第141話 本当に存在していたなんて

 ◆ 一ノ宮視点


「本当に存在していたなんて……」

 上条が、あっけにとられた顔でつぶやいていた。ただ、その表情の中には、どこかしら興奮したような色も見てとれる。「本当に存在していた」って、何のことだろう? こいつ、古い特撮やアニメ、B級映画が大好きだからな。その中に、この魔物に似た怪物が登場していたのかもしれない。

 だが、彼以外の四人はみな、真剣な面持ちだった。なにしろ、数メートルもの大きさの黒い影が十数個、ぼくらの頭上を飛び交っているのだ。しかも、その実体は凶暴そうなサメの魔物。警戒するなと言う方が無理な話だった。隣にいた白河が、風の圧力を受けて、竜巻の中へ引かれていきそうになる。ぼくはとっさに彼女の腕を取って、力を込めて引き戻した。

「ありがとう、一ノ宮君」

「《サンドウォール》!」

 柏木が土魔法を唱え、ぼくらの周囲に円形の土の壁を作った。その壁に手をかけて、ぼくたちはこの強風の中を、なんとか姿勢を保とうとした。白河が言った。

「地球でも、群れで海中に渦を作って狩りをする生物がいましたね」

「あれはサメじゃなくて、クジラかシャチじゃなかったか? それに、あれは空中ではなく、水の中の話だよ」

「どちらにしろ、厄介です。渦の真ん中から動くと、竜巻に吸い上げられてしまうし、このまま動かなければ、たぶん──」

「一ノ宮、来るぞ!」

 ユージが叫んだ。彼の言葉に反応したかのように、周回していたサメの一匹が向きを変えて、ぼくを目がけて突っ込んできた。とっさに剣で迎え撃とうとしたけれど、サメの周りには強い風が渦を巻いていた。その圧力で剣筋がぶれて、魔物の固い皮膚にはじき返されてしまう。サメは大きな口を開けて、剣を振った直後の、無防備なぼくに迫ってきた。

 目の前の土壁がサメに崩され、壊れた壁土が空中へ巻き上げられていくのが、スローモーションのように目に映る。あ、まずいかもと思った次の瞬間、ぼくは後ろにぐいっと引っ張られて、仰向けに倒れていた。

「危ない!」

 ぼくの目の前十センチほどのところを、ざらざたとしたサメの皮がどアップで通り過ぎていった。気がつくと、ぼくの右の腕を抱えるような格好で、白河も倒れている。どうやら、今度は彼女がぼくを助けてくれたらしい。ぼくは言った。

「ありがとう、助かった。でも、こんな無茶をしてはだめだよ。ぼくは簡単には死なないステータスだし、防具も一級品を身につけている。下手をすれば、君の方が危なかったんだ」

「だいじょうぶですよ。とっさに風魔法を打って、サメの角度を少し変えましたから」

 倒れた格好のまま、白河が微笑んだ。慈愛にあふれた、まさに聖女のような表情だな……なんてことを考えていると、またユージの叫び声が響いた。

「次、上条、気をつけて!」

 彼の探知スキルに、魔物の動きが映っているんだろう。その言葉どおり、今度は上条に向かって、サメが襲いかかっていった。上条は大剣を上段に構え、襲ってきたサメを、正面から迎え撃った。

「どらせい!」

 またもや土壁がはじけ、壁の破片が乱れ飛ぶ。だが今度は、それとともに大量の赤い液体がばらまかれて、破片と共に宙に舞い上がっていった。土煙が収まってみると、さっき立っていた場所に上条の姿がない。上条は、背中側の土壁に頭から突っ込むような形で倒れていた。ぼくとユージで彼を引っ張り起こし、柏木があわてて呪文を詠唱、壊された壁を補修した。

「サ、《サンドウォール》!」

「だいじょうぶか、上条?」

「なんとかな。さっきの赤いのはサメの血で、俺じゃない。一匹、ぶった切ってやったぜ」

「脅かすなよ……しかし、まずいな。今は運良く、土壁で止まってくれたけど、切った反動で吹っ飛ばされたら、竜巻に飲み込まれそうだ」

「切った感じだと、皮はそれほど固くないな。剣の達人なら、反動なんて受けること無しに、スパッと真っ二つにできるかもしれない」

「もう一度試したら、次はそれができそうか?」

「俺には無理だな」

 上条は首を振った。ぼくも、あの巨体を反動もなし切れるかと言われたら、まったく自信はない。こんな時、あの人なら……ぼくたちを鍛えてくれた、騎士団長の顔が目に浮かんでしまった。彼が一緒に来てくれていれば、あの、「切り落とし」で……

 ぼくは首を振った。今は、そんなことを考えていてもしかたがない。

「柏木さん、魔法で攻撃してくれないか?」

「やってみる! 《ファイアーアロー》!」

 詠唱と共に、大きな炎の矢が発射されて、一匹のサメに当たって爆散した。が、サメはよろけはしたものの、空から落ちてこなかった。

「もう一発! 《サンダーアロー》!」

 柏木が再び呪文を唱える。今度はまばゆい雷の玉が、魔物に向かって走っていった。魔法は命中して大きな光を放ったが、しかし今度も、サメに大きなダメージはなさそうだった。

「だめね。炎は風で散らされて威力が半減しているし、雷はどうやら、あんまり効かないみたい」

「電線にとまる鳥みたいなもので、体の表面を電気が流れるだけだと、ダメージにならないんだろう」

 柏木の言葉に、ユージが変なところで解説を入れてくる。ぼくはなんだか、すこしむっとしてしまった。

「それなら、別の魔法を!」

「わかってる! 《アイスランス》!」

 氷の槍が柏木の前に生成されて、勢いよく飛び出していく。槍はサメの横腹に突き刺さって、そこから真っ赤な血が吹きだした。ぼくは思わず叫んだ。

「やったか?」

 だけど、それはフラグというやつだったらしい。次の瞬間、サメのお腹に立っていた氷の槍は、粉々に砕け散った。そしてその破片はなぜか四散することなく、それどころか一つの塊を形作ると、ぼくたちの方へ返ってきた。

「《ライトアロー》!」

 白河が詠唱していた光魔法の向きを変えて、迎撃しようとした。魔法の光が、氷を包み込んで溶かしていく。けれど、一部は溶け残ったらしい。いくつかの氷の破片が、ぼくたちに襲いかかってきた。ぼくはとっさに、盾の陰に身を隠した。

「きゃっ!」

 女の子の悲鳴が響いた。声の方を見ると、柏木が太腿を押さえて倒れている。黒いローブの上に、じわじわと血がにじんでいくのがわかった。氷の一つが、足に当たったようだ。すぐさま白河が駆け寄って、治癒魔法をかけた。

「《ハイヒール》」

「氷の刃を風に乗せたのか。どうやらこのサメ、風を自在に扱えるみたいだ。氷魔法での攻撃も、リスクが高そうだね」

 またもやユージが解説を加えた。


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