第98話 バリツの秘技

 これ、早く片付けないと、まずいかも。


 だって、こんなに近い距離で刃物を投げ合うなんて、危険性が高すぎる。

 昔の西部劇なんかで、ガンマン二人が近い距離で向かい合って、立会人の合図で銃を撃ち合う、っていう決闘があるでしょ。あれ、両方とも死ぬのが普通じゃないかと思うんだよね。よっぽど、銃の腕が違わない限りは。

 今やっている刃物の投げ合いも、似たようなものだろう。ここまでよけられているのは、どちらかというと投げるよりも、よける方を優先しているからだ。その点はたぶん、向こうも同じなんだろう。いざとなったら蘇生できるから相打ちでもいいだろ、と思うかもしれないけど、そんなことはぼくは望んでいない。そんなのは既に、山賊戦で一度経験している。もうこりごりなんだ。

 というわけで、ぼくはひとつ、策を使うことにした。炎の壁が消える直前、ぼくは前に突っ込んでいきながら、別の呪文を詠唱した。


「《サンダーウォール》!」


 放ったのは、雷系統の魔法だ。広い範囲に雷の壁を作り、敵の動きを牽制する。上級者は壁を動かすことができるらしいけど、ぼくには無理なので、攻撃手段としては、ちょっと使いづらい魔法だろう。普通だったら。

 だけど今は、普通の状態ではなかった。


「きゃ!」


 暗殺者の小さな悲鳴が上がった。

 滝の周りにはマイナスイオンがあるから健康にいい、というのはガセだった。でも、健康に良くはなくても、帯電した水滴はそこら中に舞っている。そして水があれば、雷が直撃しなくても、感電させることができるんだ。

 ぼくの雷魔法はそんなにレベルが高くないから、相手を倒すほどの威力は無いし、もちろんぼく自身にも、電気は届いてしまう。でも、予めそれを覚悟しているかどうかで、電気を受けた人の反応は違ってくるだろう。

 要するに、こういうことだ。


「根性~!」


 こういうのも、昭和レトロというんだろうか。ぼくはビリビリに耐えながら、縮地のスキルを発動した。そして瞬時に敵の目の前まで移動し、電気ショックで硬直していた暗殺者めがけて、思い切り小剣を振り下ろした。


 ◇


 ぼくは剣を手にしたまま、地面に倒れた暗殺者の元に歩み寄った。念のため、近くに落ちていた相手の剣を遠くへ蹴り飛ばしてから、上からのぞき込む。胸と腕から出血しているけど、まだ息はあるようだ。小剣は軽くて扱いやすいけど、一撃の威力は、やっぱり剣には劣るんだよな。

 さて、どうしよう。とどめをさしてもいいけど、できれば依頼主を知りたいところだ。これで終わりかどうか、わからないし。でも、相手もプロなら、教えてはくれないんだろうなあ。あ、それ以前に、組織の上の人から、依頼主を知らされていない可能性もあるのか。やっぱ、殺すのが簡単かなあ。


 それにしても、ぼくもずいぶん、物騒な考え方をするようになったもんだ。でも、それもしかたないよね。これだけ殺されたり、殺されかけたりしたんだから……。


 などと考えながら、ぼくは身をかがめた。そして、とりあえずは相手の顔を確かめようと、兜を外そうとした。そして気がついた。

 切り裂かれた革鎧の下が、少しふくらんでいることに。

 え? ぼくは思わず、それを凝視をしてしまった。剣の跡は肩口から斜め左下に走っていて、ちょうど胸のあたりは、真ん中から左右に裂けていた。鎧の下の、服も一緒に。その服の下に、柔らかそうなふくらみがのぞいていたんだ。マッチョの固い筋肉ではない。そもそもこいつの体つきは、マッチョと言うよりもスリムな感じだし。

 そう思って改めて全身を眺めてみると、体全体の肉付きや腰のあたりの骨格なんかも、男性と言うより女性的な印象を与えるものだった。そしてアゴの下を見ると、喉仏もはっきりとはしていなかった。

 念のために言っておくけど、ごほうび的、ラッキースケベ的な情景などでは、ぜんぜんなかった。胸のあたりは血まみれだし。すぐ近くには傷口が開いていて、今もそこから血が流れてるし。でもどう見ても、そこにあるのは、男性にはないはずのふくらみだったんだ。

 やっぱこの子、女の子なの?

 いや、女だからって、どうということはない。と、ぼくは自分に言い聞かせた。女性が殺し屋になれないわけではないだろうし、女性が剣で戦ったっていいんだから。ぜんぜん、不思議なことじゃあない。

 でもやっぱり、確認はしておいたほうがいいですよね。

 ぼくは恐る恐る手を伸ばして、そのあたりを確かめようとした。


 と、倒れていた暗殺者の両目が、かっと見開かれた。そして、チョキの形にした右手を、ぼくの顔に向けて突き出してきた。


「いきなり目潰しかよ!」


 完全な不意打ちだったけど、ぼくはえびぞりになって、なんとかその拳をかわした。が、バランスを崩して、しりもちをついてしまう。暗殺者は素早く起き上がると、勢いを付けてぼくの上に馬乗りになり、再び目潰しを狙いに来た。

 が、やはりさっき与えた傷の影響なんだろう。その動きは遅く、力がなかった。彼女は彼女なりに、必死の根性で攻撃してきたと思う。けど考えてみれば、努力と根性の時代は、もう終わっているんだ。ぼくは暗殺者の手をつかむと、自分から後ろに倒れこんだ。それと同時に右足を跳ね上げて、相手の体を宙に浮かせた。


「バリツ! じゃなかった、巴投げ!」


 巴投げなんて技、この世界の人は見たことがなかったのかもしれない。暗殺者は抵抗らしい抵抗もみせずに、実にきれいに投げ飛ばされた。ぼくの後方に飛んでいった彼女の体は、木製の柵をなぎ倒し、崖っぷちをごろごろと転がって、そのまま真っ逆さまに、滝壺へ落ちていった。


 ふう。これで、片付いたかな。


 と思った瞬間だった。

 ぼくの左手が、ぐいと引っ張られた。巴投げの体勢で寝転んだままの体が、ずるずると引きずられていく。引きずられる先は、さっき暗殺者が落ちていった、崖の方向だった。

 ぼくはちょっとパニックになって、必死につかまるものを探したけど、周りには何もない。やっとのことで、柵の根元をつかむことができた。けど、年中濡れたままの古い木材は、芯が腐っていたらしい。力をこめたらあっさりと砕け散って、手に残ったのは、わずかな木の破片だけだった。

 暗殺者の後に続くようにして、ぼくもまた、滝壺へと落下してしまった。



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