第134話 マジックバッグの使い方

 翌朝、ぼくたちはヘレスの街を出発した。

 今回も、美波たちのパーティーが護衛役だ。本番の迷宮攻略に備えて、ぼくと勇者パーティーは馬車の中で休んでいる。

 馬車の中にはもう一人、神父さんっぽい服装の初老の男性が同乗していた。この人は王国から派遣された、そこそこ偉い立場にいる聖職者で、迷宮の転移陣を起動させる呪文を管理しているんだそうだ。迷宮の中へ入る最初の転移陣の呪文は、この人だけが知っている。

 なお、各層間を移動する転移陣については、ぼくたち五人にも呪文が教えられている。この人は迷宮には入らないんだから当たり前なんだけど、これについてもくどいほどに、「秘密厳守」の約束をさせられた。


 木々の生い茂る、豊かな森の中の道を進むこと一日。ぼくたちはいよいよ、グラントンの迷宮に到着した。

 馬車から降りた一ノ宮たちの装備は、いかにも勇者パーティー、といった感じのものだった。

 一ノ宮は全身を覆う金属鎧に、白のマントを羽織っている。鎧が白銀色に輝いているのが、勇者ここにあり、と宣言しているかのようだ。それにしても、あのマントって何か意味があるんですかね。

 上条は、黒くて装甲が分厚そうな甲冑を身につけ、同じく分厚くて馬鹿でかい盾を手にしている。さらに背中には、大きな剣が斜めがけになっていた。なんだか重くて動きにくそうだけど、動きやすさより防御力・攻撃力を重視しているんだろう。

 白河と柏木の魔法職二人は、それぞれ高級そうなローブを身につけ、きれいにカッティングされた宝石のような玉がついた魔法杖を手にしている。

 ただし、白河のローブは白なのに対し、柏木は黒。それから、白河の杖はまっすぐに伸びているけど、柏木の持っているそれには、木の根っこのようなコブがついている。どちらも、聖女と魔導師のイメージそのものだった。

 なお、ぼくの装備は、いつもどおりの一般的な革鎧に一般的な剣、といったもの。こちらも、いかにも普通の冒険者、といういでたちだ。ただ、日本刀もどきは戦いで使うかもしれないので、予めマジックバッグから出してある。

 二本の剣を腰に差しての、二刀流でもないのに二刀流みたいなかっこうは、見方によっては、ちょっとイタかったかもしれない。


「ここが、問題の迷宮か」


 一ノ宮が言った。

 自然そのままの山の斜面に忽然と表れた、金属製の門。これが、迷宮の入り口だった。正確には、この門は迷宮の一部ではなく、迷宮管理のためにカルバート王国が新しく作ったものだ。

 聖職者のおじさんが頑丈そうな鍵を取り出して、大きな鍵穴に入れた。金属のこすれ合う音のあと、ガチャリと鍵の開く音が響き、重そうな門扉がゆっくりと開く。扉のすぐ向こうには、地下へ降りる階段が見えた。


「この地下通路の先に、迷宮への転移陣があります」


 おじさんがいった。


「ですが、今日はもう時間も遅い。ここで一晩を過ごし、迷宮への出発は明朝にしてはいかがでしょう」


 全員、異存は無く、門の前でのキャンプが決まった。ちなみにフロルは、おじさんが門を開いてすぐに、「ここ、気持ち悪い」と言って、どこかへ消えてしまっていた。ぼくにはまったく感じ取れないけど、妖精にとっては、かなり居心地の悪い場所みたいだ。


 簡易テントの設営をし、そのへんの森でたきぎを集めて、生活魔法の「ファイア」で火をおこす。今晩の寝ずの番は、美波のパーティーがしてくれるそうだ。すまんの。でも、明日からはたぶん、ぼくたちの方がきつくなるだろうから。

 なお、迷宮攻略にはどの程度の日数がかかるかわからないので、ぼくたちが迷宮に入った後は、美波たちはいったんヘレスへと戻ることになっている。

 火の周りに腰を下ろして、今回はマジックバッグを見せられないからしかたがない、まずいけど我慢してこれを食べるか……と携行食糧を取り出したところで、上条と目があった。なんだか、いたずらっぽい表情で、ニヤニヤと笑っている。

 小首を傾げつつ、カロ○ーメイトもどきをかじろうとすると、上条はリュックに手を突っ込んで、中から何かを取り出した。


「じゃーん」

「え! なんだよそれ」


 声を上げたのは松浦だった。上条の手にした木製のお皿の上には、魔獣の肉と思われるステーキが乗っていたからだ。しかも、いかにも今さっき作ったような、白い湯気が立ちのぼっている。上条は松浦の反応を見て、楽しそうに笑った。


「いいだろ」

「何やったんだおまえ。あれか? マジックなのか?」

「マジックといえばマジックだな。タネは、これだ」


 上条はリュックの中から、サイドバッグくらいの大きさの、カーキ色の袋を取り出した。それを見たぼくは、思わずつぶやいていた。


「……マジックバッグ?」

「お、ユージ、いいカンしてるな。あたりだ。これ、本物のマジックバッグなんだぜ。ほら、ラノベとかによく出てくる、異次元空間にいくらでもものをしまえる、ってバッグ。あれの実物だ」

「へー」


 松浦は立ち上がって、上条の隣に移動した。マジックバッグに手を伸ばし、布地をすりすりとさわったり、入り口から手を突っ込んで「お、底がない」と驚いたりしている。浜中と田原も、興味深そうにその様子を眺めていた。白河は釘を刺すように、


「それ、あまり乱暴に扱わないでくださいね。今のところ、王国から借りているだけなんですから」

「迷宮攻略のために、わざわざ貸してくれたの?」と美波。


「ええ。荷物をこの中に入れておくことができれば、移動が楽になるでしょうから」

「どうやって使うの?」

「入れる時は、普通に入れるだけです。出す時は中に手を入れて、出したいものを念じます。そうすると、指先に何かがあたる感じがするから、それをつかんで引っ張り出すと、しまっていたものが出てくるんです」

「今まで見たことがないけど、やっぱり貴重品なのかな」

「少なくとも、そのへんのお店で売っているようなものではありませんね。大きな貴族や大商人なら、一家に一つ持っているかもしれない、そのくらいの貴重品だそうです。普通なら、迷宮に持っていくようなものではないんでしょう。もしかしたら、持って帰れなくなるかもしれないんですから」

「へー。商人って言うと、やっぱりこれを使って荷物を運んだりするの?」

「いいえ、物の運搬に利用する、なんて使い方はされてはいないみたいです。貴重品を日常の仕事に使ったら、盗難や盗賊がこわいのでしょう」

「それじゃあ、何に使うんだろう」

「私が聞いた限りでは、非常用ですね。商人や貴族が、万一の時に、できる限りの財産を詰め込んで逃げるために、用意しているのだそうです」



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