第79話 さっそくの封印

 目を開けると、ごつごつとした石の天井が見えた。


 発光石のかすかな灯りに、ぼんやりと照らされている。それともそれは、山賊の手下が持っていた魔道具の光だろうか。ぼくはゆっくりと息を吸い、吐いてみた。そして、右手をゆっくり開閉して動くのを確かめてから、てのひらを左の胸に当てた。トクン、トクンと、心臓がゆっくり鼓動しているのがわかった。


 ぼくはふうーっ、と、長く息を吐いた。


 なんとか、生き返ることができたらしい。もちろん、蘇生スキルのおかげだった。

 ぼくは首だけを動かして、空き部屋の中を眺めた。山賊たちの死体が、そこかしこに散らばっている。その中に、ひときわ大きな体が倒れているのが見えた。ぼくはよっこいしょと声をかけながら立ち上がって、その体に近づいていった。そして「ライト」を唱えて、室内を少し明るくした。

 倒れていたのは、ベルトランだった。


 彼の体は、左の首筋から斜めに切られていた。その傷は、思ったほど深くはない。そうか、クナイが刺さらないくらいだからな。刀傷だって深くはつけられないか。それでも、これだけの傷をつけてくれた日本刀に、感謝すべきなんだろう。

 傷が浅かったので、もしかしたらまだ生きているのでは、と思ったけど、間違いなく息絶えていた。首の傷からは、けっこうな出血の跡があったから、出血性のショック、ってやつだろうか。それともあれかな? 心臓とか血管に持病でも持っていて、それが影響したのかな。山賊なんてやっていたら不養生だろうし、戦いには強くても、病気やケガには弱い体だったのかもしれない。

 男の死体を見下ろしながら、ぼくは最後に繰り出した技を思い返していた。


 秘剣・相打ち。


 思うんだけど、相打ちになるのを覚悟すれば、どんな人でも戦闘力は倍増するんじゃないだろうか。防御のことを考える必要が無くなるし、攻撃だけに専念していいのなら、使っていい攻撃手段も増える。なにより、敵の意表を突くことができて、それは相手の動きを鈍らせることにもつながる。さっき、ベルトランの剣よりぼくの刀の方が早かったのは、たぶんこのおかげだろう。

 「剣道三倍段」と言う言葉があるけど、相打ちも「相打ち三倍段」、下手をすると四倍段くらいはあるんじゃないかな。

 そしてこの技は、ぼく以外には使えない必殺技だ。正確には、一度だけなら他の人も使えるけど、繰り返し使うことができるのは、たぶんぼくだけだ。

 まさしく、ぼくだけの「秘剣」なわけだね。


 ……


 …………


 ………………


 二度とやらないぞ・・・・・・・・


 怖いし。痛いし。あー、これは死ぬなー、と思ってたら本当に死ぬし。切られるなんて一瞬だからたいしたことないだろうと思っていたら、全然違った。だいたい、皮膚の表面をちょっとケガするだけで、あれだけの痛みを感じるんだ。皮を切られ、筋肉を裂かれ骨を砕かれ、そのうえ内臓までぐちゃぐちゃにされたら、どれだけの痛みになるか……。

 しかも、「一瞬」なんてことは、全然無かった。なんだか、ものすごく長い時間、痛みを感じていたような気がする。受けた傷からすると、たぶん即死で間違いないと思うんだけど、これが「心理的な時間」というものなんだろうか。ほら、死ぬ寸前に、これまでの人生の走馬灯が見える、というやつ。あれの「痛み」版をみせられていたような気がする。とにかく、長かった。

 ぼくは今までに何度か死んでるけど、あれは不意打ちだったり、あまりの早業に何が何だかわからないうちに殺されていた。自分から死にに行ったんじゃない。あんな大きな剣が、自分の体を切り裂いていくのをずっと感じているなんて、とても耐えられることじゃあない。

 この怖さを知ってしまったら、この技を使う時に攻撃に専念するなんて、できそうもないな。怖さのため、相手よりもこっちの動きの方が鈍くなりそうだ。……そうか。こうなってしまったってことは、さっき言った「相打ちの強み」が無くなった、ってことなんだな。

 だから、この技は封印だ。


 そんなことを考えながら立ちすくんでいるところへ、リーネが戻ってきた。


「ユージ様! ご無事でしたか」

「……なんとか、ね。リーネは? ケガはしていないようだけど、山賊はどうした?」

「六人とも、倒しました。途中でダンジョンコボルトの群れに会いましたので、それを彼らに押しつけて。コボルトとの戦いで隙を見せたものから、一人ずつ、倒してきました」


 え、それはすごい。ぼくとしては、適当に逃げ回ってもらって、兵力を一時的に分散してもらうだけでもよかったんだけど。


「そのう、ユージ様のお怪我は、だいじょうぶなのですか?」


 リーネは心配そうな顔で、ぼくの体をのぞき込んできた。そういえば、蘇生スキルのことはまだ、リーネに話していなかったな。

 そう言われて、ぼくは改めて自分の体を見た。身につけていた革鎧は、肩口からおへそのところまで、切り裂かれている。どうやら、上半身はほとんど真っ二つになっていたらしい。当然、ぼくの体は、全身が血まみれになっていた。

 それにしても、蘇生スキルって、どんなふうに働くんだろう。傷口が元に戻るくらいならなんとなくわかるけど、離れている箇所はどうするんだ? もしかしたら、断面から触手的なものが伸びていって、互いを引っぱり合うとか……。

 いや。気持ち悪いことを考えるのはやめよう。

 なんとなく、本当のことを言いたくないような気分になったぼくは、こんな答をしてしまった。


「うん、ちょっと高性能なポーションを持っていてね。それを飲んで、ぎりぎりで回復することができた」


 リーネは、少し不思議そうなな表情をしたけれど、ぼくを問いつめたりはしなかった。ぼくは時間を計る魔道具を取り出して、こう言った。


「午前三時くらいか……。朝まではまだ時間があるけど、ここを片付けたら、もう帰ろう。ちょっと、疲れた」


 ぼくたちは、空き部屋の中を少しだけ片付けた。投げたクナイを拾い、使えそうな刀を回収する。が、例によって、手下たちの装備にはろくなものがなく、ベルトランとセバスの剣を持っていくだけにした。ベルトランのは大きすぎるから、武器屋にでも売ってしまおうかな。鞘を見ると、けっこう細かい装飾も入っているから、もしかしたら高値で売れるかもしれない。

 山賊たちの死体も、ベルトランとセバスの二人分だけ、マジックバッグにしまった。子分たちのは、賞金がかかっているかどうかもわからないので、パス。そのうちに、迷宮の魔物たちがきれいに掃除してくれるだろう。

 血の匂いで魔物が寄ってくると面倒なので、ぼくは血まみれでボロボロになった装備と服を予備のものと取り替え、ついでに生活魔法の「ウォーター」で出した水で、ざっと体を洗った。


 まさか、魔物のうようよいる迷宮の、死体がごろごろしている部屋で、お湯を使うことになるとは思わなかった。



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