第130話 無意味な報酬

「聖剣なんて、本当にあるの?」


 この前の迷宮踏破は、結果としてはお金になりそうだけど、あれは倒した魔物がレアだったからで、踏破したからお宝がもらえたというわけではない。もちろん、「ボスを倒したら出てくる宝箱」や「豪華そうな剣が刺さった大きな岩」なんてものも、置かれてはいなかった。

 だからこんな質問をしたんだけど、美波はうんとうなずいて、


「グラントンの迷宮はストレアの迷宮とは違って、人の手によって作られた人工迷宮だからね。人工迷宮はもともと、一番奥に納められた宝を守るために作られたと言われているから、そこに何かがあるのは確かなわけ。そして、この迷宮の最深部にあったのは、実際に聖剣だったの。記録にも、そう残っている」

「え、一度攻略されてるの? それなら、もう宝物なんて無いんじゃないの」

「そこが不思議なところでね。王国の記録によると、グラントン迷宮は少なくとも二回、踏破されていて、そのたびに聖剣が持ち帰られている。グラントンは、聖剣を生み出す迷宮なのかもしれないわね」


 宝物を生み出す迷宮……そんな、まさにゲームに登場するような迷宮が本当にあるの? とも思ったけど、記録が残っていると言われたら反論のしようがない。戦争でたいへんなこの時に、国として攻略に力を入れようとしているくらいだから、たぶん、それなりの根拠はあるんだろう。


「そんな剣があるのは、一応、納得したよ。でも、ぼくじゃなくてもいいだろ? ぼくより迷宮の経験が豊富な冒険者なんて、たくさんいるよ。そっちに頼んだ方がいいんじゃないかな。たとえば、長年その迷宮に潜っている冒険者とか」


 ぼくの意見に、美波は首を振った。


「ユージ君に声がかかった理由は二つ。その一つ目は、君が迷宮から持ち帰った、アラネア変異種が作ったベッドね。あれを、使わせて欲しいの。

 踏破したうちの一回については、比較的詳しい記録も残っていてね。それによると、迷宮の最深部は溶岩地帯になっていて、すさまじい高温になっているらしい。魔術師の冷却魔法程度では対応できないほどの温度らしくて、だから熱を遮断する高性能の魔道具が必要になるの。その魔道具の材料になるのが、あの糸というわけ。

 魔道具は人数分を用意するから、ユージ君が迷宮攻略に参加してくれるなら、その魔道具を進呈するそうよ」

「ああ、あのベッド? それはかまわないけど、それならベッドの提供だけで、攻略は別の人に──」

「そして、もうひとつの理由。グラントンは特殊な迷宮で、ここの経験が豊富な冒険者なんて、存在しないの。なにしろこの迷宮、一年に五人しか入ることができないんだから」

「ん? どういうこと」

「迷宮の入り口には転移陣と言う魔法陣があって、その上に立って決められた呪文を詠唱すると、転移魔法という魔法が起動して、迷宮の一層に転移するの。一層から二層、二層からさらにその下への移動にも、転移魔法が使われるわ」

「そんな魔法、実際にあるんだ」


 そういえば、フロルが転移の魔法について話していたような気がするな。あ、それよりなにより、ぼくたちはその魔法で連れてこられたようなものだっけ。召喚って、異なる世界の間の転移だもんな。


「あるみたいね。で、その転移魔法が、グラントンの迷宮では、五人までしか転移させられないの」

「それなら、五人組を何回も転移させればいいんじゃない?」

「それをすると、迷宮をクリアできなくなる。人数を増やすと、途中で転移魔法が、起動しなくなるのよ。

 原因は、転移のための魔力が不足するため、と言われてるわね。当たり前だけど、魔法を起動させるには魔力が必要でしょう。おそらく、迷宮のどこかに、魔力を貯めておく法具のようなものが用意されているはず。で、そこに貯められる魔力の量が、最深部まで往復するなら五人分しか用意されていない、というわけ。

 もともとは、もっとたくさんの魔力を貯めることができたんだけれど、時間経過で劣化したのかもしれないわね。スマホのバッテリーが、使っているうちに劣化するように」

「魔力が空になったら、また転移が使えるようになるまで待てば……ああ、それに一年かかるのか。だから、一年に五人が限度、と」

「そういうこと。それにしても、この『五』という数がわかるまでには、さんざん、苦い経験を積み重ねてきたんでしょうね」


 美波が付け加えた。そうか。それがわかるまでは、迷宮の中にいたら急に転移ができなくなった、なんてことが起きたはずだ。食べ物がなくなって餓死したり、脱出できる最後の一人分を巡って仲間同士で争ったりしたのかも。もしかしたら転移陣の周りには、たくさんの白骨が並んでいるのかもしれないな。


「こういう迷宮だから、ここへの出入りは王国が厳重に管理していていて、転移陣を起動するための呪文も、極秘とされているわ。

 たった五人で攻略しなければいけないから、その五人はそれぞれが戦う力を持っている必要がある。罠や探知の専門家だけど戦闘力は今ひとつ、という冒険者では力不足なの。

 もちろん、一ノ宮君たちは素晴らしい力を持っていて、並大抵の敵なら簡単に倒してしまうと思う。けど、迷宮という特殊な場所での戦いには、慣れているとは言えない。迷宮を単独で踏破するような、戦闘力と迷宮での経験を兼ね備えた人が、どうしても必要なのよ」


 戦闘力、ね。そういえば、最近はあまり、自分のステータスを見てなかったな。鑑定のスキルによると、現在のぼくのステータスは、こんな感じだった。


【種族】ヒト(マレビト)

【ジョブ】剣士(蘇生術師)

【体力】18/18 (98/98)

【魔力】6/6 (70/70)

【スキル】剣 (蘇生 隠密 偽装 鑑定 探知 罠解除 縮地 毒耐性 魔法耐性 打撃耐性 小剣 投擲 強斬 連斬 火魔法 雷魔法 土魔法 水魔法 風魔法 精霊術)

【スタミナ】 18(69)

【筋力】 17(96)

【精神力】12(40)

【敏捷性】5(8)

【直感】2(6)

【器用さ】2(8)


 ストレア迷宮であれだけ苦労したわりには、ほとんど変わっていない。そういえば、迷宮の中では一度も死ななかったもんな。あの苦境の中で死んで、蘇っていたら、もしかしたら大きくレベルアップすることができたんだろうか。そんなことのために殺されたいとは、思わないけど。

 あ、良く見ると、ステータスは変わっていないけど、スキルに「風魔法」と「罠解除」が増えている。迷宮の中では常に気を張って行動していたから、罠の解除が出るのはわからないでもない。けど、風魔法ってなんだろう。フロルの大魔法を見たからかなあ。


「ユージ君。改めてお願いしたいんだけど、この依頼を受けてもらえないかな。魔族との戦争のためなんかではなくて、召喚されてしまった私たちのために。こんな、いつ死んでもおかしくない世界を離れて、みんなで元の世界に戻るためにも、聖剣の入手に協力して欲しい」


 美波はぼくに向かって、深く頭を下げた。

 美波や白河の願いは、もちろんぼくにもわかる。元の世界、あの平和で快適な世界に戻りたいと言う思いは、ぼくの中にも強くあるからだ。ぼくはこの国が、元の世界に戻してくれるという約束を本当に果たしてくれるのか、かなり疑問に思っている。けど、美波もそのあたりは承知の上で、こう言っているんだろう。

 疑問は持っていても、可能性がある限りは、王国に従うしかない。そうすることで、元の世界に戻る可能性が少しでも高くなるのなら、そうするしかない、と。その気持ち自体は、よくわかる。

 それに、このまま戦争が続いて王国軍が敗走すれば、イカルデアにまで戦火が及ぶかもしれない。王都になんて戻るつもりはないけど、あのお城にはお世話になった人も、少しはいるからね。メイドのルイーズや彼女の仲間たちは、今頃どうしているのかな。今も仲良く食堂に忍び込んで、たまには自分たちでプリンを作っていたりするんだろうか。


「わかった。今度だけだよ。次に何かあっても、この国には絶対に協力しないからね」

「ありがとう」


 美波はもう一度、深々と頭を下げた。


「だけど、ぼくはこの国から追放処分をされた身だよ。『ユージ』だからこんな依頼がきたんだろうけど、ぼくがあの『ケンジ』だとわかったら、向こうの方が嫌がるんじゃないの?」

「そうね。だから今回の依頼では、君をケンジではなく、冒険者ユージとして扱うことにする。君としても、その方がいいでしょう。

 それに、今回の迷宮攻略には、王国側の人間はほとんど参加しないの。どちらにしろ迷宮に入れるのは五人だけだし、勇者パーティーは十分に強いから、護衛もいらない。もちろん、同行者がいないわけではないけど、その人たちには、できるだけ会わないですむようにしておくわ」

「よろしくね」


 と答えたところで、ぼくは肝心なことを聞き忘れていたのに気づいた。


「忘れてた。これって、依頼なんだよね。報酬はどのくらいもらえるの?」

「アラネアの糸の代金が二十万ゴールド。迷宮攻略の方は、参加報酬として十万ゴールド、聖剣を持ち帰ることができたら、成功報酬として追加で九十万ゴールド。合計で百万ゴールドね。どう? けっこうな大金でしょ?」

「まあね。でも、それで元の世界に戻ることができるようになったら、意味がなくなるけど」

「それもそうね」


 美波は笑った。だけどその笑いは、どこか寂しげに見えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る