第81話 予想以上の大金
アイロラの冒険者ギルドから返事が来るまでの間、ぼくたちは常設依頼のような、簡単な仕事をこなしていた。
あれ以来、ルードの迷宮には入っていない。現在照会中とは言っても、あれがベルトランに間違いないことは、ぼくが一番わかっている。大金が手に入ることは確実だったこともあって、わざわざ危険な迷宮に入る気にはなれなかった。相打ちで受けたショックの後遺症みたいなものも、少し残っていたし。だから、仕事と言うより息抜きのような感覚で、手頃な魔物を狩っていた。
依頼の合間には、乗馬の練習もした。迷宮を出た時に手に入れた二頭の馬、あれはやっぱり山賊たちが乗ってきたもののようで、特に問題なく、ぼくたちの所有が認められた。このまま馬を持ち続けるかどうかはわからない(エサや寝床の確保など、いろいろな世話をし続けなければいけないので。こちらの世界でも、ペットを飼うのは大変なのだ)けど、馬に乗ることができるのなら、その方が便利だろう。そこで、馬が手に入ったこの機会に、乗馬を習ってみることにしたんだ。
先生役は、もちろんリーネだ。けど、いざ教わってみると、彼女はけっこうなスパルタだった。最初は、ぼくが乗った馬の手綱をリーネが引いて、ゆっくりと歩いてみる……くらいのところから始めるのかなと思っていたら、最初からリーネの馬と横並びで、けっこうな速さで走らされた。手や腰の使い方とか、お尻の上げ下げとかの説明は、一切なし。
ちなみに、馬って少しスピードが出ると、座ったままだと騎手のお尻が跳ね上げられてしまうんだね。競馬のジョッキーが腰を浮かせた前傾姿勢をしているのは、空気抵抗を減らすためかと思っていたけど、それだけではないんだな。
それでも、体の痛みと気持ち悪さで覚えろ、という鉄血の教育方針のおかげで、ちょっとスピードを出すくらいの速さなら、ぼくはなんとか、馬に乗ることが出来るようになっていた。
乗馬の練習も兼ねて、少し遠出もした。依頼を受けたのではなくて、本当に単なる小旅行として。以前、デモイにくる途中で休憩した、花の咲いていた峠が目的地だった。おしりが痛くなりながらも、無事に峠に到着すると、そこにはあの時と同様の美しい景色が広がっていた。けれど、あのとき満開だった白い花は、もう終わっていてた。
えーとそれから……あの夜以来、ぼくとリーネは毎晩、一緒のベッドで寝るようになっていた。ちょっとベッドが狭いので、ツインじゃなくてダブルの部屋に移ろうかとも思ったけど、なんとなく恥ずかしくて、宿屋の主人に言い出せないままになっている。どうせ、今にデモイの街も出るんだから、次の街では、ね。
◇
そんな日々を過ごして二週間が過ぎたころ、ギルドから呼び出しがあった。
ギルドに向かうと、さっそく応接室に通された。先日とは違い、ぼくたちが席につくとすぐに、ギルド長のバートが顔を出した。
「今日、アイロラのギルドから返事があってな。先日のベルトラン、ならびにセバスの討伐が確認されたとのことだった」
席につくなり、バートが切り出した。
「二人の首に掛かっていた懸賞金も、満額が認められた。これがその懸賞金だ」
そう言いながら、バートはずっしりと重たそうな袋をテーブルの上に乗せた。おそらく、何枚もの金貨や大金貨が入っているのだろう。ぼくは袋を受け取りながら尋ねた。
「ありがとうございます。そういえば、この前はちょっと疲れていて、聞き忘れたんですけど、懸賞金ってどのくらいの額がかかっていたんですか?」
「山賊としては、大きな組織の頭だったからな。ベルトランが160万ゴールド、セバスが40万ゴールド。合計、200万ゴールドだ」
その金額を聞いた時は、おー、すごい金額だな、と思っただけだった。が、次の瞬間、ぼくは愕然とした。
あることを思い出してしまったからだ。
ぼくが反応できないでいるのを、あまりの大金に驚いていると思ったんだろう。バートはにやりと笑って、こう言った。
「大金持ちだな。もう一人か二人、奴隷でも買うか?」
応接室から出たら、今度は受付で呼び止められた。カウンターに向かうと、受付嬢は笑顔で、
「先日の山賊討伐の功績によって、ユージさんの冒険者ランクがCランクに昇級することが決定しました。ギルドカードの更新をしますので、提示をお願いできますか」
ぼくがカードを出すと、彼女はそれを何かの魔道具らしいものに置きながら
「ところで、ユージさんはこれからも、この街にとどまって活動されるおつもりですか?」
「いえ、リトリックに戻る予定です。もともと、この街に移って来たのは、ベルトランに狙われているという情報があったからなんです。それで、彼らの縄張りから離れた街に行こうと思ったんですね」
「ああ、なるほど。それではしかたがないですね。ユージさんはコンスタントに依頼を達成してくれるので、デモイのギルドとしては、ちょっと残念ですけど」
彼女は、魔道具からカードを外して、ぼくに手渡した。
「それでは改めまして、昇級、おめでとうございました。またなにかの機会がありましたら、この街にもお立ち寄りください」
その三日後、ぼくとリーネはデモイの街を出た。ここに来た時と違って、二人とも馬に乗っての出発だ。が、急ぐ旅でもなかったから、ぼくたちは徒歩の旅人とほとんど同じようなスピードで、リトリックへの道を進んでいた。
ゆっくりしていると心配なのは、道中で襲ってくる魔物や盗賊なんだけど、今回はどういうわけか、どちらもほとんど現れなかった。山賊については、もしかしたらベルトランが退治されたという知らせが彼らにも伝わっていて、その影響が出ているのかもしれない。
魔物は何度か顔を見せていたけど、ラビットやウルフといった小物ばかりで、彼らは身の危険を察知したのか、ぼくたちの姿を見るなり、森の奥へと姿を消していった。
リトリックまであと一日、という場所まで来た日の夜。ぼくたちは例によって、マジックバッグから取り出した料理とリーネに入れてもらったお茶という、夜営にしては優雅な夕食をとっていた。
「ユージ様の手綱さばきも、だいぶ、さまになってきましたね」
お茶を飲みながら、リーネがぼくの乗馬の講評を始めた。
「膝をうまく使って、馬の負担が少なくなるような乗り方を心掛けてください。疲れたら、時々は鞍に座ってもかまいませんが、第一には馬のことを考えて。そうすることで結局は、ユージ様の負担も少なくなります」
ちなみに、リーネの馬の乗り方は立ち乗りで、基本的にはずっと、あぶみの上に立ったまま乗り続けている。これはリーネの部族の流儀らしく、イカルデアの騎士団の人たちとはかなり違っていた。それでも長時間乗り続けてみると、確かにこの乗り方の方が、疲れが少ないように感じた。乗馬方法の批評ができるほどの経験は、積んでいないんだけどね。
「速く走ろうとすると、まだガタガタするけどね」
「それを抑えるには、経験を積まないといけませんね。ですが、焦ることはありません。どちらにしろ、馬はそれほど長い時間、速く走ることはできないんです。私たちだって駆け足をするより、早足くらいの速度で地道に歩き続ける方が、最終的には長い距離を歩けるでしょう? それと同じです。長旅をするのなら、今のような乗り方が、一番速い乗り方なんですよ」
夕食も終わり、もうすぐ交替で寝ずの番をする時間になる。明日の夕方くらいには、リトリックに着くだろう。
街に入る前に、ぼくはリーネに話しておきたいことがあった。
「ところでリーネ。ぼくたちがどうしてリトリックへ行くのか、わかってる?」
「え? デモイに行ったのは、山賊から逃れるためでしたよね。その山賊がいなくなったから、戻るのではないのですか? それにあの街には、ユージ様のお友達もおられますし」
「うん。それもあるんだけど、あそこでないとできないことがあるんだ。リーネが以前いた、マルティーニ商会に行きたいんだよ」
「ああ、デモイのギルド長もそんなことを言っていましたね。ユージ様、どうされます。奴隷をもう一人増やしますか? パーティーが三人になれば夜営も楽になりますし、迷宮に潜る時も、これまでより深い層まで行けるようになるでしょう」
マルティーニ商会の名前を聞いても、リーネは特に表情を変えることもなかった。自分を奴隷として売った商会なんだけど、遺恨のようなものはないのかな。そういえば、ぼくが買った時のリーネは、体に傷なんてなかったし、痩せてもいなかったっけ。商会での待遇は、それほど悪くなかったんだろう。
でもぼくには、奴隷を買いたすつもりなんてなかった。
「いや、ぼくは買わないよ」
そして、こう付け加えた。
「あえて言えば、君が買うんだ」
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