第99話 暗殺者はアサシン
「ぷはあっ」
ぼくは思い切り首を伸ばして、水面から顔を出した。
一刻も早く息を吸おうとしたため、水中でバランスを崩してしまった。体が、大きく沈み込む。もう一度水をかいて、なんとか頭全体を水面に出すことができた。
文字どおりにひと息ついたところで、ぼくは仰向けになり、背泳ぎのような格好をとった。しばらくは、大きな呼吸が続く。息が少し整ったところで体を半回転させ、今度は立ち泳ぎの体勢になって、あたりを見まわした。何も見えないほどではないけれど、上も横も下も、なんだか暗ぼったい。さっきまでは明るい空の下にいたのに、ここは一体、どこなんだろう。
あたりをうかがいながら泳いでいると、どうやら岸らしいところが見えてきたので、そちらの方へ平泳ぎで泳いでいった。抜き手を切って、と行きたいとこなんだけど、ぼくはクロールって、うまくできないので。
ようやくのことで岸にたどり着き、水で重くなったズボンを引きずりながら、ぼくは陸に上がった。岩場だったけれど、かまわずに身を投げ出して、そこに倒れ込む。ちょっと頭を打ってしまったけど、そんなのは気にしない。
ぼくは、運が良かった。
あの滝壺は、水の流れがめちゃくちゃだった。渦だらけの水面だけを見ても、それはわかるだろう。あんなところで変な流れに巻き込まれたら、水底に引っ張り込まれたまま、上がってこれない可能性もあっただろう。そうなったら、そのまま溺死だ。
蘇生スキルは持っているけど、そんなところで生き返っても、また溺れ死ぬだけ。まさに生き(?)地獄だ。こうして水から出ることができたのは、本当に運が良かった。
気持ちも呼吸も落ち着いてきたので、ぼくは身を起こして、改めて周囲を観察した。ぼくが今いるのは、岩造りの通路のような場所だった。壁や天井も、やはり岩に覆われていて、洞窟の中に大きな池がある、といった感じ。もしかしたら、滝の裏側に洞窟があって、その中にでも入ってしまったんだろうか。でも、周りのどこを見ても、出口らしきものは見えなかった。
するといきなり、目の前にほんのりと明るい光が灯って、それが女の子の形になった。
「ユージ~!」
現れたフロルは、いきなり、ぼくの顔面にダイブしてきた。
「びっくりしたの! あんなところから、滝に飛び込んじゃうんだもの。ヒトがあんなことをしたら、死んじゃうかもしれないのよ?」
「いや、あれは自分から飛び込んでいったわけじゃなくて──」
と言いかけて、ぼくは左手を見た。あの時、何かに手を引っ張られたんだよな。そういえば、今もなんだか違和感がある。首をかしげながら、変な感じのする場所をさわってみたら、そこには黒い糸が巻き付いているのがわかった。細いけどかなり丈夫な糸らしく、ちょっと引っ張ってみたけど、簡単には切れそうな感じがしない。
「なるほどね。これが原因か」
ぼくは納得した。間違いなく、あの暗殺者のしわざだろう。巴投げで投げ飛ばした瞬間に、ここに巻き付けたのかな。攻撃のつもりか、それとも落下から逃れるためだったのかはわからないけど、結果的には道連れのような形で、ぼくも引きずり落とされてしまったわけだ。
「なんだか、暗殺者と言うより忍者みたいなやつだったな。あの子、どうなったんだろう。ねえフロル?」
気がつくと、フロルはぼくの右のほっぺたに移動して、彼女の小さな口をそこに付けていた。なんだかキスしてるみたいな格好だけど、これはキスではなくて、食事だろう。魔力を吸われている感覚があったから。ぼくは右手で彼女をつかんで、顔から引き離した。
「あーんもう、ユージのいけず」
「何がいけずだ。ねえフロル、ここはどこだろう?」
「どこって、滝の下よ。あんなところから飛び込んだんだから」
「滝の下? やっぱり、そこに洞窟があったのか……あ、そういえば、バッグを展望台に置いてきたままだった。剣も落としちゃったし。フロル、あれをここに持ってくることはできない? 荷物が重すぎるかな」
「うーん、無理ね。重さはなんとかなるけど、水をくぐらないといけないから。水の中に入ったら、どこに流されるかわからないでしょ」
そうか、そうだよな。フロルは霊体になれるから水流なんて関係ないけど、バッグはそうはいかないもんな。
「じゃあ、頼みがあるんだけどさ。あのバッグと剣、どこかに隠しておいてくれないかな? 誰かに拾われないように。ここを出た後で、取りに行くから」
「わかったの。その代わり、後で魔力をごちそうしてね!」
そう言うと、不意にフロルの姿が目の前から消えた。精霊術師としての感覚で、彼女が霊体化して、離れていったのはわかる。フロルがいなくなると、あたりは少しだけ、暗くなっていた。ぼくはライトの魔法を唱え、マジックバッグに入れておいた予備の小剣を取り出して、左手に巻き付いた糸を切ろうとした。そこで、初めて気がついた。
糸に何か、手応えがある。この糸の先に、何かが付いている。
それが何なのかは、だいたい想像がつくんだけど……。
少し迷ったけど、ぼくは剣を収めて、両手で糸を持った。糸の先は、水の中へと続いている。少し引っ張ってみると、ぴんと張った糸が、水の中から張り出てきた。それが切れないよう注意しながら、ゆっくりと糸をたぐっていく。何回も手を前後に動かして、たぶん数メートルほどもたぐり寄せたあたりで、それは自ら浮かび上がって、岸に近づいてきた。
思った通り、糸の先にあったのは、さっきの暗殺者だった。ぼくは水の中に入り直して、その体を陸に引っ張り上げた。
マジックバッグから小剣を出し、腕に付いた糸を切り離してから、ぼくはためしに、暗殺者に鑑定のスキルをかけてみた。そして思わず、眉根を寄せた。
【種族】ヒト
【ジョブ】アサシン
【体力】3/34
【魔力】25/33
【スキル】小剣 投擲 風魔法 隠密 偽装 鑑定 探知 罠解除 毒耐性 魔法耐性
【スタミナ】 19
【筋力】 13
【精神力】12
【敏捷性】8
【直感】7
【器用さ】10
「ジョブ」が「アサシン」ってことは、やっぱり暗殺者だったのか。いや、そんなことはどうでもいい。
ぼくが注目したのは、この項目だった。
【体力】3/34
「体力」が、少し残っている。
つまり彼女は、まだ生きているんだ。
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