第131話 ここからは国家機密

 時間の余裕があまりない、とのことだったので、美波たちと再会したその翌日に、ぼくたちはシイラの町を出発することになった。


 ぼくたち五人は、二台の馬車に分乗して出発した。馬車は王国側が手配したもので、こんなに立派な馬車に乗るのは久しぶりだ。王都であった、パレードの時以来かな。

 本来は乗馬した騎士数人が護衛につくはずだったらしいけど、今回はぼくに配慮して、美波が断ってくれた。それなりのランクの冒険者が五人そろっているんだから、そんなに心配はいらないだろう。なお、アラネアのベッドはすでに王国の人間に預けてあって、腕の立つ職人に、大至急で加工をさせているそうだ。

 護衛の騎士がいなくなったので、ぼくらは交替で御者の隣に座り、見張りをした。ただ、「ユージ君を連れていくのは、私たちが依頼された仕事だから」というわけで、ぼくは見張り役を免除された。探知のスキルは使ってるから、ぼくもさぼっているわけではないんだけどね。


 馬車の中や宿の部屋では、思い出話、というかこっちに来てからの苦労話にも花が咲いた。ぼくが、蘇生スキルのテストのためにいろんな動物の死体の前に連れて行かれた、という話をすると、美波がこんなことを言った。


「それ、白河さんも同じようなことをさせられたらしいよ」

「え、白河さんが?」

「ええ。この世界には、蘇生魔法というものがあるの。死者を蘇らせることができるという、伝説の光魔法ね。初代の聖女が使っていたことから、『聖女の奇跡』とも呼ばれているらしい。白河さんは聖女で、光魔法が使えるでしょう。だから死んだ動物を前に置かれて、その魔法を詠唱させられたそうよ」

「へー。で、結果はどうだったの」

「ダメだったらしい。なにしろ、初代聖女以来、誰も成功したことがない魔法だから」


 あの白河も、死んだまま動かない動物を前に、途方に暮れた顔をしたんだろうか。ぼくはちょっとだけ、彼女に親近感を覚えた。


 途中の街では替えの馬まで使って、ぼくたちは道を急いだ。

 その間、魔物にはほとんど出くわさなかった。一度だけ、彼我の実力差が感じ取れないらしいゴブリンの群れが現れたことがあったけど、その時は離れた距離から田原がファイアーボールを一発打っただけで、魔物は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ぼくが「すごい威力だね」と田原をほめたら、わずかにうれしそうな顔をしていたな。そのすぐ後に、美波に怒られていたけど。森に向かってファイアーボールを打つのは、たしかにちょっと、考えなしだったかもしれない。

 その他には、魔物にも山賊にも出会うことなく、四日後の夕方には、カルバート王国東部の街、ヘレスに到着した。


 ◇


 ヘレスは、ストレアやデモイと比べても小さな街だった。

 地理的にも、辺境と言っていい場所にある。魔物対策のためか外壁は高く、頑丈に作られているけど、門を通って中に入ってみると、通りを行き交う人はあまり多くない。建物も古びていて、ちょっとさびれた感じが漂っていた。

 これで迷宮の産物でもあればもっと人が来るのかもしれないけど、グラントンの迷宮は冒険者が気軽に入ることができないそうだから、そのへんの需要も期待できないんだろう。


「一ノ宮君たちも、この街に来ているはずよ。ここで彼らと合流して、明日には迷宮に出発する予定ね」

「ここから迷宮までは、どのくらいかかるの?」

「普通の足なら二日ほど。今回は馬を急がせるから、一日で行けると思う」


 美波が御者に一言二言話しをし、馬車はゆっくりと、街の中央通りを進み始めた。そしてほんの数分で、また馬車が止まった。目的地に着いたようだ。馬車から降りると、リトリックやアイロラなら、中級よりちょっと下くらいのランクかな、と思える宿屋の前だった。


「ユージ君も、今日は私たちと一緒に、ここに泊まってもらうわ。一ノ宮君たちの宿もここよ」

「意外と普通なんだね。勇者様なら、もっと豪勢な宿に泊まってるのかと思った」

「こんな小さな街だからな。宿が二軒しかなくて、こっちがマシな方なんだよ。けど、中には豪華な部屋もあるんだぜ」


 松浦が答えて、先頭に立って宿屋のドアを開けた。


 宿屋の一階は、食堂になっていた。夕飯時にはちょっと早いけど、既に十人くらいのお客さんが席についている。松浦はその奥にある階段を上って、三階の部屋のドアを開けた。そこは、ソファーやテーブルが備え付けられた豪華な部屋で、そのソファーには、なんだか久しぶりに目にする、四つの顔が並んでいた。


「おいおい、本当にケンジがいるぜ!」


 真っ先に声を上げ、笑顔を浮かべたのは上条武明だった。訓練の成果なのか、ずいぶんと筋肉がついていて、いかにも重戦士ジョブ持ち、という印象を受ける。


「上条君。ケンジ、ではなくてユージさん、でしょう。今は私たちだけだからいいけど、迷宮の入り口までは王国の人も同行するんだから」

「おう、そうだった。悪い悪い」


 白河美月にたしなめられて、上条が太い首をすくめた。どうやら「ユージ」の件は、彼らにも話が通っているようだ。

 それにしても、白河のセミロングでさらさらな黒髪は、元の世界にいた頃と変わらないな。「聖女」というイメージにぴったりだ。その隣にいる七属性魔導師の柏木郁香も、にっこりと笑みを浮かべる。白河と同様、長い髪をポニーテールにした姿は以前と変わらないけど、どこでカットしてもらってるんだろう。


「まあ、とりあえず中に入ってもらおう。ユージ……さん、いらっしゃい。これから、よろしくお願いします」


 一ノ宮優希が、ぼくに席につくよう促した。この世界に来た時よりも、かなり髪が伸びた「勇者」ジョブの持ち主は、親しみやすそうな笑顔を浮かべながら、美波たちにも「ご苦労さん」と声をかけている。彼に促されて、ぼくは上条の隣の椅子に腰を下ろしたけど、美波は


「じゃあ、あとはよろしく」


と言って、部屋に入ることなく、ドアを閉めてしまった。


「あれ、美波さんたちは話に加わらないの?」

「ええ。ここからは、国家機密みたいな話になるので──」

「あっ、ちょっと待った。これからずっと初対面のふりをするのも面倒だから、以前にどこかのギルドで顔を合わせたことがある、って設定にしたらどうかな?」


 ぼくがこう言うと、一ノ宮はくすりと笑って、


「それもそうだね。ではここからは、砕けた話し方にさせてもらう。じゃあユージ、改めて、これからよろしく」

「こちらこそ、よろしく。それにしても、いい部屋だね」


 一ノ宮は軽く肩をすくめた。


「勇者という看板のおかげだろうね。勇者を狭い部屋に泊めたとあっては、王国のメンツが立たないんだろう。

 さてと、さっそくだけど、明日からの迷宮攻略について、打ち合わせておきたい。

 さっきも言いかけたけど、ここの迷宮の情報は、国家機密のような扱いになっている。ぼくたちのパーティーでも、詳しい情報を聞かされているのは、ぼくと白河さんの二人だけで、他のメンバーには、必要な情報はその都度教えるように、と念を押されているくらいなんだ。

 美波さんたちが依頼されたのは、君をここに連れてくることと、ぼくたちを迷宮入り口まで警護することで、迷宮に入ることは依頼されていない。だから、この話し合いに加えることはできなかった。ユージも、ここで聞いたことは、絶対に他言無用で頼む」


 ぼくはうなずいて、話の続きを促した。



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