第78話 秘剣、○○○
「コレガ『キョウカ』ダ!」
ベルトランは叫んだ。キョウカって、「狂化」だろうか。そういえば、彼のジョブは「狂戦士」で、スキルにも狂化というものがあった。ぼくは鑑定スキルで、改めてベルトランのステータスを確認した。
【種族】ヒト
【ジョブ】狂戦士
【体力】56/56 → 112/112
【魔力】9/9 → 4/4
【スキル】強斬 連斬 狂化 威圧 打撃耐性 大剣
【スタミナ】 43 → 21
【筋力】 59 → 118
【精神力】18 → 9
【敏捷性】3
【直感】5
【器用さ】1
体力・筋力の数値が倍になり、魔力・スタミナ・精神力が半分になっている。しゃべりも片言になっているのを見ると、理性を犠牲にして、パワーを上げている状態なのだろう。まさに「狂化」だ。増えた分と減った分を比べれば、魔力などが元から多くない人にとっては、けっこう優れたスキルなのかもしれない。
なんてことを考えている間にも、ベルトランは大剣を振りまわして、こちらに突っ込んできた。
ぼくは再び、刀を使って彼の突進を受け止めようとした。だけど、彼のスピードもパワーも、さっきまでとは段違いになっている。剣を合わせるのも一苦労で、うまく受け止めてつばぜり合いになっても、押し負けて体勢を崩され、後ろに下げられた。
要するに、さっきの話が、逆になってしまったんだ。技量の無い者同士の戦いは、パワーが上の者が優位に立つ。だから、狂化したベルトランの方が、上になった。ぼくが簡単に押し切られなかったのは、これもさっきと同じ理屈で、狂化した彼が技術なんてものをまったく無視して、力任せに剣を振り回しているためだった。
なんとかベルトランの猛攻をしのいでいたぼくだったけど、このままではじり貧だ。そこでなんとか活路を見いだそうと、剣戟の合間に呪文を唱えた。
「《ファイアーボール》!」
目の前に現れた炎の玉が、ベルトランに向かって走る。だけど、休み無く剣を振り続けているベルトランは、ついでとばかりに炎も切ってしまい、火魔法はあっけなく消滅した。
「くっ、『投擲』!」
それでもわずかに生じた隙をついて、ぼくはクナイを投げつけた。狙い違わず、クナイはベルトランの首に突き刺さる。だけど、のど笛に刺さったと思ったクナイは、黒ずんだ皮膚を貫くことができず、はじき返され床に落ちてしまった。
「キカヌ!」
「皮膚まで硬くなってるの? なんだよ、それ!」
今の攻撃で、今度はぼくに隙ができてしまったらしい。ベルトランが大きく踏み込んできて、剣を横なぎに払った。なんとか刀をあわせることはできたものの、十分に腰を入れるまではいかなかった。ぼくは刀と共に吹っ飛ばされて、空き部屋の隅まで転がった。
すぐに立ち上がったものの、ベルトランも素早く距離を詰めてきた。さっきとは真逆、ぼくが部屋の隅に追い詰められる形になってしまった。
まずい、まずいぞ……ぼくは必死に頭を働かせた。
さっきも思ったけど、これって狂化というスキルを使ったんだよな。この手のスキルって、時間制限があるのがお約束だ。そうでなければ、ずっとこんな状態のままになってしまう。オンオフが自由にできる可能性もあるけど、それなら追い詰められる前に使っているだろうし、スキルの名前からしても、思い通りにできないから「狂」化なんだろう。
だとしたら、時間切れを待つべきか? だけど、その時間稼ぎが難しい。さっきからほぼ防戦一方で、その結果、部屋の隅に追い込まれているんだ。それにそもそも、あとどれくらい待てばいいかがわからない。
では、ぼくが持っているスキルを使って、なんとかできないか? でも、火魔法と投擲はもう使ってしまったし、既に相手に認識されているので、隠密で隠れるのも無理だ。雷魔法も、攻撃力は火魔法よりも低いから、目潰し以上の効果は期待できそうにない。
残るは縮地だけど、あれは遠くから瞬時に近づいたり、瞬時に離れたりして敵の不意を突くもの。こんなに距離を詰められると、あまり意味がない。
動きを止めたぼくを見て、ベルトランが高笑いした。
「サッキトハ、タチバガ、ギャクテンシタナ!」
そう、ぼくには、完全に打つ手がなくなっていた───。
……
…………
…………………
ただひとつを除いては。
「コレデ、トドメダ!」
ベルトランは、これ見よがしに大剣を掲げて、大きく振りかぶった。盛り上がっていた肩の筋肉が、更に怒張する。
こうなってはしかたがない。
ぼくも覚悟を決めた。
「シネ!」
ベルトランが、すさまじい勢いで剣を振り下ろした。ほとんど同時に、ぼくも彼の剣に合わせて、刀を上段から振り下ろした。このままだと、二つの剣はぶつかり、そしてたぶん、ぼくの方が打ち負けただろう。
「秘剣──」
だけどその直前、ぼくは手首を返して、左右の腕をクロスさせた。刀の角度が変わり、剣先の描く軌道も変化する。ぼくの刀の軌道とベルトランの剣の軌道は、ほぼ平行になった。
「──相打ち」
「ナニ!」
ベルトランの真っ赤な瞳に、驚きの色が浮かんだ。だけど、今さら剣を止めることなどできない。もちろん、ぼくも止める気はなかった。刀と剣は交わることなく進んでいき、それは互いの敵の体に達して、思う存分に引き裂いた。
「グァ!」
ベルトランが叫び声を上げた。ほんの少しだけ、ぼくの刀の方が早く相手に届いたらしい。だけどその直後、ぼくの視界は真っ赤に染まり、激しい痛みが全身を駆け巡った。口を開くこともできないままに、ぼくの意識は途切れた。
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