第137話 ますます暗殺者っぽい

 剣を収めながら、一ノ宮がぼくたちを振り返った。


「よし、このへんでいったん、休憩にしよう。念のため、ユージは周囲の警戒を頼む」

「了解」


 ぼくは立ったまま、通路の前後に視線を巡らせて、警戒の体勢をとった。

 探知スキルもオンにしてあるけど、これは霊体には効かないからね。アンデッドが出てくるこの層では、探知だけでは心もとないだろう。ちなみに、探知スキルは範囲が大きくなるレーダー形式にはしていない。大きくすると、あまりにたくさんの反応がヒットして、よくわからなくなるからだ。さすがは迷宮、魔物の数がハンパない。

 他の四人は、地面がきれいそうなところを探して腰を下ろし、それぞれに水を飲んでいる。と、柏木が一ノ宮からマジックバッグを受け取り、中に手を突っ込んで何かを取り出した。そして取りだしたそれを、パーティーの全員に配りだした。

 ぼくにも、「はい、休憩中のおやつ」といって分けてくれた。渡された陶器製のカップの蓋を開けてみると、中に入っていたのはカラメルソースのかかった、プリンだった。


「これは?」

「プリンだよ、プリン! びっくりしたでしょ。ここに来る途中の街で見つけたんだけどね、最近になって、流行りだしたみたい。他にもいろんなスイーツが売ってたから、たくさん買って、バッグの中に入れてあるの。まさかこっちの世界で、これが食べられるとは思わなかったよ」


 柏木が、本当にうれしそうな口調で話している。白河も、幸せそうな顔でプリンを口に運んでいた。ぼくはどうしても、「オオタカ商会」のことが思い出されてしまった。これも、あいつらが残した文化、と言うやつになるんだろうか。そう思うと、胸の奥の片隅の方が、ちょっとだけ切なくなった。

 ひと息ついたところで、一ノ宮が全員に向けて語りかけた。


「みんな、疲れはない?」

「私は、たいした疲れはありません。最初に光魔法を使った後は、敵の数が多い時に、火魔法を時々使っただけだから。郁香は?」

「私も同じ。ここまでで、どのくらい進んだの?」

「マップ上の距離だけで言えば、四分の一くらいかな」

「俺も疲れてはないけど、なんか手応えがなくて、かえって面倒くさいな。やっぱ、柏木に火魔法をぶっ放してもらった方が、簡単じゃないか?」


 冗談交じりに上条が言うが、一ノ宮は真面目な口調で、


「魔力には限りがあるからね。まあ、柏木さんが一層で魔力切れになるとは思っていないけど、必要が無いところでは、使わないようにしようよ」

「ここって、他にどんな魔物が出るんだった?」


 えーと、なんだか話が別の方に行ってしまったので答えそびれたけど、ぼくはまったく疲れてはいません。スケルトンの後始末をするだけで、戦闘には参加していないので。でもしかたがない、後衛の位置に立って白河たちの護衛をするのも、立派な仕事なのだ。


「あんたねえ、ちゃんと覚えておきなさいよ……一層に出る魔物でまだ見ていないのは、ゴースト、レイス、リビングアーマーといったところね」


 上条の質問に、柏木が注意をした。そうは言いながらも、ちゃんと教えてあげるのが彼女らしいところだ。


「ゴーストってのはなんとなくわかるけど、レイスってなんだ?」

「説明、聞いてなかったの? レイスというのは、簡単に言えばゴーストの強化版みたいな魔物ね。ゴーストと同じで実体がないから、物理攻撃は無効。その代わり、光か火の系統の魔法で大きなダメージを与えられるそうよ」

「なんだ、俺、関係ないのか。とすると、あと強そうなのは、リビングアーマーってやつか? ここまでは手応えがなさ過ぎるから、できればそいつと──」

「話してるところ悪いけど、何か来たよ」


 ぼくは上条の言葉を遮った。通路の先の方から、何かの足音のような金属音が、ほんのわずかに響いている。一ノ宮が素早く立ち上がって、皆に告げた。


「休憩は終わりだ! さっきと同じ隊形に組んで」


 ぼくらが剣を抜いて待ち受けているところへやってきたのは、金属の鎧をつけた騎士の一団だった。

 いや、それは正確ではない。そこには騎士などおらず、鎧そのものが動いているんだ。霊魂が鎧に乗り移って自ら動くようになった魔物、リビングアーマーだった。それが八体、どこかしらぎこちない動きで、通路の向こう側からゆっくりと近づいてくる。柏木が上条をにらんだ。


「あんたが変なこと言うから、本当に来ちゃったじゃない」

「俺のせいかよ。それより、どうする? こっちから切り込んでいくか?」

「こいつらには物理攻撃も効くけど、数が多いな。ユージも前に出てくれ。まずは魔法で先制、その後はぼくたち三人で前線を維持するから、後ろから適宜、魔法で追撃してくれ」


 一ノ宮が指示を飛ばし、白河と柏木が詠唱を開始した。前衛は真ん中が一ノ宮、左が上条、右にぼくが位置どる。その三人の間から、魔導師と聖女の魔法が発射された。


「《ファイアーアロー》!」

「《ライトショット》!」


 火の矢と光の球が敵を目がけて走っていき、最前列にいた二体に命中した。大きな火柱が上がり、まばゆい光がはじけて、二つの鎧がよろめき、倒れた。


「行くぞ!」


 一ノ宮が叫んで、先頭に立って魔物の群れに突っ込んでいく。ぼくと上条も後に続き、鎧との肉弾戦が始まった。


 一ノ宮は倒れた鎧を飛び越えて、二列目のリビングアーマーへ切り込んだ。アーマーのほうも剣を振り回してくるが、一ノ宮は手にした盾で受け流し、攻撃で生じた隙を突いて、切り返していく。こうしたやり取りが繰り返されて、そのたびに、相手の鎧にだけ傷が増えていった。

 スケルトンと違い、リビングアーマーの場合は鎧に与えたダメージがそのまま魔物へのダメージとなるらしいので、こういう戦い方も有効なんだ。それにしても、打撃を与えるたびに金属の鎧を切り裂くなんて、一ノ宮の剣はかなりの業物わざものだな。

 上条の戦い方は、一ノ宮とは対照的だった。敵の剣を大きな盾でしっかりと受け止めた後で、自分の大剣を振りかざして攻撃をする。互いの剣が盾に当たる音が、リズミカルにガン、ガン、と響き渡ってきた。だけど、剣の威力は上条の方が上らしい。リビングアーマーの盾は次第にゆがんで、ついには弾き飛ばされ、最後は鎧本体がぐしゃりとつぶされていった。

 なんていうか、剣術と言うより、力任せの殴り合いみたいだ。力量の差がよくわかるので、見ている方からすると、危なげがない。

 ぼく? 身につけているのは革鎧と軽い革の盾なんで、二人のような真似はできない。相手の剣は、とにかく避ける。ヒット無しの、アウェイ・アンド・アウェイ。

 相手が大ぶりになったところを狙って、すっと体を寄せていき、素早く敵の背後を取った。手にしたナイフを、相手の首筋にある鎧の継ぎ目に差し込む。そしてナイフの刃に魔力を乗せる感じで、火魔法を魔物の内部に送り込んでやった。

 魔法剣とはちょっと違うけど、魔法剣もどき、といった攻撃かな。魔法とともに、ナイフをぐいっと鎧深くまでえぐると、魔物は急に脱力したようになって、次の瞬間、ばらばらになって地面に崩れ落ちた。

 なんだか、ますます暗殺者っぽい戦い方になってしまったけど、この戦い方も、ギルドの資料に載っていたものだったりする。っていうか、地球の中世西洋でも、こんなことをやっていた(魔法は無いけど)と聞いたことがあるような……。

 まあ、普通の冒険者の装備って、一ノ宮や上条よりも、ぼくのものの方が近いからね。鎧相手の殴り合いなんてできるもんじゃないし、わざわざ固い鎧を狙うよりは、このほうが合理的だろう。


 一ノ宮と上条が相次いで一体目の敵を倒し、二体目に取りかかった。その間に、ぼくはちょっと後ろに退いて、白河たちが魔法で倒した二体を確認した。まだ完全に死んではいなかったので、さっきと同じ方法で、首にナイフを走らせる。成仏してくれよ。この世界に「成仏」、なんて言葉があるかどうかは知らないけど。

 その時、白河が叫んだ。


「魔法、いきます! 道を空けてください!」


 一ノ宮と上条は、素早く左右に飛んだ。そこへ柏木の声が響く。


「《ファイアーアロー》!」


 魔力を十分に乗せた火魔法が、迷宮の中を赤く照らしながら、リビングアーマーたちに襲いかかった。さっきよりも一層大きな火柱が上がって、一度に二つの鎧が、地面に倒れ伏す。残るは一体だけとなった。

 一ノ宮と上条が二人がかりでその一体に襲いかかっていったので、そっちは彼らに任せて、ぼくは今さっき焼け焦げた鎧に近寄って、ナイフでとどめをさした。


 ほどなく、最後の敵も倒されて、戦闘は終了した。



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