第76話 勝利の魔球

「おまえを追い詰めたつもりが、逆に誘い込まれてた、ってわけか」


 実をいうと、そのとおりだった。


 三日前、迷宮に入った日に、ぼくは妙な気配に気がついた。探知スキルのレーダーに浮かんだ、街を出た時から一定の距離を取ってついてくる、二つの気配。迷宮に入ってもその尾行は続き、狩りを早めに切り上げて宿に戻った後も、そいつは宿の前に張り付いていた。

 山賊に見つかった、と確信したわけではなかったけど、念のために、あの日の戦闘では魔法やスキルは使わないようにした。こっちの手の内を見せたくなかったからだ。


 その翌日、山へ行こうとした時も、二つの気配は後ろについてきた。それに加えて、今度は前方五百メートルの山の中に、たくさんの気配が潜んでいた。レーダー形式で、探知をつけっぱなしにしていたおかげで、気づくことができんだ。

 足をひねったふりをして、あわてて街に引き返したんだけど、もしも追いかけられていたら、まずいことになったかもしれない。だけどこの世界、携帯電話なんて便利なものはないからね。山賊の方も、自分たちが待ち伏せしているところまで来るに違いない、と思ったままだったんだろう。追いかけては来なかった。

 尾行してきた気配も一緒に街に入って、食堂の中までついてきたので、ぼくはあえて、これからの予定をリーネに話した。近々、街を出ること。出たらもっと東、つまりベルトランの縄張りから遠い場所へ行くこと。その前に、もう一度迷宮に潜って、空き部屋で一泊すること。

 これを大声でしゃべったのは、山賊への誘いのつもりだった。迷宮攻略で疲れて眠っているところを、多人数で取り囲んで襲う。これほど確実なことはないだろう。でも、ぼくとしても、その方が都合が良かった。山の中で取り囲まれて四方から切りかかられるよりは、どん詰まりでも一方向だけから攻撃を受けるほうが、まだ対策のしようがあるから。

 リーネには、食堂から宿に戻った後で、このことを打ち明けた。そうして二人で対策を考えた後、ぼくは夜間の戦闘に備えて、ぐっすりと眠った。リーネにもそうしてもらいたかったけど、二人とも昼間から宿にこもっていたら、見張りに怪しまれるかもしれない。そのため、彼女には普段どおりに過ごしてもらった。

 そうそう、戦いの途中でリーネだけが逃げ出すことも、予定どおりだった。数人でも引き連れていってくれればその人数が減るし、リーネみたいな美人なら、たとえ捕まっても、殺されはしないだろう。


 ぼくが黙ったままでいると、セバスはベルトランを振り返った。


「ボス、こいつは俺にやらせてください」


 ベルトランは無言でうなずいた。一対一でやらせてくれるらしい。まあ、見た感じで言うと、ベルトランは複数で協力して戦う、というタイプでもなさそうだからね。

 セバスはまっすぐに姿勢を伸ばし、手にしたロングソードの刃先を真上に立てた。いくぶん、体を左にねじった格好で、まるで王城で見た騎士のようなポーズだ。今まで倒してきた手下たちと違って、なんだか構えがサマになっている。もしかしたらこの男も、元は騎士だったんだろうか。

 改めて、正面からクナイを投げてみる。が、この投擲は、剣によって簡単にはじかれてしまった。


「どうやらおまえは暗殺者タイプ、それも遠距離攻撃が得意なタイプのようだな」


 構えを崩さないまま、セバスが一歩、二歩と進んできた。


「そんなやつが、剣の戦いで俺に勝てるかな」

「そういうあんたは、騎士だったのか?」

「昔の話だ。農民上がりだったから正騎士にはなれなかったが、剣の腕前だけなら、ダーレンの旦那も認めてくれてたんだぜ。

 そんな旦那を、後ろから投げナイフなんて卑怯な手でやっちまうなんてのは……俺には許せねえんだよな」


 いやいや。それを言うなら、あいつは大人数で一台の馬車を襲ってただろ。それ以前に、法律違反で飯を食ってるやつに、卑怯がどうのとは言われたくないな。

 ぼくはもう一度クナイを投げ、それと同時に、ライトの魔法を消して周囲を暗くした。が、セバスはこの奇襲も、剣一本で防いでみせた。


「甘い!」


 そして一気にぼくとの距離を詰めて、強烈な垂直切りを放ってきた。ぼくがかろうじて左にかわすと、今度は素早い水平切りで追撃してくる。これになんとか剣をあわせて、バックステップで距離を稼ごうとしたら、今度は水平に動いていたはずの剣先が、目の前まで迫ってきた。動作の途中で、突き技に変えたらしい。

 二つ、三つと連続で入れられる突きに、ぼくはとっさに呪文を唱えた。


「《ファイアーボール》!」

「ふん!」


 炎の玉が相手に襲いかかっていったけど、セバスが剣を横に払うと、それはきれいに真っ二つにされて、消えてしまった。さっきのベルトランといい、火魔法を消す剣術なんてものがあるのかね。ただ、そのおかげで、少し距離を取ることはできた。

 剣の達人っぽい人を相手に、剣で勝負するなんてことはできない。ぼくはすぐさま、魔法を詠唱した。


「《ファイアーボール》! 《ファイアーボール》!」

「同じ手は通じん!」


 ぼくは火魔法を連発するが、セバスも連続して剣をふるって、それを打ち消していく。だけど、これは時間稼ぎ兼、目くらまし。その間に、ぼくは素早くマジックバッグを開いていた。


「『投擲』!」


 バッグから取り出した石を、思い切り投げつける。セバスは、これも既に見切ったとばかりに、石の飛んでいくコースに剣を合わせようとした。


「その技は、もう何度も見──」


 が、次の瞬間、彼は驚きの声を上げた。


「なに?!」


 投げた石が急にコースを変えて、セバスが出した剣の下をかいくぐったんだ。これぞ、あの有名な魔球──


 フォークボールだ。


 いや、昔はフォークボールも、「魔球」と呼ばれてたらしいですよ。ぼくにはフォークボールなんて投げられないし、今投げたときもフォークの握りなんてしていない。ただ、縫い目のないつるんとした石は、野球のボールよりも表面の摩擦は小さくなるはず。となると、無回転のフォークボールみたいな効果がでるんじゃないかな。仕組みの説明は、間違っているかもしれないけれど。

 ともかく、真っ直ぐに飛んでくれないまん丸な石を、わざわざ集めておいた甲斐があった。

 セバスは反射的に剣の位置を修正し、なんとか防ごうとした。が、わずかに剣の端をかすっただけで、石はセバスの下腹部に命中した。


「ぐっ」


 革鎧越しでも、かなりの衝撃だったようで、セバスは体をくの字に曲げた。ぼくはすかさず追撃のスキルを発動する。


「『縮地』!」


 ぼくは一瞬で彼の目の前に移動し、手にした剣を思い切り突き出した。その切っ先は、敵が身につけている薄い鎧と腹部の肉を切り裂いて、背中まで突き抜けた。


「縮地、だと?……まだ、技を、隠していたのか……」


 セバスはそうつぶやくと、力なく腕を落とした。カラン、と剣が地面に転がる音が、空き部屋の中に響いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る