第80話 初めての○○○
迷宮から出ると、外はまだ真っ暗だった。
出口のすぐそばの木に、馬が二頭、手綱がつながれているのを見つけた。どうやら、山賊たちの持ち物らしい。リーネが馬の扱いができるというので、馬を引いて街へ戻ることにした。街の近くまで行ったら、マジックバッグから死体と剣を出して、馬に積み替えておこう。
まだ未明のうちに街に着き、門の外でしばらく待つ。開門時間が来て、街の中に入ったあとも、ギルドの営業開始まで、ギルド前で待つことになった。寝不足だけど、しかたがない。ぼくの隣では、リーネも少し、うつらうつらとしていた。一晩中、ご苦労さま。ここは魔物はいないけど、盗っ人はいるかもしれないから、ぼくが起きているよ……。
ようやくギルドのドアが開いた。死体を積んだ馬の番をリーネに任せて、ぼくはカウンターに向かった。
「おはようございます。どのようなご用件でしょう」
「山賊を倒したので、確認をお願いしたいんです」
「山賊ですか? それは、賞金が掛かっているような相手でしょうか」
「だと思います。ベルトランと、セバスという二人なんですけど」
「ベルトランとセバス、ですか……え? ベルトランって、あのベルトラン?」
受付嬢はあわてた様子で、カウンターの下からファイルを取り出した。パラパラとページをめくっていたが、
「……あのー、確かにベルトランとセバスという賞金首はいるのですが、縄張りはこのあたりではなく、アイロラの方なんです。おそらく何かの間違いか、あるいは別の山賊が、勝手に名前をかたったのではないかと思うんですが」
「いえ、そのベルトランで間違いないと思います。とりあえず、死体を確認してもらえませんか?」
「わかりました」
ぼくは受付嬢を、リーネがいる馬のそばまで連れていった。さすがにギルドで受付をしているだけあって、彼女は死体を見ても平然としていたけど、ファイルの内容と見比べると、難しい顔つきになった。
「確かに、人相や体格は似ていますね……とりあえず、この死体をギルド裏の作業場まで運んでもらえますか? 私はギルド長に確認してきます」
二人の死体を運び終えたあと、ぼくたちは応接室に通された。ソファーに座って、かなり長い時間待っていると、ようやく、六十代くらいの細身の老人が、ドアを開けて入ってきた。
「待たせたな。ギルド長のバートだ。ベルトランを倒したというのは、おまえか?」
「はい。Dランク冒険者のユージです。それからこっちは、ぼくの仲間のリーネです」
「Dランク? それにしては、でっかい件を持ち込んできたじゃないか」
バートはぼくの向かいのソファに腰を下ろすと、さっそく用件に入った。
「おまえらが持ってきた死体だがな。たしかに人相書きを見ると、人相や体格、顔や体の傷跡が一致している。だが、なにしろここは、縄張りから離れているんでな。断定することはできん。他に何か、証拠のようなものはないか?」
「証拠ですか。では、この大剣はどうでしょう? 大男の方が使っていたものですけど」
ぼくは、ソファーの後ろに置いていたベルトランの大剣を、バートに手渡した。バートは大剣を鞘から抜いたあと、剣ではなく鞘の方をじっと見つめた。
「……なるほど。どうやらこの剣は、ベルトランのもので間違いないようだ。この、鞘の装飾が独特でな。高名な職人の作った、一点物なのだそうだよ。もちろん、やつが犠牲者から奪い取ったものだが、それでもベルトランが持っていたものには違いがない」
バートは剣を鞘に納め、テーブルに置いた。
「これで、まず間違いはなくなったと思う。残るは疑問は、なぜやつが、アイロラから離れたこんな街に現れたか、なんだが」
「ああ、それはですね」
ぼくはこれまでのいきさつを話し、山賊のダーレンを倒したらベルトランに狙われる羽目になったことを、バートに説明した。
「リトリックの冒険者ギルド長の、ゴドフリーさんに確認をとっていただければ、わかると思います」
「そうか。ダーレンを討伐したのも、おまえたちだったのか」
バートはそれで納得がいった、という風に深くうなずいた。
「どうやら、これで決まりのようだな。とは言え、この件の管轄はアイロラだ。あちらに照会をかけなければならん。答が返ってくるまで、しばらく掛かるかもしれんが、その間は、この街にいてくれ。それから、この剣はこちらで借りておきたいんだが、かまわないか?」
「かまいません。よろしくお願いします」
ぼくは頭を下げた。
ギルドを出たあと、ぼくとリーネは食堂で遅い朝食、というより早めの昼食を食べた。いつもの焼き肉定食が、今日ばかりは、なかなか胃に入っていかなかった。宿に戻って、二人ともベッドに倒れ込み、夕食の時刻まで、ぐっすりと眠ってしまった。
夕食前にはなんとか目を覚まして、ぼくたちは階下の食堂で食事を済ませた。その後、再び部屋に戻り、いつもどおり桶にお湯を作って、体を拭き始めた。
タオルを湯に浸して、そのタオルで体を拭く。それを繰り返すうちに、お湯には赤黒い色がついてきた。迷宮の中でも体は洗ったけど、それほど時間をかけなかったので、洗い残しがあったようだ。窓からお湯を捨て、もう一度「ウォーター」と「ファイア」で作り直して、改めて体を拭く。透明だったお湯は、また少し赤黒くなった。
それを見たぼくは、なんだか急に寒気がした。
この世界に来てから経験してきたさまざまなことが、いっぺんに襲ってきたような気がした。同級生との剣術の稽古で、死にかけたこと。初めてヒト型の魔物と戦って、それを殺したこと。初めて、魔物ではないヒトと戦って、それを殺したこと。初めて圧倒的な力を持つ魔物と対面し、あっという間に殺されたこと。初めて、圧倒的な力を持っていたはずだった存在が、死体となって横たわっているのを見たこと。そして今日、初めて自分の意識が向いている相手に体を切り裂かれて、殺されたこと。つまり、リアルな本当の「死」を、経験したこと。
「ぼく、何か悪いことでもしたのかなあ……」
思わず、声に出てしまった。それもジョークや軽口ではなく、本気の口調で。
何度も殺されたあげくに、一緒に連れてこられた仲間たちとは切り離され、知り合いもいない街の宿屋で、血の着いた体を洗っている。たった、一人で。ついこの間まで、ごく普通の高校生だったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
体が小さく震えているのは、まだ服を着ていないせいだろうか。でも、それに気づいて服を着たあとも、震えは止まってくれなかった。
ちょっと気分を変えよう。そうだ、すっかり忘れていたけど、一度死んで、生き返ったんだっけ。ぼくは久しぶりに、自分に「鑑定」をかけてみることにした。
【種族】ヒト(マレビト)
【ジョブ】剣士(蘇生術師)
【体力】18/18 (98/98)
【魔力】6/6 (22/22)
【スキル】剣 強斬 (蘇生 隠密 偽装 鑑定 探知 縮地 毒耐性 魔法耐性 打撃耐性 小剣 投擲 火魔法 雷魔法)
【スタミナ】 18(69)
【筋力】 17(96)
【精神力】12(33)
【敏捷性】5(7)
【直感】2(6)
【器用さ】2(7)
やっぱり、かなり数値が上がってる。今回は、主に体力と筋力か。あ、「強斬」なんてスキルが増えてるな。これも、「偽装」のスキルで隠しておくか……。
だけど、この前ステータスが上がった時はかなりうれしかったのに、今回はあんまり、心が弾まなかった。
そんなことを考えていたら、リーネから声が掛かった。
「ユージ様、終わりました」
いつの間にか、ぼくは体を拭くのを終え、手桶にお湯を作って、リーネに渡していたらしい。無意識のうちに体が動いて、いつもの動作をしていたんだろう。もう服を着替えていたリーネは、立ち上がって、窓からお湯を捨てた。そしてベッドに腰掛けたところで、ぼくの様子がおかしいことに気づいたようだ。
「ユージ様? どうかされましたか」
「うん。いや、なんでもないよ」
「今日は、たいへんな一日でしたからね。少し早いですが、もう、お休みになりますか」
「そうだね。そうしよう」
ぼくは「ライト」の魔法を止めた。すぐさま、部屋に暗闇が訪れる。リーネのベッドから、少し衣擦れの音が聞こえて、すぐに静かになった。ぼくは自分のベッドに腰掛けたけれど、そのまま横になる気にはなれなかった。顔をひねって、背後のベッドを見た。暗さに少し目が慣れてきて、布団の中のリーネの寝姿が、うっすらと浮かび上がってきた。
「ねえ、リーネ」
「はい?」
リーネが答えた。まだ、眠ってはいなかったらしい。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか、ユージ様」
口に出しかけた言葉を、ぼくはいったんは、飲み込んだ。だけど思い切って、リーネにこう告げた。
「今日、そっちのベッドに入ってもいいかな」
ほんのちょっとだけ、間が開いた。けれどすぐに、はっきりとした言葉で、彼女から返事が返ってきた。
「はい。どうぞ、ご主人様」
ぼくは立ち上がった。リーネが入っている布団を少しめくって、リーネが寝ているベッドに入る。彼女はまだ、背中を向けたままだ。けれど、リーネから漂ってくるかすかに甘い匂いが、ぼくの胸を少しだけ熱くした。
「こっちを向いてくれる?」
「はい、ご主人様」
リーネは寝返りを打って、ぼくの方を向いてくれた。大きな、少し潤んだ瞳が、ぼくのすぐ目の前にあった。なんだか恥ずかしげに、ぼくから視線を外している。
「抱きしめてもいいかな」
「はい、ご主人様」
ぼくはリーネの体を抱きしめた。服を通して伝わってくる彼女の体温は、とても温かかった。少し力を込めると、彼女の豊かな双丘が、ぼくの胸に押し当てられるのを感じた。
「キス、してもいい?」
「はい、ご主人様」
「あの、それから……」
「はい、ご主人様……」
その夜、ぼくとリーネは初めて、一つになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます