第129話 魔王と聖剣

「へえ……やっぱり、戦争で?」

「いや、騎士団長が亡くなった後、あの人はなんていうか、メンタルをやられたみたいでね。騎士の仕事からは外れて、内勤になっていたらしい。だから、亡くなったとは聞いたけど、どうして亡くなったかは知らないな」

「そういえば、大高君たちはどうしたか知らない? 城にいた頃はあなたも一緒の班で、ジルベールさんに指導してもらってたでしょ。

 クラスメートが作ったパーティーは、連絡がつく人がいたり、わりと近くの街で活動したりしているんだけどね。あの人たちはある日急に、街から出て行ってしまって、それ以来、連絡がつかないのよ」

「あいつらは、死んだよ」

「えっ……」


 美波は絶句した。


「三人とも?」

「三人とも。レッドベアにやられたらしい」


 ぼくはそれだけを付け加えた。実はあいつらがぼくを殺しただとか、余計なことは話さなくてもいいだろう。

 座が静まりかえって、壁の向こうにいる他の客たちの笑い声が、わずかに部屋の中に響いてきた。田原と浜中も、黙ったままなのは変わらないが、ショックを受けた様子が見える。しばらくして、美波が言った。


「そうか。そうだよね。戦っているんだから、命を落とすこともあるんだよね」


 彼女は改めてぼくの顔を見つめた。


「ユージ君。王国からの依頼の話だけど、やっぱり受けてほしい。実は、ギルドの中では言えなかったことがあるの。

 王国軍は、魔族領の奥深くまで攻め込んで、あと少しで敵の都を占領するというところまでいっていた。けど、その直前の戦いで、敵軍に『魔王』が現れたらしいの」

「魔王が現れた、って、そりゃ当たり前だろ。ぼくたちはそいつと戦うために、召喚されたんだから」


 ぼくの言葉に、美波は首を振って、


「ううん、違うの。私たちが今まで聞いていた『魔王』は、魔族の国の王様という意味の魔王。さっき、敵軍に現れたという『魔王』は、それとは別で、勇者の対となる存在のことね。

 勇者と同様、特別なステータスや才能を持っていて、魔王一人だけで一軍を凌駕するほどの力を発揮するそうよ。ちょっと紛らわしいけれど、魔族の国では、こちらの意味の魔王が現れると自動的に国の王様になるそうだから、最終的には、この呼び名でも混乱はないんでしょう。

 ヒト族に勇者が現れれば、魔族に魔王が現れる、とも言われているらしい。これは伝説とか、言い伝えレベルの話だったんだけど、今回は本当に出現してしまったらしいわね。そしてこの魔王の登場で、魔族の士気が上がって、戦況が魔族側に傾いたらしいの」

「ふうん」


 魔族との戦いなんてあまり興味がなかったので、ぼくは気のない返事をした。けれど、ふと気がついて、


「あ、そうか。だから、戦争が始まった今になって、迷宮攻略なんてことをしようとしてるのか」

「そういうこと。魔族が盛り返したのは、『魔王』という新たな力が加わったためだった。それならばこちらにも、『聖剣』という駒を追加すれば、形勢は再び一変するだろう。この国は、そんなことを考えているんでしょうね」

「その聖剣って、一体どんなものなの。ゲームとかでよく聞く、あの聖剣?」


 美波はうなずいた。


「ほぼそのイメージであっていると思う。

 こんな伝説があるらしいわ。かつて、ヒト族の魔族の戦いがあって、その時は今とは逆で、魔族の軍がヒト族を圧倒していた。今にもヒト族の王国が滅びそうになったその時、聖剣を携えた勇者が現れ、瞬く間に魔族の軍を掃討して、王国に逆転の勝利をもたらした。最後には魔王も倒して、ヒト族に平和と繁栄をもたらした。

 この話は、伝説らしい脚色も入っているけれど、基本的には事実と考えていいそうよ。王国がまとめた歴史書にも、そんな記述が残っているらしいから」

「へー、そんなものが本当にあるんだね」


 そういえば、リーネから似たような話を聞いたことがあったな。あれって、本当にあったことだったんだ。


「ちなみに、『魔剣』というものもあるそうよ。これも魔王と同じで、邪悪な力のこもった悪魔の剣という意味ではなくて、聖剣と同じくらいの力を持つ、聖剣の対となる剣のことね。聖剣も魔剣も、勇者や魔王が持って、初めて真の力を発揮する、と言われているらしい。

 念のため言っておくけど、『魔族』と言っても、ヒト族が敵対する種族をそう呼んでいるだけで、宗教でいう『悪魔』とは関係がないわ。アルティナ聖教の教会あたりは、そう主張しているのかもしれないけれど、私たちから見れば、それは単なる宗教上の教義ね。

 だからもちろん、魔王は悪魔の仲間ではないし、悪魔みたいな見た目をしているわけではない。というよりも、目や肌や髪の色がちょっと違うだけで、ヒト族とほとんど変わらないんだって」

「見たことないんだけど、どんな外見なの」

「髪の色は黒で、肌はグレー。目はこちらの世界のヒトと同じで、黒以外のいろいろな色。色だけを言うと日本人に似ていると思うかもしれないけど、顔の作りは西洋人風だから、わたしたち日本人を見て『魔族』と思うヒトはあまりいないでしょうね」

「はー、なるほどね」


 ぼくは納得してうなずいた。でも、彼女の言葉に、ちょっとひっかかるところもあった。要するに、ほとんどヒトと変わらない、ていうか普通の人間ってことだよね。ってことは、そいつらとの戦争に参加している一ノ宮たちは、当然、人間と変わらない相手を殺さなければならないわけで……。


「そんなやつらと戦ってるのか。美波さんたちは、一ノ宮のパーティーと離れることになって良かったね」

「ほんとうに、そう思う」


 美波は深くうなずいて、


「ただ、今のところ一ノ宮君たちは戦いの最前線に出ているわけではなくて、勝敗がほぼ決まった戦場に回されているらしいんだけどね。

 どうやら、この国が欲しいのは戦力としての勇者ではなく、一種の宗教的な権威としての勇者みたい。勇者がわが国にいるから、わが国は偉大だ。そんなことを言うためだけに、一ノ宮君は戦場に立たされているんじゃないかしら。

 もしかしたら今回の迷宮攻略も、聖剣の力が欲しいのではなく、聖剣によって勇者の権威をさらに引き立たせようとしているだけなのかもしれない。

 だとしたら、勇者とか聖剣とか呼ばれているものは、実際には偉い人たちに弄ばれる、道化みたいなものよね。でも、その思惑に乗って戦争に参加したり、迷宮を攻略することが馬鹿馬鹿しいとは、私は思わない。

 だって、私たちは元の世界に帰りたいんだから。その目的のためには、そうする他に手段がないのよ」


 美波は、強い意志の込められた目つきで、ぼくを見つめた。


「白河さんとも話したけど、彼女の意見も同じだったわ。私たちは日本に帰るために、全力を尽くすだけだ、って。

 ユージ君。ギルドでは、ケガが治っていないからという理由で回答保留にされたけど、本当は別の理由でしょう? もしケガが理由なら、私の魔法でなんとかできると思うけど」

「真奈の治療魔法は、とっても強力。かなり大きな傷でも、治すことができる。真菜でだめなら、白河さんもいる」


 田原が初めて口を開いた。確かに、聖女の魔法はたいていの傷を治してしまうそうだからなあ。拒否する言い訳としては、ちょっと弱いか。


「本当のことを言えば、ぼくはこの国を、好きじゃないからかなあ。なにしろ、冤罪を着せられて追い出されたんだから。魔族との戦争に必要だからといって、いまさら手を貸そうとは思えないよ」

「それはそうかもしれないけど、でも──」

「そもそもの話なんだけど、その迷宮に聖剣なんて、本当にあるの?」



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