第138話 魔法剣と光魔法

「よし、終わったな。みんな、ケガは無いか?」


 一ノ宮が後ろを振り向いて、確認した。


「ありません」「ないよ」「ぼくも」「私も問題なし」


 全員、口々に無事を伝えた。どうやら、傷を受けたものはいないようだ。上条が剣を収めて、ふう、と大きく息をついた。


「しかしまあ、あれだな。久しぶりに、戦いらしい戦いをしたけど、意外に張り合いがなかったな」

「いいじゃないか。何のダメージも受けずに終わったんだから」

「べつに、文句を言ってるんじゃないけどよ。さっきからスケルトンだのゾンビだの、数の多さが面倒なだけの敵しか出てこなかっただろ。そこに骨のありそうなやつらが来たから、ちょっと期待しちまって──」

「危ない!」


 ぼくは叫びながら上条の元に駆け寄り、彼の腕をぐいと引っ張った。だけど、少しだけ遅かったようだ。上条はびっくりした表情を浮かべた直後に、


「う! なんだ、これ……」


と声を上げて、地面に倒れこんでしまった。そして脱力した格好で、上条の体は壁の方へ引きずられていく。その壁の中から、半ば透き通った腕のようなものが生えているのが見えた。ぼくはとっさに、その腕に向けて魔法を放った。


「《ファイアーボール》!」


 『ボオゥ』という声のようなものが響いて、上条の体が手放された。ぼくは上条を道の中央側へ引きずりながら、


「白河さん柏木さん、魔法の用意を!」

「え?」

「この中にいる!」


 ぼくは目の前の壁を指さした。すると、その壁の中から、さっきの半透明の腕の本体が、通路に姿を現した。

 魔術師のような黒いローブを羽織った、長身の男の姿。その顔と手からはほとんど肉が失われており、眼窩の中からは青白い光のようなものが見える。レイスだった。レイスは左手を前に掲げて、ぼくの方に向けた。良くは聞き取れないけど、言葉のようなものを低く発している。

 これって、もしかして呪文を唱えてるのか?


「あ、ヤバ──」


 ぼくはとっさに右に飛んで、一ノ宮のいる方へ逃げた。次の瞬間、レイスの前に浮かんだ何本もの氷の柱が飛来して、それまでぼくが立っていた場所に突き刺さっていった。氷属性の攻撃魔法、アイスランスだ。

 この魔物は、生前に覚えた魔法を使って攻撃してくる。そしてレイスになるのは、もとは高位の魔術師であることが多いらしい。そのため、使う魔法も強力になりがちという、かなり厄介なアンデッドなのだ。


「ぼくが相手だ!」


 一ノ宮が踏み込んでいって、剣を振るった。だが、その剣はレイスの体を通り過ぎ、剣先が地面を叩いてしまう。そこへレイスの手が伸び、一ノ宮はバックステップで後退して、なんとかこれを逃れた。


「霊体に物理攻撃は効かないよ!」

「それなら──」


 一ノ宮が低い声で呪文を唱える。すると、彼の持つの刀身が、赤い光でうっすらと覆われた。これ、一度見たことがあるな。ビクトル騎士団長が使っていた技、紛い物ではない本物の「魔法剣」だ。剣に魔法をまとわせるこの技術、一ノ宮も使えるようになっていたのか。一ノ宮は再び剣を構えて、レイスに切りかかった。

『ボオゥ』

 斬撃がレイスの霊体にあたり、レイスは再び大きな悲鳴を上げた。どうやら、魔法剣であればダメージを与えられるらしい。だけど、レイスはアンデッドの中では上位に位置する魔物。この一撃だけで、簡単に倒れてはくれなかった。

 魔物は一ノ宮を優先すべき攻撃対象と認識したらしく、今度は彼へ向けて左手を掲げ、呪文を詠唱した。一ノ宮もそれと察知し、後ろに下がって盾を構え、魔法攻撃に備える。けれども次の瞬間、彼はその格好のまま、後ろへはじき飛ばされた。

 風系統の魔法、ウィンドアローを食らったんだ。不可視の攻撃だったため、力を込めるタイミングがつかめなかったんだろう。

 一ノ宮はすぐに体勢を立て直したけど、レイスはさらに呪文を詠唱しながら、ゆっくりと彼に向かって進んでいく。助太刀をしたいところだけど、暗い迷宮での風魔法はヤバい。どう対処すればいいんだろう? と考えていると、ぼくの背後に白い光が灯った。


「《ライトアロー》!」


 白河の声が通路に響き渡り、まぶしい光の矢がレイスを貫通した。その霊体に、大きな穴が開く。レイスは文字にはできないような咆哮を上げて、大きく体をよじらせた。

 奇妙な形に伸ばした両手を虚空にくねらせ、なんとかしてこの世に残り続けようと、もがいているかのようだ。しかし、もがけばもがくほど、光に貫かれた穴は大きくなっていき、ついには霊体のほとんどが、穴だらけになった。やがて、かき消されるように、レイスは消え去った。


「さすが、聖女様だね。アンデッドには、光魔法が一番効くのか」


 ぼくはつぶやいて、後ろを見た。上条はまだ地面に倒れたままだけど、意識はあるらしい。片肘をついた格好で、大きく荒い息をしている。


「白河さん、上条に回復魔法をかけてあげてよ」

「わかりました」


 白河が上条の元に駆け寄って、すぐに処置を始めた。柏木が心配そうに、その様子を後ろから見ている。


「武明、だいじょうぶかな」

「レイスにさわられると、体力や魔力がごっそり奪われるらしいよ。ヒールをかけてあげれば、とりあえずは回復するだろう。倒れていたおかげで、アイスランスの魔法は当たらなかったみたいだし」


 一ノ宮も、ぼくたちの方へ戻ってきた。ぼくは彼にも声をかけた。


「そっちはケガは無い?」

「なんとか、無事だ。それにしてもユージ、君は火魔法も使えたんだね」

「まあね。でも、威力は柏木さんなんかとは比べものにならないから、牽制くらいにしか使えないよ」

「他にも、何かできることはあるのかい?」

「まあそのへんは、冒険者の流儀で、秘密ってことで。でも、たいしたことはできないよ。それに、できると申告していることができれば、それで問題はないだろ?」


 一ノ宮はちょっと苦い顔をして、


「じゃあ、君ができると言っていた『探知』だけど、レイスの出現はわからなかったのか?」

「あれは無理だよ。実体化していない霊体は、探知スキルではわからない。レイスやゴーストは、『魔力探知』のスキルじゃないと」

「ごめん、それは私の仕事だった」


 柏木が申し訳なさそうに頬をかいた。


「『魔力探知』、時々はやってたんだけどね。あんまり慣れてないから、うまく使えなくて。っていうか、ここで使うと反応するものがたくさんありすぎるから、あまり意味が無いと思って……」

「探知する範囲を絞ればいいんだよ」

「え、そんなことできるの?」


 柏木は驚いた顔になった。そうか、ぼくが探知スキルの範囲を変えることができるようになったのは、いろいろと試行錯誤した末だったもんな。

 そこで、彼女にやり方というかコツのようなものを教えたんだけど、うまくできないようだった。まあ、すぐには無理か。でも、魔術の才能は彼女の方がはるかに上だろうから、繰り返しやっていれば、今にできるようになるだろう。

 そうこうしている間に、ようやく上条が立ち上がった。


「いやー、ひどい目にあった。あいつにさわられた瞬間、なんか力が抜けちまって、すげえ気持ち悪くなったんだ」

「もうだいじょうぶなの?」と柏木。


「おう、完全に復活したぜ。今度あいつにあったら、ただじゃおかねえ」

「いや、レイスに剣は効かないんだけど」

「そうだった。なあ優希、おまえがやってる魔法剣だっけ、あれ、教えてくんない?」


 上条はぐるぐると右手を回しながら、一ノ宮に頼んだ。


 もちろん、上条が魔法剣をマスターすることはなかった。才能うんぬん以前に、こいつには魔法スキルがないからね。が、それ以降はレイスに出くわすこともなく、迷宮を歩き続けること半日、ぼくたちは無事、第二層への転移陣がある部屋に到着した。



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