第93話 これって詐欺だよね

 うーん、精霊魔法か。

 正直いって、心を揺さぶられますな。

 これまでにぼくは、いろんなスキルが使えるようになってきたけど、基本的には一対一での戦いに使うものが多い。何度もお世話になっている「縮地」や「投擲」は、その代表だ。火魔法や雷魔法には範囲攻撃の魔法もあって、それはそれで便利なんだけど、威力でいえば、それほど強いものじゃない。ぼくの魔法のレベルが低いせいもあるんだろう。強力な範囲攻撃の手段が手に入るというのなら、ぜひとも欲しいところだった。

 それに、そういう実用面の話は別にしても、そんな魔法が使えるのなら、使ってみたいじゃない。なんて言うか、男のロマンとして。


「わかったよ。じゃあ、ちょっと格子から離れていて。あ、霊体になってもらった方がいいのかな」


 ぼくはけっこうあっさりと、この精霊を助けてあげることに決めた。さっき、シマウマの件で文句言ったりしてすまん。でも、自然保護より男のロマンが勝ってしまったんだ。


 ぼくはマジックバッグから刀を取り出し、ハングリーフラワーに向けて構えた。

 といっても、根元からバッサリやろうとしているのではない。刃の先を葉の上に置き、慎重に位置を合わせてから、刀を振り下ろした。自然破壊は最小限に。ハングリーフラワーの葉は意外にしっかりしていて、切った時の衝撃がずしりと手に伝わってきたけど、無事、精霊がとらわれている葉っぱの先端の方だけを切断することができた。

 格子のなくなった檻の中から、精霊がふわふわと飛び出てきた。


「助かったの! いつもならこんなやつ、目じゃないんだけどね。葉っぱの上でうとうと眠ってたら、いつの間にかほとんどの力を、吸い取られちゃって……」

「眠っていたって、どれくらい?」

「わかんない。寝た時は確か、ルップラの実がなってたと思うけど」

「まじかよ……」


 ルップラというのは小さめのリンゴのような果物で、実がなるのは秋の終わりころ。今は三月の頭で、もう春先だ。数ヶ月の間、ずっと魔力を吸い取られていたってこと? よく消えてしまわなかったな。どうりで、ハングリーフラワーが栄養満点で、頑丈になっていると思った。


「しかたないじゃない! その前に、すっごく大きな敵と戦っていて、すごく疲れてたんだから。それで、どこかで休もうとしたら、とても気持ちよさそうな場所を見つけたのよね。喜んでそこで一休みしていたら、パタンと葉っぱが閉まっちゃって。そのうちに、なんだか眠くなってきて……」


 そういえば、地球の食虫植物も、虫を誘うための匂いのようなものを出しているんだっけ。もしかしたらハングリーフラワーも、精霊を誘う何かを出しているのかもしれないな。

 とは言っても、そんな罠に引っかかるのは、やっぱりちょっと、抜けていると思うけど。

 そんなことを考えながら、目の前の小さな顔をみつめていると、決まりが悪くなったのだろうか、彼女はごまかすような早口で、


「そ、そんなことより、早く契約するのよ! 善は急げなの!」


 そして「手を出して」と言い、ぼくが右手を出すと、その人指し指の先につかまった。


「そういえば、あなた、名前は?」

「ユージ。ユージ・マッケンジーだ」

「あれ? そう呼べばいいの? まあ、それでいいなら、だいじょうぶかな……じゃあユージ、私と契約したいって、頭の中で思ってちょうだい」

「君の名前は?」

「フロルっていうのよ」


 ぼくは言われたとおりに、フロルとの契約を念じた。すると、彼女とぼくの体が一瞬だけ光に包まれて、すぐに消えた。フロルはまたもやどや顔になって、ぼくの顔の前まで浮かんできた。


「あれ? 今ので終わり?」

「そうよ。あなたと私の間にパスを通すだけで、そんなに難しい術式じゃないから……これで無事、契約が結べたわ。

 というわけで、今、わたしはお腹がすいてるの。さっそく、いただきまーす」


 言うやいなや、フロルはまたぼくの指にとまって、指先に口をあてた。なんとなくだけど、ぼくの魔力が少し、減っていくような気がする。ぼくの魔力を、ちゅうちゅうと吸い取っているらしい。なんだか精霊と言うよりも、小さな吸血鬼みたいだな。

 フロルはいったん顔を上げて、こんなことを言った。


「うーん。ユージの魔力、とってもおいしいの! ちょっと変わった味だけど、なんていうか、べっちょりとして、コテコテで……」


 どうやらこの精霊には、フードコメンテーターの才能はなさそうだった。


「魔力を渡すのって、いつも、こんなことをするのか?」

「ううん。今は魔力が足りなくて、急いでるからこんなことしてるけど、普段はつながってるパスから、適当に私に流れ込んでくる」


 それだけ答えると、フロルはまた指に顔をつけて、彼女の食事を続けた。適当に、ってのがちょっとこわいな。けどまあ、緊急時の対応でこのくらいの減り方なら、たいしたことはないんだろう。

 かなりの長い時間、フロルはそんな格好で指を吸い続けた。そしてそれが終わると、仕事上がりにビールを一杯引っかけたサラリーマンのように、ぷはぁっ、と息を吐き出した。


「はぁー。ごちそうさまでした」

「気が済んだ? じゃあ、こっちもさっそくだけど、精霊魔法というのを試してみたいな」


 ぼくはフロルに頼んだ。だがフロルは、またもやぼくから目をそらして、こんなことを言い出した。


「ああ、あれ? 今はちょっと、まずいの。ほら私って、長ーい間、魔力を吸い取られてたでしょ。ユージから魔力をもらって、ようやく一息つけたんけど、もうちょっとお休みして、魔法は使わない方がいいと思うの」

「じゃあ、明日くらいに試してみようか」

「だからね。私、長ーい間、魔力を吸い取られていたから、当分は休みしていたほうがいいんじゃないかと──」

「当分って、どのくらい休めばいいんだ?」

「わかんない。しばらくは無理」


 そう言い捨てると、フロルはふっ、と姿を消した。良く見ると、緑色の淡い光が、彼女がいた場所に浮かんでいる。


<そういうわけだから、私、ちょっと休むことにするの。

 あ、でもだいじょうぶ。契約した精霊は、契約者のそばにいるようになるから。そうしないと、うまく魔力がもらえないし。だからいつでも、話し相手になってあげるからね。話しかけてくれれば、お返事してあげるのよ……私が起きていたらだけど>


 そこまでしゃべると、淡い光はふわふわと漂って、ぼくの頭の上に乗っかった。それきり動こうとせず、何も言おうともしない。ゆすって起こそうとしたけど、今は実体化を解いているらしく、指先はむなしく光を通り抜けるだけだった。

 ぼくは小さくつぶやいた。


「……これって、詐欺だよね」



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