第77話 オレノキリフダ
残る山賊は、たった二人になった。
親玉ベルトランと、名前も知らない子分が一人。だけど子分のほうは、これまでの戦いを見て、すっかり戦意を失ったらしい。腰の引けた格好で剣を構えながら、じりじりと後ずさっていたけど、急に背中を向けて、
「お、お頭! おれ、さっきの女を追ってきます!」
そう叫んで、出口の方へ駆け出そうとした。だけど、ベルトランは子分の逃亡を許さない。持っていた大剣をぶん、と振るって、後ろから彼を切りつけた。子分は背中から血を吹き出しながら走り続けたけど、十歩ほど進んだところで前のめりに転がって、そのまま動かなくなった。
ベルトランは大剣を肩にかつぎなおして、ゆっくりとぼくの方に向き直った。
「それじゃあ、やるか。てめえもここまでやっておいて、逃げるつもりはないんだろう?」
ベルトランの言葉に、ぼくはうなずいた。
尾行に気づいた時には、逃げるのも選択肢にあった。けど、こんなところまで追いかけてくるやつらだ。この先も同じことが繰り返されるかもしれないし、暗殺者でも雇われて、そいつにずっと付け狙われたりしたら、かえって面倒なことになるだろう。
「ここで決着をつけよう」
ぼくはそう答えて、血まみれになった剣を地面に突き刺すと、マジックバッグから日本刀に似た刀を取り出した。持っていた刃物の中では、これが一番しっかりした品だったからだ。
が、それを見たベルトランは、かっと目を見開き、こちらをにらみつけてきた。その視線の先にあったのはマジックバッグではなく、刀だった。あ、そうか。これは彼の弟分の、ダーレンが持っていたものだったっけ。
鬼の形相のまま、ベルトランは短く高笑いした。
「ここまで俺を怒らせたやつは、久しぶりだ。……できるだけ、俺を楽しませろ! それができたら、ほうびに楽に死なせてやる!」
ベルトランは剣をかついだままの体勢で、こちらに突っ込んできた。そして両手で剣の柄を握り、思い切り剣を振り下ろした。ぼくも手にした刀を後ろに引き、渾身の力を込めて敵へぶつけた。まるで何かが爆発したような音を立てて、二つの刃物がぶつかった。
「なに!」
ベルトランが驚きの声を上げた。巨漢のベルトランの剣を、細身のぼくが真っ向から受け止めたからだ。剣と刀は、ぎりぎりと耳障りな金属音を立てながら、せめぎ合っていた。最初は押され気味だったぼくの刀が、少しずつ押し返していき、ついには刀の先端が、ベルトランの眼前に届くまでになった。
「くそが!」
ベルトランは気合いと共に剣を跳ね上げ、即座に、上げた剣を打ち下ろした。その剣に合わせて、ぼくも再度、刀をぶつけていく。力比べの打ち合いが二合、三合と続いたけれど、ぼくは一歩も後退することなく、ベルトランの剣をさばいていった。
「てめえ、今度はどんな小細工をしやがった!」
ベルトランは叫んだ。だけど、こいつとのやり取りでは、ぼくは何の細工もしていない。というのも、ぼくの現在のステータスは、こんな感じになっているからだ。
【種族】ヒト(マレビト)
【ジョブ】剣士(蘇生術師)
【体力】18/18 (85/85)
【魔力】6/6 (22/22)
【スキル】剣 (蘇生 隠密 偽装 鑑定 探知 縮地 毒耐性 魔法耐性 打撃耐性 小剣 投擲 火魔法 雷魔法)
【スタミナ】 18(69)
【筋力】 17(75)
【精神力】12(33)
【敏捷性】5(7)
【直感】2(6)
【器用さ】2(7)
偽装スキルで表示を変えてあるけど、カッコの中が本当の数値だ。さっき「鑑定」で読み取ったベルトランのステータスは、体力五六、スタミナ四三、筋力が五九。外見はともかくとして、実際のステータス上では、どの数値も、ぼくの方が上回っている。力と力の戦いで、有利になるのは当然だった。
その意味では、今相手をしているベルトランより、さっき倒したセバスの方が、やりにくい相手だったな。あいつはパワーで押してくるんじゃなくて、技量で勝負してくるタイプだったから。剣の腕では、ぼくなんてかなうわけがない。
そして、いくら体力やスタミナ、筋力が勝っていたとしても、剣で切られたら、人は死んでしまう(「一度だけなら生き返る」というツッコミは無しの方向で)。だからこそ、いろいろと策を講じて、不意打ちのような手で倒さざるをえなかった。
それに引き換え、ベルトランの相手は気が楽だ。向こうがパワーで来たら、こっちもパワーで押し返せばいいんだから。技量が関係なければ、パワーが上の者が優位に立つ。簡単な話だ。
とはいえ、ステータスが上のはずのぼくが今ひとつ押し切れないでいるのは、ぼくの技量がベルトランよりさらに下、ということなんだろうけど。
それでも、打ち合いが続くうちに、ベルトランは一歩、また一歩と後退していった。純粋な力の差に、抗しきれなくなったんだろう。あと数歩で、彼の背中は空き部屋の壁にぶつかる。そしてこのまま行けば、後ろに下がれなくなったときが、ベルトランの最後になるだろう。
ぼくがそう思った時、ベルトランは大きく後ろに飛んで、自らの体を空き部屋の隅に置いた。
「見事だ! てめえのようなやつに、この俺がこうまで追い込まれるとはな! だが、ここまでだ!」
ベルトランはこう叫ぶと、何やら中空を見つめて、歯を食いしばった。
そのとたん、彼の形相が変わった。目が血走り、こめかみに血管が浮かぶ。さらには、数多くの醜いしわのようなものが、彼の顔全体に刻まれていった。
「俺の、キリフダを、ミセテヤル……」
その間、ベルトランの体全体にも変化が起きていた。ただでさえマッチョだった全身の筋肉がさらに盛り上がり、そのために粗末な革鎧は肩から裂けて、ついには完全に脱落した。その下からのぞく皮膚は、全体に黒ずんでいる。
あ、やばい、なんか始めやがった──ぼくはあわてて刀を振るったが、ベルトランはさっきとは比べものにならないほどの反応速度で、ぼくの一撃に剣を合わせてきた。
「コレガ『キョウカ』ダ!」
そう叫びながら、つばぜり合いしていた剣を、思い切り跳ね上げた。そのあまりのパワーに、ぼくは数メートルほども後ろに吹っ飛ばされてしまった。
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