第95話 謎の尾行者
ぼくは歩き続けながら、探知スキルの反応を再確認した。
それらしい反応は、何もない。探知スキルは、探知の「網の目」を荒くした上で、向きを一方向に絞ることで、対象範囲を五百メートルほどまで広げることができる。そしてそれを回転させることで、半径五百メートルの円内の探知が可能だ。ぼくはこの方法を「レーダー方式」と勝手に呼んでいるんだけど、今はこのレーダーを使って、周囲を探っていた。
が、返ってくるのは、小動物と思われるごく小さな反応を除くと、何もなかった。
「いや、誰もいないだろ」
「ううん、いるのよ。そっか、ユージにはまだ難しいか。後ろの方、五十メタくらい離れたところを、注意してみて」
自信たっぷりに、フロルが答える。ぼくは首をかしげながら、探知の方法を変えることにした。レーダー方式をやめて、探知の網の目を細かくしてみる。半径五十メートル(一メタは、だいたい一メートルくらい)の円にしてみたけれど、やっぱり、何かがいるようには思えなかった。
「やっぱり、誰もいな──うん?」
そう答えかけたぼくは、途中で言葉を切った。探知の反応には、依然として何も映っていない。だけど、ぼくには感じ取れた。
そこで、何かが動いたんだ。
探知スキルから返ってくる、のっぺりとした、何もないという反応。にもかかわらず、何かが動いたということだけは、はっきりと感じた。結果はゼロなんだけど、さっきのゼロとは微妙に違うというか。その、微妙に違うゼロの場所が、今も少しずつ、動いているというか……。
ぼくは立ち止まった。そして、今までやったことのない方法を、試してみることにした。まず探知の網を、半径は五十メートルのままで一方向だけに狭めていった。当然、網の目は細かくなっていく。こうして細長い棒の形になった網を、さらに縦の長さも短くして、探知の範囲を、さっき何かが動いた場所の周辺だけに絞り込んだ。探知の網は極端に細かく、精密なものになっていった。
……見つけた。
何かがいる。探知した場所の真ん中にある、木の幹の裏側。その場所でじっと動かずに、こちらをうかがっているらしいものがいた。
反応の感じからして、どうやら魔物や獣ではなく、ヒトに間違いなさそうだった。フロルが教えてくれなければ、気がつかなかっただろう。そして、こんな隠れ方をするくらいだから、ぼくにとっては好ましくない、何らかの目的を持っているに違いなかった。
ぼくは再び歩き出した。できるだけ自然に、ぼくが気づいたことを、相手に覚られないように。すると、さっきの反応も、同じように動き出した。
どうやら、ぼくをつけ狙っていることに、間違いなさそうだ。
ぼくは念話に切り替えたうえで、フロルとの会話を再開した。
<フロル、いたよ。あれに気がつくなんて、精霊ってすごいんだな>
<えへへー>
フロルはうれしそうに笑った。だらしない笑い声だったけど、ほんとにすごいな。いつもはボーっとした顔で、ふわふわ浮いてるだけなのに。
<いつ頃から、ぼくの後ろについていたんだろう>
<あんなに近くに来たのは、ついさっきね。それまでは遠くにいたけど、あたしたちがこの森に入ってしばらくしたら、あいつも近づいてきたの>
<そうか。森の中なら、近づいても気づかれないと思ったんだろうな。あ、フロルがいるのを、気づかれたかな?>
<だいじょうぶじゃない? あたし、あいつが近くにきた時には、精霊体になってたから>
<え?>
ぼくは思わず、顔を左に向けてしまった。そういえば、フロルはいつの間にか実体化をやめて、精霊術師でないと見えない姿になっていた。
<高位の精霊はね。契約者以外には、簡単に姿を見せたりしないものなのよ!>
フロルは偉そうに胸を張った。その割に、ハングリーフラワーにつかまっていた時は、普通に姿を見せてたけどね。
あ、今のは、私は高位の精霊じゃありません、って自分で言ってるってことなのか。
それはともかく、どうするかな。
相手はたぶん隠密のスキルを持っている。普通に探知してもわからなかったと言うことは、レベル的に、向こうの隠密スキルの方が上、ということなんだろう。そして、森の中でこれだけの距離からこちらを探っているところを見ると、探知スキルも持っている可能性が高そうだ。
こっちとしては無理に戦う必要なんてないんだから、逃げてもいい。けど、隠密と探知を持っているくらいだから、相手もプロなんだろう。逃げるのは、難しいだろうな。逃げられないなら、いっそこちらから攻撃する? でも、探知持ちを相手に、先制攻撃は難しそうだ。
それに今の段階では、相手が隠れているだけで、攻撃されたわけじゃない。限りなく怪しいやつだけど、だから攻撃していいかとなると、また別な話と言うか。日本的な考え方ではもちろん、こっちの世界基準でも、けっこうグレーゾーンじゃないだろうか。
なんだか、やっかいだなあ。考えてみれば、隠密で近づいて攻撃するというのは、これまでぼく自身がとってきた戦法だった。やられる方になったら、こんなに嫌なものだったんだな。
そんなことを考えていたら、左前方の森の中から、小さな音がした。その方向に視線を向けると、目の前の茂みの中からホーンラビットが飛び出して、こっちに向かってきた。
「わっ!」
ぼくは思わず声を上げて、左に飛んだ。ウサギの魔物とは言っても、頭にある角の直撃を受けたら、大けがをしてしまう。間一髪、ホーンラビットの突進をよけたぼくは、素早く体勢を立て直して、剣を抜いた。
が、魔物はそのまま、木々の間を逃げていってしまった。まあ、ラビットだからね。ヒトに出会ったらすぐに逃げ出すことが多くて、向こうの方から襲いかかってくるのは、わりと珍しい。こっちも驚いたけど、ラビットの方も不意を突かれて、とっさに突っ込んできたんだろう。
だけど、今のはまずかったな。探知スキルの範囲を限定していたせいで、近くの魔物にはぜんぜん気がつかなかった。相手がラビットだったからまだ良かったけど、スキルに頼りきりなのも、問題があるのかもしれない。
あ。探知と言えば、あいつはどうしてるんだろう? あわててスキルの反応を確かめながら、ぼくはフロルに聞いた。
<あいつ、今はなにしてる?>
<さっきの人? なんにもしてないよ。ずーっとおんなじところに、じっとしてる>
ぼくの探知スキルでも、同じ結果が出ていた。どうやら、動きはなかったようだ。今のはかなり大きな隙だったと思うんだけど、攻撃はしてこなかったか。攻撃する前に、じっくりと相手を観察して、その能力を見定めようとしているのかもしれない。
だとしたら、こっちの方針も決まりかな。
今のは本物のミスだったんだけど、これを利用することにしよう。
<フロル、ちょっと頼みがあるんだ。あいつが近づいてきたら、すぐ教えてくれない? ぼくの探知は、自分のごく近くだけを見るようにしておくから>
<うん、いいよ。でも、これは貸しよね! 街に帰ったら、ソードボアの串焼き、タレ味と塩味の一本ずつで勘弁してあげるの>
<はいはい>
ぼくはその後も森の中を歩き回って、狩りを続けた。探知は半径十メートルほどの円形に限って、謎の尾行者のことはフロルに任せきりにしておいた。
その後は、魔物に襲われることはなかったけれど、すぐ近くまで来たホーンラビットへの反応が遅れて、何匹か取り逃がしてしまった。当然、もっと多くの獲物を見逃したはずだし、ぼくが見逃したことを、尾行者は見ていただろう。
後で聞いたところでは、尾行者はずっと、つかず離れずの距離を保っていたらしい。森を出て街道に戻ると、尾行者は森から出てくることなく、そのまま姿を消したようだった。
結局、その日の収穫はホーンラビット二匹だけという、さびしいものに終わった。
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