第125話 朝の光の中で


◇ 34 朝の光の中で


 翌日、ぼくは早い時間に目が覚めた。

 開けっぱなしの木戸から朝の光が差し込んでいて、小鳥が騒がしく鳴き交わす声が、窓から入ってくる。両手を挙げ、ふわぁと大きく伸びをして、ぼくはベッドの隣を見た。

 そこに、アネットの姿はなかった。


 夜の間に出て行ってしまったんだろう。闇から現れて、闇に消える。なんとも、暗殺者らしい行動なのかもしれない。でも、実に暗殺者らしくないことをして、彼女は姿を消してしまった。

 アネットは、ぼくを殺さなかった。

 殺されてから生き返った、のではないと思う。彼女はぼくが蘇生スキルを持っていることを知っていた。スキルの内容も知っていたんだろう。ぼくを殺したいなら、生き返ってからもう一度、改めて殺せばいい。簡単なことだ。でも、そうはしなかったんだ。


 けだるさが残る体を動かして、ぼくは着替えを済ませた。ベッドから立ち上がった時に、シーツの上に小さな血の染みを見つけた。あ、これって、もしかして……ぼくは少し、顔が熱くなるのを感じた。

 ふと思いついて、マジックバッグの中をまさぐった。そしてその中から、小さなバッグを取り出した。ライヘンの滝から、拾ってきたバッグだ。そういえば、アネットにこれを返すのを忘れてたっけ。もしかしたら、今にもこれを取りに戻ってくるかもしれないな……。

 いや、それはないか。ぼくが拾ってあることは話していなかったから、取りにくることはない。ここに帰ってくることはないんだ。


 でも、それならどうしたら、彼女は帰ってきてくれるんだろう。


 ぼくは生きている。そして、彼女は、暗殺者ギルドに所属する暗殺者で、ぼくを殺すという使命を帯びていた。ギルトから見れば、これはアネットの失敗と言うことになる。それも、意図的な失敗だ。ぼくたちの行動がどこまで組織に伝わっているかはわからないけど、標的を生かしたまま、彼女がここを離れたことが知られれば、そうとられてもしかたがないだろう。

 下手をすれば、裏切り行為と判断されてしまうかもしれない。組織はどう対応するんだろう。そして、アネットはどうするつもりなんだろう。

 いろんな考えが次々に浮かび、ごちゃごちゃになった頭の中に、ふと、昨日のアネットの言葉が蘇ってきた。


『もしも、そういったことを清算することができたなら、その時は、ユージと一緒にいたい』


 あれはどういう意味だったんだろう。もしかしたらアネットは、「清算」をするために、ここから出ていったんだろうか?

 でも、清算って、どういうことをさすんだろう。単に、失敗を認めてわびを入れるのか。別のたくさんの仕事をこなして、組織に貢献するのか。それとも、暗殺者ギルドという組織から彼女という存在の痕跡が消えるまで、戦って戦い抜くつもりなのか。ぼくにはわからなかった。だから、本当にもう一度、彼女と一緒にいられるようになるかどうかも、わからなかった。


 でも、なんとなくだけど、彼女が無茶な行動をするとは思えなかった。


 暗殺者というのは、冷静な判断力が求められる仕事のはずだ。味方がいない敵陣に、たった一人で潜入して目的を達成するためには、そうでなければならない。ちょっと悪く言えば、すべての物事を利用して、あくまでも計算高くあらねばならないんだ。捨て鉢になるとか、一時の激情に身を任せてとか、そういう行動からは一番遠いところにあるんじゃないかと思う。

 だとしたら、彼女がぼくの前から消えたのも、何か目算があってのことじゃないだろうか。


 だとしたら、また会えるかもしれない。


 希望的観測、というやつかもしれない。けど、ぼくにはそう思えたんだ。

 ぼくも、ストレアの街を出よう。ここに残っていても、アネットが戻ってくることはない。ぼくがここを出ることは、彼女にも伝えてあるからだ。そして街を出たら、彼女がぼくを探そうとしてくれた時のために、今までよりもちょっとだけ、目立つように行動していこう。

 そう考えれば、ここで迷宮の踏破者にされてしまったのは、かえって良かったのかもしれない。着いた先のギルドで迷宮の踏破者であることが知られたら、きっと噂になって、アネットの耳にも入るに違いない。


 木戸の外から、小さな光の玉が入ってきた。その光はぼくの目の前までくると、女の子の姿に変わった。フロルだった。フロルは片方の手で目をこすりながら、眠たげな顔で言った。


「ユージ~、おはようなの~。昨日は、だいじょうぶだった?」

「うん、ありがとう。なんとか、だいじょうぶみたいだよ」

「あれ、ユージ一人だけ? あの女は、どうしたの?」

「アネットは……いなくなったよ。いろいろと、しなければはならないことがあったから」

「ふーん。まあ、そのへんのことは、私には関係ないの。それで、今日はどうするの? やっぱり、ここでお休みにする?」

「いや。今日はここを出るよ。いつまでも、ここにいたってしかたがない。どこか新しい街に行こう」


 そして何か新しいことをしながら、彼女を待っていよう。


 ぼくはライヘンの滝から戻ってきたバッグを、背中にかついだ。そして、一週間に渡って閉じこもっていた、この狭い部屋を後にした。


 ◇


 その翌日の午後のこと──。

 カルバート王国の王都、イカルデア。その王城の一室にある第五騎士団団長の執務室で、ダリル騎士団長は一通の報告書を受け取った。彼はそれを一読すると、思わず声を上げた。


「パーシヴァルが死んだ?」

「はい」

「パーシヴァルとは、暗殺者ギルド頭目のパーシヴァルのことか?」

「はい。ギルドの本部となっている建物の中で、死体となって発見されたそうです」


 ダリルの副官、マークが答えた。ダリルは驚きの表情を隠そうともせず、


「死因は? どうして死んだんだ」

「ギルドの構成員の連中が、騎士団による現場への立ち入りを頑強に拒んでいるため、はっきりしたことは不明です。ですが、彼らから聞いた話によると、死体には剣やナイフなどによる傷や出血は見当たらなかったようです。

 おそらくは、毒物による暗殺かと思われます」

「犯人の目星はついているのか」

「それも、まだはっきりしていません。なにしろ、被害者は闇ギルドの頭目です。動機を持つものが多すぎます。ただ、少なくともここ最近は、大きな抗争は起きていなかったのですが……」

「ふむ」


 ダリルは書類を机において、考える素振りをした。そんな上司に、マークは追加の報告を行った。


「それから、これはまだ報告書としては上がっておりませんが、ヨアキムと、それからもう一人アシュトンという男も殺されています。ヨアキムは王都の自宅で、アシュトンはストレアの街で、それぞれ死体となっていました」

「ヨアキムも?」


 ダリルは再び声を上げ、大きく目を見開いた。


「はい。ヨアキムは暗殺者ギルドの幹部、アシュトンはヨアキム直属の配下の一人です。ヨアキムについては我々が直接に調査に当たりましたが、死体に外傷や出血はありませんでした。こちらもパーシヴァル同様、毒殺の線が濃厚です。ただ、どのような毒物が使われたかは、皆目見当が付かないのですが……」

「頭目と幹部が、たてつづけに殺されたのか」


 ダリルはううむとうなり声を上げ、しばらく考え込んでいたが、


「あまり、面白くない状況だな。これをきっかけに、暗殺者ギルド内、あるいは闇ギルド間で、大きな抗争になる可能性もある。

 やつらがつぶし合ってくれるぶんには一向にかまわないが、周辺の民にも被害が及ぶかもしれないからな。王都の治安維持を預かる騎士団としては、そうなる前に動かなければならない。

 当面の間、闇ギルドの主な建物の監視を強化し、構成員への締め付けを強くしておけ。場合によっては、適当な容疑で、幹部クラスの身柄を確保してもいい。ともかく状況が落ち着くまでは、ギルドの連中の動きをかんじがらめに縛り付けておくように」


 上司の命令を受け、マークは一礼して、執務室を出て行った。


 ダリルは知るよしもなかったが、パーシヴァルがユージ暗殺の指示を与えた相手こそが、殺されたヨアキムだった。そして、アシュトンはそのヨアキムの意を受けて、アネットに暗殺を命じた人物だった。この依頼に関わるギルド内の人物が、三人ともに死んだのである。さらにこの後、暗殺者ギルド内で激しい内部抗争が勃発し、組織は大混乱に陥った。

 その結果、「冒険者ユージ暗殺」の依頼は、うやむやのうちに終わることになったのだった。



────────────────



 これにて、第3章が終了となります。今度こそ、一緒にいてくれる女性を見つけたかと思ったユージでしたが、暗殺者という仕事は、やはり軽いものではなかったようです。でも、今回は彼もあるていど納得してのお別れですから、またまた立ち直って、冒険を続けてくれるでしょう。

 あ。そういえばこの章では、彼が死ぬ場面は書かなかったかも。蘇生術師のくせに。でもまあ、そういうこともありますよね。(……)


 さて、次回からは第4章となり、主人公は思いがけない依頼を受け、思いがけない人たちとパーティーを組むことになります。4章はある意味、かなりの激動(もしかしたら賛否両論)の章となるはずです。この先も、ユージの冒険を見守っていただけたら幸いです。


 それから、もしもこの話が気に入っていただけましたら、レビューやフォローをいただけるとうれしいです。前にも書きましたけど、本作はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは読者選考があり、その選考基準がレビューやフォローの数らしい(たぶん)のです。作者にとってのはげみにもなりますので、よろしくお願いします。



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