第140話 カニとエビとダツ
現れたのは、元の世界のカニにそっくりな形の魔物だった。
ハサミも入れて合計八本の手足があるけど、地球だと八本足のものも、カニと呼んでいたよね。ただし、大きさは全く違っていて、背の高さはぼくたちと同じくらい。足も入れた横幅は三mはありそうだった。
「キングクラブ、と言う魔物らしいね」
「クラブってなんだよ、こいつらスポーツでもやってんのか?」
一ノ宮と上条が変なやり取りをしている間に、白河たちは詠唱を完了していた。そして先頭の二頭が水から上がろうとするところへ、先制の魔法をたたき込んだ。
「「《ファイアーボール》!」」
二人そろって、火の攻撃魔法を放つ。火の玉が走って敵に命中すると、大きな火柱が立ち、次いで水柱が上がって、魔法を受けた二頭は仰向けにひっくり返った。けれどもその後ろから、仲間の死骸を踏みつけるようにして、後続が上陸してきた。
「よし、続くぞ! ユージも前に出てくれ」
一ノ宮が敵目がけて先駆けると、クラブは彼の胴体目がけて、大きなハサミを突き出した。一ノ宮は素早く体をかわして攻撃をよけ、斜め上から切りつける。剣はクラブの大きな胴体にあたって、固そうな甲殻を半ばまで切断した。
だが、まるで痛みなど感じていないかのように、魔物はもう片方のハサミで相手の足をはさもうとする。一ノ宮はそのハサミを踏みつけ、踏み台代わりに軽くジャンプすると、落ちる勢いを乗せて、上段から剣を振り下ろした。そして今度こそ、クラブの息の根を止めた。
上条の戦い方は、相変わらずだった。クラブの振り下ろすハサミを大きな盾で受け止めた後、大剣の一撃を与える。クラブの殻は昨日の金属鎧よりは固くないらしく、二、三回程度のやりとりで、クラブの胴体は砕けて、たたきつぶされた。
つぶれたクラブは、体のいろいろなところから黒や緑の混ざった変な色の液体が湧いて、泡と共に流れ落ちている。うん、この絵はちょっと、グロいな。上条も同じことを思ったらしく、魔物を倒した直後に少しの時間、硬直していた。が、すぐに気を取り直して、次の敵に取りかかっていった。
一ノ宮と上条が戦っている後ろから、別の個体が横歩きで左に回り、海から上がってきたので、ぼくはそいつの相手をすることにした。
例によって、敵がハサミを伸ばしてきたので、斜め前方に飛んでそれをかわす。その勢いと共に、敵の真正面で刀を横に振った。ちなみに今日は、山賊の頭が持っていた日本刀に似た刀を武器にしている。その切れ味するどい刃は、宙に突き出た二つの目を、ものの見事に切断した。
急に視界を奪われて、めちゃくちゃにハサミを振り回すキングクラブ。ぼくはその背後に回って、ハサミの根元、固い殻の継ぎ目のあたりから、甲羅の内側に向けて長い刀身を差し込んだ。クラブは一度大きく痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。
あっという間に、敵の数は半分になった。戦闘はさらに続いたけれど、その後まもなくして、キングクラブの群れは壊滅した。
「わりと、あっけなかったわね」
柏木が感想を述べる。上条は、そばに倒れていたキングクラブの死体を足先でつついて、
「でっかいけど、カニはカニだったな。これって、食べれるのかね? 足だけでも、持って行ってみるか?」
一ノ宮は首を振った。
「やめておこう。迷宮にいる魔物は、普通なら食用にはできるけど、人工迷宮というのがちょっと引っかかる。何か変な成分でも持っているかもしれない」
「それより、先を急ぎましょう。今回は魔物が左側だけから出てきてくれたけれど、左右から挟み撃ちにされる可能性もありました。ここではそれを避ける手立てがないから、早く、この道を抜けたいです」
「そうだね。ぼくらの目標は魔物を倒すことではなく、迷宮の最深部まで行くことだからね」
白河の提案に、一ノ宮がうなずいた。
その後は、白河の言葉のとおりに、できるだけ戦闘を避けながら、海上の道を急いだ。キングクラブとは二度ほど遭遇しそうになったけど、ぼくたちはそのたびに駆け足になって、魔物の上陸地点を避けるようにした。クラブも少し追いかけてきたけど、やがて諦めて海に帰っていった。
それから、トラックほどの大きさのエビの魔物(上条は「エビラ……にしては小さいか」と言ってたけど、正式な名前は不明)にも一度襲われそうになったけど、これもぼくらが逃げ出したら、後を追っては来なかった。
海の魔物は陸に上がってしまうと、海中にいる時よりも動きが鈍くなる。だから、こちらがそのつもりなら、わりと簡単に逃げられるようだ。
また、一mを超える巨大な魚の群れが集まってきて、水面からこちらに向かって飛び出してきたこともあった。頭の先に三十センチほどのくちばし? のようなものがついていて、地球で言うダツを大きくしたような感じだった。あのくちばしが刺さったらかなりのダメージになりそうだったけど、この襲来も、柏木の
「《ウィングウォール》」
の魔法一発で、魚は地面に打ち付けられた。そのあとは、ぴちゃぴちゃとはねていただけだ。風の壁って、こんなふうに使えるんだな。柏木によると、ウィングウォールの風の向きは、練習すれば自由に変えられるんだそうだ。
こうして、ぼくたちはかなりのスピードで、海の道を進んでいった。
「ユージ、敵の反応は?」
「今のところ、ないね」
「よし、このあたりで休憩にしよう」
一ノ宮の言葉で、ぼくたちは道の真ん中に腰を下ろして、水筒や軽食を取り出した。今日は走ることも多かったから、ぼくはかなりのどが渇いていた。一本目の水筒(一ノ宮たちのマジックバッグにたくさんストックがあるので、残量を気にする必要はなかった)を飲み干していると、上条が寄ってきた。
「ユージ。ちょっと、おまえの剣、見せてくれよ」
「剣? いいけど」
ぼくは腰に差した刀を抜いて、彼に渡した。上条はそれを受け取ると、刀身に顔を近づけて、
「やっぱ、片刃だよ。これ、日本刀だよな! どこで見つけた?」
「作り方が日本刀と同じかどうかは知らないけど、確かに日本刀っぽいかな。どこで作ってるのかは知らない。山賊が持っていたやつだから」
「切れ味はどうだ?」
「剣よりは、格段にいいね。でも、剣だって、探せばよく切れるものもあると思うよ。上条が使ってるのは、切るよりも叩くための剣だから、あえて刃を鋭くしていないんだよ」
「かもしれないけど、やっぱさあ。日本刀ってのは、憧れだよなあ」
そう言って、なめるように刃の先端を眺めている。だけど、上条の戦い方には、こういうのは合わなそうだよね。趣味の品として持つのは、ありだろうけど。
ぼくたちの隣では、白河たちが現状の確認をしていた。
「ここまでで、どのくらい進んでいるんですか?」
「行程の半分くらいかな。この先に、島みたいなものがあるだろ? あそこがゴールだ。あの島が見えてきたら、もう半分くらいの距離まで来ているらしい」
「え、見える?」
柏木が、進行方向に顔を向けた。ぼくも道の続く先を見てみたけど、ずっーと先に、ほんの小さな丸いものが見えるかな? といった程度で、あれが島なのかどうかも怪しいくらいだった。ゴールまでは、残り半分強、といったところだろうか。
それでも、まだお昼になっていない時刻にそれだけの距離を消化できているのなら、順調に進んでいるといっていいだろう。
「じゃあ、お昼はどのあたりで食べる?」
「この調子だと、七割くらい進んだところあたりかな。でも、それだと中途半端だから、昼は携行食だけにして、進むのを優先しようか」
「えー、携行食? 私、あれ苦手なんだよね」
「サンドイッチを作っておけば良かったですね。材料はマジックバッグの中にあるから、今晩、一緒に作りましょうか」
と、なんとも平和な会話が交わされていた。ちょっと、気が緩んでいたのかもしれない。
そして嫌な出来事っていうのは、こんな時に限ってやって来るものなんだろう。それを知らせてくれたのは、もちろん、探知のスキルだった。
「一ノ宮! 左前方に、敵の反応あり。数は十以上、かなり大きい!」
「休憩終わり! みんな、走れ!」
「すごいスピードだ、たぶん逃げられない。来るぞ、備えて!」
ぼくが叫ぶと同時に、海から水しぶきが上がり、五mはあろうかという巨大な生き物が飛び出してきた。先端のとがった流線型の体、なめし革のような灰色の皮膚、するどい牙の並んだ大きな口。地球のサメにそっくりな魔物だ。
異世界のサメは数メートル上空に浮かび上がると、そこから落ちてくることなく、ぼくたちのいる場所の上空をぐるぐると旋回し始めた。
「あのサメ、空に浮かんでる。風魔法でも使ってるの?」
「うん、そうかも。海の中でも、とんでもない速さで動いてたからね。あれは魔法の補助があったんだろう──また来る!」
柏木の疑問にぼくが答えている間に、またもやしぶきが上がって、二匹目のサメが空に飛び出した。さらに続いて、三匹目、四匹目……巨大なサメの化物が、次から次へと空へ上がっていく。あっという間に、ぼくらの頭上には、十数匹のサメの化物が浮かんでいた。
ぼくたちは最大限の警戒をしながら、この薄気味の悪い光景を見上げていた。だが、サメの動きは、これで終わりではなかった。
右回りに旋回するそのスピードが、徐々に速くなっていったんだ。それとともに、ぼくらの周りでも、風が舞うようになった。サメの速度が上がるにつれて、風も強くなっていき、あっという間に、ぼくらの周囲には竜巻のような暴風が吹き荒れていた。その竜巻の中を、巨大なサメの影が飛び交っている。
「トルネードだ」
上条がつぶやいた。
「その中に、シャークがいる! まさか、本当に存在していたなんて……」
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