第3章 迷宮の踏破者篇
第90話 反響のなかった報告
カルバート王国の王都、イカルデア。その王城の一室に設けられている第五騎士団団長の執務室で、ダリル・ランスは一通の報告書を受け取っていた。ダリル騎士団長──ビクトルの死後、彼の副官を務めていたダリルが、団長に昇格していた──はそれを一読して、眉根を軽く寄せた。
「マレビト三名が死亡しただと?」
それは、マサシゲ・ニッタ、コウイチ・オオタカ、ジュン・クロキほか一名の死体が、イカルデアにほど近い街道沿いで発見された、という知らせだった。オオタカたち三人はいずれも、先日カルバート王国が召喚した異世界の住人、いわゆるマレビトである。
ダリル率いる第五騎士団は、勇者召喚を主導したパメラ第一王女から、勇者を含むマレビトの指導・育成を任せられている。ビクトル前団長の急死以降、勇者の育成方針や担当する部署について、軍との軋轢が強まってはきているが、今のところは、引き続き第五騎士団がその任を
「は、王都へ向かう旅の途中、魔物との戦闘になり、殺害されたと見られるとのことです」
ダリルの副官となったマークが答えた。騎士には珍しく小柄な男で、体の線も細めに見える。自身の武芸よりも、指揮用兵を得意分野とする騎士だった。ちなみにダリルも、会う人には小柄の印象を与えていたが、それはビクトルという例外の隣に並んでいたためだ。ダリル自身は小柄ではなく、騎士らしく引き締まった体つきをしている。
「近くにはゴブリンとレッドベアの死体が残っていた、か」
ダリルは苦い顔で報告書の一部を読み上げた。
予想されたことではあった。
オオタカたちは、既に追放処分となっているケンジ・ユージマと共に、マレビトの訓練では武術組第三班の班員となっていた。訓練の班は能力別に編成されており、第三班は最も能力の劣った者が集められていた班だ。そして先日、勇者パーティーの対魔族戦への本格参戦に伴って、第一班は補佐・遊撃役として勇者パーティーに帯同するが、第二・第三班は彼らとは別行動とし、冒険者として魔物などの対処をすることが命じられた。
その際、それまで第二・第三班にも付けられていた指導役の騎士も本隊に引き上げ、マレビトたちだけで独立して行動することとされた。要するに、これからは自力で生活しろと、切り捨てたのだ。しかし、能力的に劣る第三班の班員が、はたして冒険者として自活できるのかどうか、当初から懸念する向きはあった。
「第三班は魔物退治の訓練でも、ゴブリンのような低ランクの魔物しか相手にしておりませんでした。相手がレッドベアでは、荷が重かったのでしょう」
「うむ。しかし、早かったな。いや、われわれ騎士でも、不覚を取るのは戦いに少し慣れてきた頃が多いことを考えれば、この時期にこのようなことが起きるのは、意外ではないのかもしれないが……」
「勇者様が、対魔族の実戦に臨もうとされている、その矢先ですからね」
マークが言葉を継いだ。ダリルが、勇者イチノミヤたちの精神面を考慮していると考えたのだろう。勇者は、俗に『勇者の病』と呼ばれる心理的な病いにかかりやすいことが知られており、第五騎士団にはその面での配慮も求められていた。
「団長、どうします。この情報は、勇者様には伏せますか?」
ダリルは少し考えて、首を振った。
「これは、冒険者ギルドからもたらされた報告だったな」
「はい。第一発見者は、商隊の護衛をしていた冒険者です」
「では、この情報はすでに多くの冒険者に伝わっている、と考えるべきだろう。マレビトが三人死んだなどというニュースが、珍しがられないはずがないからな。だとすれば、下手に情報を隠して思わぬ筋から勇者様に伝わるよりも、こちらからお知らせした方がいい。
ただし、お知らせする際には、勇者様や聖女様のご心情に、十分配慮するように」
「わかりました。騎士団の内部では、どう扱いましょうか」
「そうだな。念のため、勇者様にお伝えするまでは秘密扱いとし、その後で、情報を解禁することにしよう」
こうして、大高たちの死は、まず勇者パーティーに伝えられ、次いで各騎士団、王国政府の各部署に伝達された。勇者たちは、ダリルが懸念したほどの動揺は見せなかった。彼の命じた「十分な配慮」が功を奏したのかもしれない。政府内の各所でも、大高たちは既に自分たちの手を離れた存在と捉えられていたから、反響はほとんどなかった。
だが、その中に一人だけ、この知らせに顔色を変えた人物がいた。
◇
ある日の夜のこと。
王都の大通りから一本それた通りに、石造りの屋敷が建っていた。飾り気の乏しい三階建ての建物は、周囲をぐるりと高い塀に囲まれ、塀の中には大きな犬が数頭、放し飼いにされている。分厚い鉄製の門の前には、夜も遅いというのに、二人の男が門番に立っていた。
その門番に向かって、一人の男が真っ直ぐに歩み寄って行った。いぶかしげな表情を浮かべる二人に、訪問者の男は告げた。
「パーシヴァルに用事がある。取り次いでくれ」
「誰だ、てめえ。ここがどこなのか、わかって──」
「おい、待て。こいつは確か、騎士団の……」
門番の一人が訪問者に詰め寄ろうとするのを、もう一人が押しとどめた。そして「ちょっと待て」と言い残して、屋敷の中へ消えた。しばらくして、彼は別の男を連れて戻ってきた。新しく来た男は、訪問者の顔をちらりと見ると、
「ボスがお会いするそうだ」
とだけ言って、屋敷の方に戻っていった。訪問者も黙ったままうなずいて、門番の間を抜ける。犬の吠え声と、それを押しとどめようとする男の声が響く中、二人は庭を通って、屋敷の中へ入っていった。
屋敷の中は、外観とは打って変わって、派手な飾り付けがされていた。金色に光り輝く甲冑、裸の女性をかたどった大理石の彫刻、大きな額に入れられた何枚もの裸婦像。裸の女性を扱う絵画や彫刻は、この世界では違法とされているわけではないが、教会からはいい顔をされない代物である。そして、屋敷のここかしこには、屈強な男たちが立っていた。
彼らは、敵意にも似た視線を訪問者に浴びせたが、訪問者は涼しい顔で、彼らの脇を歩いていく。やがて、三階の一番奥、扉の重厚さからして他とは明らかに違う部屋に入っていった。
部屋の中では、左右にボディーガードを従えた白髪の老人が、彼を待ち受けていた。
「これはこれは、お久しぶりです。以前にお会いしてから、三年は経っているでしょうか。そちらはますます、ご壮健のようですな」
「パーシヴァルか。おまえに一つ、頼みたいことがある」
男の性急な物言いに、パーシヴァルは一瞬だけ、白い眉をひそめた。
「ほほう? どのようなご用件でしょう。あなたは既に、王都の治安担当の任から離れられたと聞きましたが」
「仕事ではない。依頼だ」
「これは驚きました。あなたの口から、そのような言葉を聞くとはね。我々闇ギルドの力を借りることを、あれほど嫌がっておられたというのに。犯罪捜査や逃亡者の捜索という目的があった時でさえ、我々との協力を拒んだ方の言葉とは思えませんな」
『闇ギルド』とは、いわゆる裏世界に存在する組織の総称だ。冒険者ギルドなどとは違い、公式に認められた組織ではないが、通称として「ギルド」という言葉が使われている。パーシヴァルは、その闇ギルドの中の一つである『暗殺者ギルド』で、頭目を務める人物だった。
「今でも、嫌っているさ。だが、おまえたち以上の悪を倒すためであれば、たとえ闇ギルドの力であっても、使うことにためらいはしない」
「我々以上の悪、ですか。ですがその判断は、一体どなたがなさったことなのでしょうな」
パーシヴァルは軽く笑みを浮かべた。
「まあ、よろしいでしょう。これ以上、こんな話を続けていても意味はありません。それで、その依頼とは? どのようなことをお望みですか」
「むろん、暗殺だ。暗殺者ギルドに依頼することなど、他にあるまい」
「ふむ。で、その対象は?」
「先日、王国が召喚したマレビトだ。名をケンジ・ユージマ……現在は、ユージ・マッケンジーと名乗っている冒険者だ」
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