第133話 戦いなんて楽なもの

「いやー、それはちょっと……」


 ぼくはドン引きしてしまった。メンバーの誰かが犠牲にならなければならないなんて、正気の沙汰じゃない。もちろん、ぼく自身が人身御供にされるのも嫌だ。

 あれ? もしかして、ぼくがメンバーに選ばれたのって、蘇生スキルのせいなの? まさかだけど、どうせこのスキルで生き返るんだから、一度死んでこい、って話じゃないよね……。

 変な顔をしているぼくを見て、一ノ宮たちはおかしそうに笑った。


「──と、今言ったのが本筋なんだけど、実は抜け道がある。これを使うんだ」


 一ノ宮は、彼の持つバッグの中から、紫色の厚い布に包まれたものを取りだした。布をほどいて出てきたのは、一本の剣だった。美しい彫刻が施された、豪華な、だけど少し古びた感じの鞘に納められている。

 一ノ宮が剣を抜くと、刀身はまだ美しい輝きを放っていて、その表面には、何かの文字のようなものが刻みこまれていた。


「なんだい、これ」

「これは前回、召喚された勇者が、ここの迷宮から持ち帰った剣だよ。いわゆる聖剣だね。リーゼンフェルト王家に伝わるものを、お預かりしてきた。

 ただし、今では聖剣としての力はない。かつて行われた悪竜征伐の際に、竜との戦いで折られてしまったことがあってね。刀身の修復はされたけれど、それ以来、聖なる力は失われてしまったそうだ。ぼくも試しに使ってみたけど、特別な何かは感じなかった。だから正確には、元・聖剣かな」

「そんなものがあるんだ。で、それをどう使うの?」

「これを聖剣があった台座に納めれば、聖剣を持ち去ることができるんだよ。新しい聖剣が欲しいのなら、代わりの古い聖剣をそこに置いていけ、ってことなのかね。聖剣を持ち帰る際には、もっぱらこちらの方法が採られているんだそうだ」


 なるほどな、とぼくは思った。そうか、だからこの迷宮、何回も聖剣を生み出しているのか。正確には、古い聖剣を新たな聖剣に作り替えているんだな。この迷宮は聖剣を維持修理する、工場のような機能がある場所なのかもしれない。

 あれ、待てよ。

 それだと、二回目からはいいけど、最初の一本目はどうしたんだろう。手元には古い聖剣なんてないんだから、この方法は使えない。ということは、やっぱり最初は、生きた人の命を捧げて……。

 やめよう。とりあえずは、ぼくには関係のないことだ。明日には迷宮に行くんだし、もっと関係のある話をしないと。


「ところで、一ノ宮君たちは、今まで迷宮に潜ったことはあるの?」

「それほど難度の高くない自然迷宮の一つに、三日ほど入っていたことがあるくらいかな。人工迷宮は、ぼくたちも初めてだ。人工迷宮そのものがあまり数がなくて、カルバート王国内では、ここだけらしいから」

「一応、経験はあるんだね。じゃあ、魔物はどんなレベルの相手と戦ってきたのかな。ぼくがまだ城から追い出されなかったころ、勇者パーティーがオークを倒してきた、って話を聞いたけど、そのあとはどうしていたの。最近は、どんな魔物と戦った?」


 ぼくとしては、勇者パーティーがどんな強さの魔物を倒してきたのか、その戦歴を聞くつもりだった。おそらく、すごい魔物の名前がずらりと並ぶんだろうと。だけど、この質問を聞いた四人は、一瞬、固まったように動かなくなった。特に、柏木の顔色が良くない。

 あれ? ぼく、何かまずいことを聞いたかな、と思った時、上条がぽつりとつぶやいた。


「戦いなんてのは、楽なもんさ。その相手が魔物なら、だけどな」



「ねえねえ、ユージ」


 宿の部屋に戻ると、目の前の空中にフロルが姿を現した。

 ちなみに、ぼくに割り当てられた部屋は、一ノ宮たちとは違って、ごく普通の狭い一人部屋だった。いや、別に不満はないよ。魔物肉を使った夕食も、小さな街の宿屋にしては、けっこうおいしかったし。


「グラントンの迷宮ってところに行くの? それって、ここからそんなに遠くないところにある、変な迷宮のことでしょ?」


 こうしてフロルの姿を見るのも、わりと久しぶりだった。ヘレスまでの旅の間は、他の人とずっと一緒にいるからできるだけ話しかけないでくれ、と予め頼んであったんだ。馬車の中、何もいない空間に向かって独り言をしゃべるような姿は、元クラスメートには見せたくなかったので。

 念話で話せばいいんだけど、ついつい口に出してしまうんだよな。


「変なところかどうかは知らないけど、たぶん、そこのことだよ」

「だとしたらね。私、そこにはついていけないと思うの」

「どうして? あの迷宮、何かいわくでもあるの」

「あの中って、魔素の流れがめちゃくちゃになってるの! ひどいもんなのよ。あの中にいると、とっても気持ち悪くなるんだから」

「気持ちが悪くなる?」

「そうなのよ! あるところではまったくと言っていいほど魔素が無いのに、そのすぐ近くには、魔素のゴミくずみたいなのがいっぱい、なんてことになってるの。本当に、嫌な感じのところなんだから」


 フロルは腕組みをして、幼い顔に縦じわを浮かべた。

 魔素のゴミくず……というのはよくわからないけど、迷宮内は精霊から見ると、かなり不自然な状態になっている、ということらしい。あの迷宮は人の手で作られたものと言うから、魔素に関連する、何かの仕掛けでもあるんだろうか。一ノ宮はそんなことは言っていなかったから、これは精霊特有の感覚なのかもしれないな。


「というわけだから、私、迷宮の外で待ってるの。だいじょうぶ、迷宮に入りさえしなければ、あの辺は魔素がたくさんあって、とってもいいところなのよ。ユージが外に出てきたら、すぐに近くに行ってあげるから」


 フロルはこう言うと、ぼくの左肩にとまった。そして、首筋にかみつくような格好で、ちゅーちゅーと魔力を吸い始めた。


「明日からはしばらくお別れになるから、今日はたっぷり、魔力をいただいておくのね!」


 ということで、今回の迷宮攻略には、フロルは参加しないことになった。ストレア迷宮でお世話になった精霊魔法には、ちょっと期待してたんだけどな。まあ、いいか。今回は勇者と聖女もいるんだし、戦闘の方は、そっちに期待するとしよう。



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