第127話 おまえのことかよ!
ストレアを出たぼくは、シイラの街を訪れていた。
ここはストレアのすぐ北にある町で、取り立てて特徴のない、ごく普通の田舎町といった印象の土地だ。迷宮騒ぎの後の休息には、ぴったりな場所だろう。
あの後、冒険者ギルドは正式に、「ストレアの迷宮が踏破された」と発表した。迷宮の主であるマザーアラネアが討伐され、ユージという冒険者が魔石などの貴重な部位を持って帰還することに成功した、と。
実際には踏破というより逃走なんだけど、お宝を持って帰ったことに間違いはない。発表を否定する術もなかったから、ぼくの名前は「迷宮の踏破者」として、すっかり有名になってしまった。
とはいえ、正式発表の前にはストレアを脱出していたので、変な騒ぎに巻き込まれなかったのは助かった。
そのぼくはというと、迷宮から戻って以来、ギルドの依頼を受けていなかった。
迷宮脱出の際に負ったケガと疲れを癒やしている、という理由はあった。それから、まだ換金手続きの途中だけど、マザーアラネアの魔石の代金がはいるはず、という見込みもある。しばらくは遊んで暮らせるくらいの大金になる予定なので、お金の面だけを考えれば、無理をして危険な依頼を受ける必要はなかった。
だけど、ぼくが冒険者の仕事をしなかったのは、本当はそんな理由ではなかった。
<ユージ、なんだか元気がないの。元気を出すの!>
ぼくの頭の周りを、てのひらサイズの小さな女の子が、ふわふわと飛んでいた。ぼくの契約精霊、フロルだ。ハングリーフラワーの変異種に食べられそうになっているところを助けてあげて以来、ぼくについて回っている。
契約精霊といっても、魔物との戦いの際に何かしてくれるわけでもなく、時々ぼくの魔力を食べてはふわふわとそのへんを漂って、能天気なことを話すニート精霊……と思っていたんだけど、迷宮攻略の最後の最後で、まさかの大活躍をしてくれた。実質上、迷宮を踏破したのは彼女(精霊に性別があるかどうかは知らないけど)と言ってもいい。
だけど、その時に魔力の多くを失ってしまったために、今は元のニート生活に逆戻りしている。
<元気がないと、何にもできないのよ!>
そのニート精霊が、有名な格闘家のような台詞を吐いた。だけど言葉だけをみれば、こっちの方が正しいような気もする。
「べつに、元気がないわけじゃないよ」
<ううん、元気ないの。きっと、あの女のせいなの!>
小さな女の子が、実に痛いところを突いてきた。
フロルのいう「あの女」とは、アネットのことだろう。ある日突然、ぼくに襲いかかってきた「暗殺者」ジョブの少女。その戦いの際に、二人一緒に滝に落ちてしまい、水から這い上がってみれば、そこはストレア迷宮の奥深くだった。滝と迷宮が、つながっていたんだ。
そこから生還するために、ぼくとアネットは力を合わせて迷宮の魔物と戦うことになり、やがてお互いに背中を預け合う関係にまでなった。ボスを倒した後は、二人で無事に迷宮を脱出することができたんだ。そして、ストレアの街に戻ったぼくは、彼女と再会して──
<私がいない間にあんな事をするなんて、とんでもない女だったの!>
フロルはぷりぷりという形容がぴったりする顔つきで、腕組みをした。「あんな事」って、そういう言い方は……。そう、ぼくとアネットは、再会したその日に、一夜を共にしたんだ。
あれ。だけどあの夜は、ぼくからお願いして、フロルには宿の部屋から離れてもらっていたはずだよな。どうしてあのことを知っているんだろう。契約精霊となると、こういう情報も伝わってしまうんだろうか。プライバシーの侵害だよな。
「そんなことないよ。あんな仕事はしていたけど、本当の彼女は、やさしい人だと思──」
<でも、こうして元に戻ったから、いいにしてあげるの>
再び痛いところを突かれたぼくは、がっくりとうなだれた。
そうして結ばれたぼくたちだったけど、アネットは暗殺者だった。単にジョブがそうだったというだけでなく、それが仕事だったんだ。彼女は暗殺者ギルドの一員で、ぼくの命を狙ったのも、暗殺者としての使命だった。
よく考えてみれば、そんな彼女が、ぼくと一緒に暮らせるはずがなかったんだろう。結ばれた翌日の朝、ベッドの中に彼女の姿はなかった……。
アネットは、「いろんなことを清算できたら、一緒にいたい」と言っていたけど、あれはなにを指していたんだろう。その清算が終わったら、ぼくの元に戻ってきてくれるんだろうか。
一旦は元気を出して、ストレアの街を離れてみたものの、一人になってみると、また彼女のことをぐちぐちと考えてしまう。そうなると気がふさいで、依頼をうけるような精神状態ではなくなっていた。そんなこんなで、宿にこもることが多くなっていたんだ。我ながら、ちょっと情けない話なんだけど。
<でも、今日は珍しく、外に出ているのね。どこかに行くの?>
「冒険者ギルドだよ。マザーアラネアの魔石の買い取りも頼んだままだし、時々は顔を出すようにしてるんだ」
<それがいいの! そろそろ働かないと、ニートになってしまうのよ>
まさか、こいつにニート呼ばわりされるとは思わなかった。「ニート」なんて言葉、教えるんじゃなかったな。確かに、このところ働いてはいないけど、せいぜい十日くらいだよ? ニート扱いは、まだ早いだろう。
苦笑いしながら視線を前方に移すと、近くにいた女の人が、変な目でこっちを見ていた。
うっかりしていた。フロルは精霊なので、実体化を解いている時には、精霊術を取得していない人には姿が見えないし、声も聞こえない。こうやって会話していたら、大きな声で独り言を繰り返す、変な人に見られてしまう。ついつい声で答えてしまったけど、ぼくからの返事も、念話にしておけばよかった。
ぼくはごほんと咳をして歩みを早め、ギルドへの道を急いだ。
時間が少し遅かったこともあって、ギルドの中は比較的すいていた。ぼくは依頼の張られているボードをざっと見てから、受付のカウンターへ向かった。すると、ぼくが口を開くより先に、受付嬢が声をかけてきた。
「あ、ユージさん! いいところにいらっしゃいました」
「いいところ? あ、もしかしたら、魔石の買い取りが片付いたんですか?」
「あれは、けっこう大きな金額になりますので、もう少し時間が掛かりそうです。そうではなくて、ユージさんをお探しの方が見えてるんです」
「ぼくを?」
「こちらにどうぞ」
受付嬢に案内されて、ぼくはギルドの応接室に向かった。
そういえば、最初にこのギルドに来た時も、応接室に通されたことがあったなあ。魔石の買い取りの話をこちらで引き継いでもらうため、ぼくが「迷宮踏破者」のユージであることを明かしたら、ちょっと騒ぎになったんだよな。騒ぎの中心になるのは好きではないけど、ぼくがここにいることの目印にもなるな、とも思った。
あの時はまだ、もしかしたらアネットはすぐ戻ってくるんじゃないか、なんて思ってたんだっけ……。
そんなことを考えていたぼくは、応接室にいた四人組の冒険者を見た時に、とっさに反応ができなかった。
それは、向こうも同じだったようだ。一瞬の間を置いて、四人の中の一人が立ち上がり、大きな声で言った。
「冒険者のユージって、おまえのことだったのかよ!」
ぼくの目の前には、イカルデアの王城に一緒に召喚された、元の世界の同級生たちの顔が並んでいた。
「知り合いだったのか?」
ギルド長に聞かれたぼくは、
「ええ、ちょっと以前に……」
と曖昧な返事をした。ギルド長はもの問いたげな目を向けたが、それ以上の質問はしてこなかった。
応接室のソファーに座っていたのは、松浦大和、浜中康功、美波真奈、田原玲奈の四人。それぞれのジョブは、松浦と浜中が「剣士」で、美波と田原が「魔術師」だったと思う。いや、浜中は「騎士」だったかな。
革鎧やら黒のローブやら、四人ともこの世界の冒険者らしい格好をしている。だけど、ぼくと一緒に王城で訓練をさせられていた時は、松浦と浜中が剣術組の1班、美波と田原は魔術組の1班に入っていた。
1班というのは、才能ありと認められた人が入っていた班で、訓練が終わった後も一般の冒険者になるのではなく、勇者パーティーのサポート役として活動するような話を聞いていたはずだ。
「なんでこんなところに。その前にどうしておまえが、ユージなんて──」
「松浦君」
美波が松浦のお喋りを止めた。
「そう言う話は、後でゆっくり。まずは、頼まれごとを済ませましょう」
「あ、ああ、そうだな。わかった」
そう言われた松浦は、おとなしく口をつぐんだ。
「頼まれごと?」
「ええ」
ぼくの疑問に、美波がうなずいた。そして居住まいを正して、
「冒険者ユージ殿に、カルバート王国からの指名依頼です。王国東部にある人工迷宮、『グラントンの迷宮』。この迷宮に、勇者一ノ宮様が挑むこととなりました。つきましては、勇者様のパーティーと共に、迷宮の踏破、そしてその奥に眠る『聖剣』の獲得に、ご協力をお願いしたい」
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