第132話 聖剣の台座

 一ノ宮は続けた。


「今回のぼくたちの目標は、グラントンの迷宮の攻略だ。具体的には、迷宮の最下層まで進んで、そこに置かれている聖剣を持って帰ってくること。それも、できるだけ早く、地上まで戻ってこなければならないという制約が課せられている。

 しかし、迷宮に入ることができるのは、たったの五人だけだ。そのため、ストレア迷宮を攻略した実績のあるユージ君に、五人目のメンバーとして協力を要請したんだ。ここまではいいね?」

「うん、そのあたりの事情は、もう聞いている」


 ぼくはまたうなずいた。


「問題の迷宮については、過去の攻略の記録が残っていて、そこからある程度、迷宮内部の様子を知ることができる。それによると、迷宮は六つの階層に分かれているそうだ。各層の間は、物理的にはつながっていなくて、転移陣を介して隣の層へ移動することができる。

 まず、迷宮の入り口を潜っていくと、地下の一階に迷宮内部につながる転移魔法陣が設置されている。ここは迷宮の外部と直接につながっているから、迷宮の階層には数えられていない。ここの魔法陣で転移した先が、迷宮の第一層になる。


 迷宮の第一層は、石壁で作られた迷路のようなエリアだ。出てくる魔物は、ゾンビやスケルトンと言った、いわゆるアンデッド・モンスター。普通に攻略したらかなりの時間がかかりそうだけど、攻略記録から正解のルートはわかっているので、それほど手間取らないと思う。

 第二層は、いきなり海のエリアになる。迷宮の中にどうしてそんなものがあるのかはわからないけど、とにかく海が存在している。ただし、泳いで進むわけではない。海の上に一本の道が通っていて、それが正規のルートになっている。当然、出てくるのは海のモンスターたちだ。

 第三層は、今度は草原のエリア。一層二層と違って、地上にそっくりなエリアで、出てくる魔物も地上と同じ。草原に道がひかれていて、そこを進めばいいから、ルートに迷うこともない。この中では、楽なエリアだろうな。

 第四層は、一転してかなり難しい、空のエリアになる。空中に数多くの島が浮かんでいて、島と島の間に吊り橋が渡っている。その吊り橋が、迷宮攻略のルートになっているんだ。空のモンスターとはあまり戦った経験がないから、戦闘面でも難しいものがありそうだね。

 第五層は、再び壁でできた迷路のエリアだ。といっても、第一層とはかなり見かけが違うらしい。あまり詳しい資料が残っていないんだけどね。

 登場するモンスターは、一種類のゴーレムだけだ。ただし、こいつがとても厄介で、『ゴーレムは光の矢を放つ』『ゴーレムは不死身で、それを破壊することは不可能だ』といった記録が残っている。注意が必要だろう。

 それから、この迷路に入るには罠解除のスキルがあると便利なんだけど、これはユージが持っているんだったな」


 ぼくはうなずいた。美波との話し合いの際、どんなスキルがあるのか、差し支えがない範囲で教えてくれと言われていたので、迷宮攻略に関係ありそうな「探知」や「罠解除」といったあたりを伝えておいたんだ。


「うん。でも、あまり使ったことがないから、練習しておくかな」

「頼むよ。そのスキルがなくても、魔力の操作が上手ければ開錠できるそうだけど、スキルがあった方が簡単だからね。

 第五層を超えることができれば、最終層は聖剣が眠るエリアだ。ここは、構造から言うと層と言うよりも一つの部屋なんだけど、転移陣を使って移動するので、独立した層と呼ばれている。このエリアは溶岩地帯になっていて、熱を遮断する魔道具が必須だ。幸い、この材料もユージが用意してくれたから、それを使った魔道具が明日には届くはずだ。

 このように、各層で出てくる魔物の種類も、がらりと変わる。詳しいことは、各層に挑む前日あたりに、改めてレクチャーするつもりだ。ただし、記録があるとは言っても、学術的な調査をしたわけではなくて、冒険者たちが攻略のために残したメモが残っているだけなんだ。だから、詳しいところは詳しいけど、情報の抜けも多いらしい。その点、注意は必要だね」

「合計、六つの階層か……一つ一つの階層の大きさはどのくらいなんだろう。一ノ宮としては、何日くらいで攻略する計画なの?」

「各層に費やす時間がそれぞれ一日で、六日程度を予定している。前回の迷宮踏破でも、だいたいこの程度の期間で最深部まで達しているからね。長引いてもいいことはないだろうから、この程度の長さがベストだろう」

「そうだね。迷宮に入ると、とにかく魔物が出てくるんだ。事実上、全員がずっと寝ずの番をしている感じになってしまうから、長い時間入っているのはきついんだよね」


 ぼくはこう言って同意したんだけど、一ノ宮は逆に、不思議そうな顔になった。そしてすぐに、ああ、とうなずいた。


「まだ、言っていなかったかな。実はこの迷宮には、魔物が現れない場所があるらしいんだ。いわゆる『安全地帯』だね」

「安全地帯?」


 ぼくは思わずおうむ返しをした。


「そんなものが、本物の迷宮にあるの?」

「ユージもそう思うだろ? まるで、ゲームの設定みたいだよな」


 上条は下手なジョークでも聞いたようにニヤニヤと笑ったけど、一ノ宮は真面目な表情で、


「だが、攻略記録にそう書いてあるんだから、そういうものがあるのは間違いなさそうだ。具体的には、各層の転移陣がある部屋が、安全地帯になっている。その意味でも、各層は一日で攻略したい。一日の終わりには極力、次の転移陣の部屋まで到達して、そこでしっかり休んでおきたいところだね」

「へー、そうなんだ……あ、最後の部屋はどうなってるんだろう。聖剣をゲットできたとして、その後はどうするんだ?」

「最終層には、地上に戻る転移陣が設置されている。ただし、他の層にある転移陣は双方向に移動できるけれど、最後のこれだけは、地上への一方通行のものだ。残念ながら、地上の転移陣から最終層へ行くことはできない」


 そりゃそうだろうな。でなければ、苦労して迷宮攻略をするはずがないからね。


「それから、五層から最終層への転移陣も、一方通行のものだそうだ。エリアの広さもそうだけど、最終層だけは他の層とは別扱いのようだね。

 だいたいの説明は、こんなところかな。他に質問はある?」

「最終層をクリアしたとして、どこに聖剣があるのか、わかっているの? ゲームみたいに、台座みたいなところに刺さっているとか?」


 ぼくの問いに、一ノ宮は少し苦笑いを浮かべて、


「それが、実はそのとおりなんだ。最終層の最後の部屋には、聖剣が刺さった台座があるらしい。それを引き抜いて、同じ部屋にある転移陣で地上に戻る」

「へー。その、刺さっている聖剣というのは、どうやって抜くんだろう。やっぱり、勇者じゃないと抜けないのかな」

「いや、そういう縛りはない。今まで聖剣を持ち帰った人はすべて勇者だった、と言うわけではないからね。

 ただ、まったくの無条件で抜けるわけでもない。あるものを捧げないと、聖剣を持ち帰ることができないんだ」

「あるもの、って?」

「人の命だ」

「へ?」


 突然出てきた物騒な言葉に、ぼくは思わず、変な声を出してしまった。


「だから、人の命だよ。聖剣の刺さった台座の近くには、溶鉱炉の口のようなものがあって、そこに人間を捧げなければならない。台座にも、『聖なる力を望むものは、おのれのすべてを捧げよ』といった文句が刻まれているそうだよ」

「聖剣とは、もともとが聖なる者の遺骸から作られた剣である、という伝承もあるようですね」


 白河が気味の悪い解説を加えてくる。


「聖なる者? 偉い聖職者の遺体でも持っていくの?」

「いえ、『聖なる』は飾りの言葉で、聖職者でなくてもかまわないそうです。聖剣のために命を捧げたのなら、それは聖なる者だ、ということなのでしょう。

 ただし、死体ではだめらしいです。おそらく、遺体を加工して剣にするわけではなく、その人が持っていた魔力やスキルといったものを吸収して、聖剣の作成に利用するんでしょうね。ですから、生きている人でないと駄目なんです」



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