柏木が、傷を負ってしまったのは痛い。
「柏木さん、傷はどうだい? すぐ戦いに復帰できそう?」
「……なんとか」
柏木は顔を歪めながらも、立ち上がった。頼もしいけど、無理しているのが見え見えだ。
となると、あとは白河に頼るしかなくなってしまう。ぼくも三属性の魔法スキルは持っているけど、最近はもっぱら剣に魔力をまとわせる使い方しかしておらず、攻撃魔法はほとんど使ってこなかった。魔法の専門家が二人もいるからと、練習を怠っていたツケが回ってきたのか。
ユージも一度、火魔法を見せていたが、彼自身が言うとおり、それほどの威力ではなかった。あいつは何かを隠し持っている感じもあって、そのへんが少し、気持ち悪いんだけどな。
そのユージが、空の一点を見ながら言った。
「また来る! 一ノ宮、指示を頼む!」
指示と言われても、まだ方針が定まっていない。サメの中の一頭がコースを変えて、こちらに頭を向けてくるのが目に入った。ぼくはとりあえず、
「回避!」
と叫んで、地面に身を投げた。上条や柏木たちも、急いで身を伏せ、土壁の陰に隠れている。
ところがユージだけは、何か考えるような素振りで、突っ立ったままだった。そして、
「あ、そうか」
とつぶやくと、革鎧の中のサイドバッグから、ロープを取り出した。先が輪っかになっている、投げ縄のようなロープだ。あいつ、あんなものを持っていたのか。
そうこうする間にも、巨大なサメが突進してきた。それを見つめるぼくの視線が次第に右にずれていったのは、ぼくの右に立つユージに、サメが狙いを定めたからだ。大きな風音を響かせ、サメの巨体がぼくたちの上を通り過ぎようとする直前、ユージは大きく右に飛んで、その突進をかわした。が、その直後、彼の手がガクンと後ろに引っ張られて、ユージの体が宙に舞った。
「ユージ君!」
柏木が悲鳴を上げた。ユージが、サメに食われたと思ったのだろう。
しかし、そうではなかった。持っていた縄に引っ張られて、彼はサメの少し後ろの空を飛んでいた。サメとのすれ違いざま、ユージは手にした投げ縄を、相手の頭に引っかけたのだ。あのままでは、ぶら下がっているサメはともかく、周りのサメの格好の餌食になってしまいそうだ。だがユージは、手にしたロープをするするとたぐって、あっという間に、サメに馬乗りになった。まるで、荒馬を御そうとするカウボーイのように。
「あのバカ、なに考えてるんだ?」
立ち上がりながら、上条が悪態をつく。ぼくも同感だった。テーマパークのアトラクションか何かと、勘違いしているんだろうか?
だが、その後の展開は、思いもかけないものだった。
まず、ユージの近くを飛んでいたサメが急に失速して、そのまま海へと落下していった。続いてもう一頭。さらにもう一頭。サメたちは次々とユージに近寄っては、海へ落ちていく。時たま、銀色の光がひらめくところを見ると、ユージは刀を振るって、サメと戦っているらしい。
「何が起きているんです?」
「……わからない」
白河の質問に、ぼくはこう答えるしかなかった。
ユージとサメとの空中戦はその後も続き、あっという間に、サメの数は半分近くにまでなっていた。
それとともに、ぼくたちの周りの風も、次第に落ち着いてきた。サメが減ったために、風魔法が集積してできた竜巻が、維持できなくなったらしい。風の渦が収まると、サメたちの軌道が描く円も次第に大きくなって、ぼくらの頭上から離れていった。ユージとの戦いとは無関係に、空から海へ戻るサメも現れ始めた。
と、ユージの乗っていたサメが、次第に高度を落としてきた。良く見ると、サメの頭部に、ユージの刀が刺さっている。地上二、三mほどまで降りたところで、ユージはぐいと力を込めて、深く刀を突き刺した。サメはびくりと体を震わせ、一気に海へ落ちていく。着水する寸前、ユージはサメの上でジャンプして、サメから少し離れた海面に飛び込んだ。
ユージの姿はすぐに海面に現れたが、サメは再び浮かび上がることはなかった。
ユージは抜き手を切って、ぼくたちのいる方へ近づいてきた。そして陸に上がるやいなや、「あーあ」と愚痴をこぼした。
「鎧がずぶ濡れだよ。まいったなあ。鎧の替えなんて、持ってきてないのに」
あっけらかんと話すユージに、ぼくは思わず詰め寄った。
「ユージ君、どうしてあんなことをしたんだ? 飛んでいるサメに、飛び乗るなんて」
「あー、あれね。もちろん、あいつらを倒すためだよ。できるかどうかは賭けだったけど、うまくいってよかった」
「あいつらを倒すため?」
ユージは、まるでなんでもないことをしたかのように、軽い調子で答えた。
「あの方が簡単なんだ。竜巻を作るために、全部のサメが同じ方向、同じスピードで回転していただろ? だから、そのうちの一頭に乗ることができれば、他のサメとの相対的なスピードは、ひどくゆっくりになるんだ。ゆっくり泳ぐ敵を刀で突くのは、そんなに難しい作業じゃなかったよ。
その上、ああやってサメに乗っていたら、ぼくに攻撃しようとして、他のサメがどんどん寄ってきてくれたからね。楽に倒すことができた。上条も言ってたとおり、皮はそんなに固くなかったし」
そして「あっ」と叫んで、こう付け足した。
「しまった、刀を水につけちゃった。たぶんこの水、塩が入ってるよね。あとで、刀の手入れをしとかないといけないな」
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