第128話 近況の交換
「おまえ、あれからどうしてたんだ?」
松浦が大きな声で聞いてきた。元の世界では、彼は野球部の部員で、召喚された時は坊主頭だった。見るたびにジャガイモを連想させるような顔だったのに、今ではもう、髪はすっかり伸びてしまっている。あれから一年近くがたってるんだなあと、変なところで思い知らされた。
「どうしてた、って……いろいろあったけど、基本的には、冒険者をやってたよ」
「どうしてユージなんて名乗ってるんだ」
「騎士団長が死んだ時、変な濡れ衣を着せられただろ? 団長の死に責任がある、とかなんとか。それを知ってる人がいたら、『ケンジ』って名前を聞いたら、結びつけられるかもしれない。この名前、こっちだと珍しいみたいだからね。だから『ユージ』で、冒険者の登録をしなおしたんだ。
だから、ぼくを呼ぶ時は『ケンジ』じゃなくて、『ユージ』で頼むよ」
冒険者ギルドを出たあと、ぼくと美波たちは大通りにある料理店に場所を移していた。この世界では珍しい、個室のある高級店で、美波たちのおごりだそうだ。わざわざこんな店を選んだのは、何か内密の話があるんだろう。
「あー、あの時の追放な。確かにあれは、ひどかった」
「それに、『ユージ』もまるきりの嘘じゃないよ。親しいやつには、どっちかというとこっちのあだ名で呼ばれてたんだ」
「そうか。わかった、今日からおまえは、ケンジじゃない。ユージだ」
松浦はこう言うと、わりと強めの力で、ぼくの肩をパンパンと叩いた。少し、顔が赤くなっている。そういえばこいつ、酒も頼んでいたっけ。
この世界では、成年しないとお酒はダメ、なんて法律はない。それどころか、「成年」という概念そのものがあるかどうかも微妙なので、子供の飲酒がルール違反というわけではない。ぼくも一度、飲んでみたことがあった。結果、ただのマズくて高い液体だったので、それ以来注文したことはないけど。
なお、昼間から飲む人は、この世界でも少ない。というか、こちらでもやっぱりダメ人間とみられるようだ。酔ったら仕事にならないからだろうね。松浦は、この後で仕事を受けるつもりがないから、こうして飲んでいるんだろう。
「それで、そのかけ出しの冒険者が、迷宮攻略なんて偉業を達成したんだね」
美波が話を戻すと、松浦はおとなしくぼくの肩を放して、料理の片付けに戻った。
前衛の男が二人いれば、そのどちらかがリーダー役になりそうに思ってしまうけど、このパーティーのリーダーは彼女らしい。美波は凜々しいと呼びたくなるタイプの美人で、「私、失敗しませんから」と言われても、彼女なら納得してしまいそうだ。リーダーは適役かもしれない。
「べつに、攻略しようとして攻略したんじゃないよ。滝壺に落ちて、なんとか水から上がってみたら、迷宮の中だったんだ。そこから必死で外に出たら、攻略って扱いになったんだよ」
「でも、普通の冒険者は、そんなことはできないでしょ。しかも、たった一人での攻略なんて」
「まあ、そのへんはいろいろあるんだけどね。ちょっと約束があって、しゃべらないことにしてるんだ」
アネットのことを話すつもりはなかったので、ぼくは少し言葉を濁した。美波はそこを突っ込んではこなかったけど、また少し話を変えて、
「迷宮だけじゃなくて、山賊も討伐してるわね」
「よく知ってるなあ」
「そのくらいは、調べてあるわよ。これからこの人に大事な依頼をしようと考えているんだから。山賊の方は、大物を二人も倒してるんだってね。二件の山賊討伐と今回の迷宮踏破で、冒険者ランクは一気にBランクに上がっている」
「え、そうなのか! 俺だって、まだCランクから上がれないっていうのに」
松浦が悔しそうに両手を握りしめる。酔っ払いって、感情がわかりやすいな。
「山賊の話も、偶然みたいなもんだよ。常設依頼の魔物を探していたら、馬車が山賊に襲われてるのを見つけてね。それで、助けてあげようと」
「ああ、わかるわかる。テンプレだもんな」
松浦がうんうんとうなずいた。
「山賊たちの後ろからこっそり近づいて、背後から、刃物を投げつけたんだ。そうやって、最初に強そうなやつを倒せたんだけど、その一人目に倒したのが山賊の親玉で、賞金首だったんだよね。それで、山賊たちを倒した後、馬車のドアが開いたら、中から若い女の人が出てきて」
「おお!」
松浦がまた、大声を上げる。ぼくはなんとなく、大高たちのことを思い出していた。
「でも、その人は貴族でも大商人の一人娘でもなくて、小さな店をやってる人だった。ありがとうございました、お金はありませんけど、何か困ったことがあったら相談してください、でおしまい。もちろん、その人に見初められる、なんてこともなかったよ」
「なんだそりゃ……ま、現実はそんなもんか」
「そうしたら、山賊の兄貴分みたいなやつが、弟分の仇うちだって、ぼくを狙ってきたんだ。そいつが二人目の山賊で、ぼくの方から戦いに行ったわけじゃない」
「でも、その山賊も一人で倒したんだよね。どうやって倒したの?」
美波が聞いてきた。浜中と田原はというと、まだ一言も発していない。小柄な田原、背が高くて肩幅も広い浜中と見かけは対照的だが、どちらも寡黙で、必要以上のことはしゃべらないという印象だった。そういうところは、こっちに来ても変わっていないようだ。
「ギルドから、山賊に狙われてるらしいぞって話を予め聞いていたから、ちょっと罠を張ったんだ。どんな罠かってのは、企業秘密ってことで」
「秘密が多いね」
「しかたないだろ、冒険者ってそんなものだよ。手の内は明かさないのが、普通というか常識らしいよ。
ぼくのほうはそんなところだけど、そっちはどうしてたの?」
「私たちは、ケンジ……ユージ君ほど面白い話はないわね。ちょっと前まで、一ノ宮君たち勇者パーティーの露払い的な立場で動いてた。彼らが魔物退治に行く場所の下見をしたり、相手の魔物の数が多ければ、一緒に戦いに参加したり、という感じね。
今は、勇者からは離れて、独立した冒険者をやっている。王国からの指令をうけることがあるから、国からの御用が多い冒険者、みたいな立ち位置なのかな」
「へー。じゃあ一ノ宮たちって、今、何してるの。やっぱり、騎士団と一緒に訓練?」
「勇者パーティーは今は騎士団ではなく、国軍と一緒に動いているの。もう訓練という段階は終わりで、魔族軍との実戦に参加しているわ」
「へー」
ぼくは生返事を返した。騎士団と国軍の違いなんて、ぼくにはよくわからないし。でも、敵の軍との戦いってことは、「戦争」になるのかなあ。そんなものに参加しなくてはいけないなんて、勇者もたいへんだ。
ぼくがそんな感想を言うと、美波もうなずいて、
「それから、1班、2班だった他の同級生たちも、それぞれパーティーを組んで、冒険者になってる。それぞれに苦労しているみたいだけど、一ノ宮君たちに比べたら、ましなのかもしれないわね。戦争なんてものに、駆り出されるよりは。聞いている限りでは、死んだとか、大けがをした人はいないみたいだし」
「ああ、そうだ。ユージは知ってるよな、騎士のジルベールさん」
松浦の問いに、ぼくはうなずいた。ジルベールと言えば、ぼくたちがいた武術組三班の指導係をしていた騎士だ。レングナー騎士団長に心酔していて、団長がそばにいると訓練が厳しくなったけど、団長が絡まなければ、それなりに話せる人だったと思う。
「あの人、亡くなったぞ」
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