第67話 それぞれのパートナー
大高はごほんとせき払いし、急に取り繕った表情になって、
「そ、そういえば、ユージ君。今日は、何か用があって来られたのですか」
「ああ。ちょっと急な話だけど、仕事の関係があって、ぼくはこの街を出ようと思ってる。しばらくは、帰ってこないつもりなんだ。だから、挨拶だけはしておこうと思って」
「そうですか。それは寂しくなりますな。ですが、また戻ってくるのでしょう? この街に来たら、いつでも訪ねてきてください」
大高は明るい表情で、こう返してきた。これが今生の別れ、というわけでもないからね。ぼくの言葉に大きく反応したのは、彼ではなくバレンティンだった。彼はぼくに詰め寄るようにして、こんなことを聞いてきた。
「ユージ様。できましたら御出立の前に、お教えください。大高様がまだご存じでない、新しいスイーツのレシピはございませんか?」
うん、確かにこの支配人、商売には熱心みたいだ。
新田は、建物の中庭にいた。
あまり広いとは言えないスペースの中で、若い男と向かい合って戦闘の訓練をしている。二人とも手に武器は持っていないが、試合形式の訓練のようだ。戦いは終始新田が押し気味で、やがて新田の低い蹴りが足を払って、相手を転倒させた。そこへ素早く詰め寄って、その顔めがけて打ち下ろした正拳突きを寸止めにする。練習試合は、どうやら新田の勝ちで終わったようだ。
一区切りがついたところで、ぼくは新田に声をかけた。
「久しぶり。何してるんだ?」
「格闘術の訓練だよ」
「それはわかるけどさ。けど、どうして格闘術の訓練を?」
「護衛だよ。商品の護衛」
新田の話によると、この商会のお菓子は貴族向けの高級品で、それなりの金額になる。だから配達の際に、彼が護衛としてついていくのだそうだ。
護衛役も剣などを持っているのが普通なんだけど、新田のジョブは、『格闘家』だから、帯剣はしない。この、剣を持たないことには、それなりのメリットもあるんだ。貴族宅を訪ねる場合などは、帯剣したままだと部屋に入れてくれないことがある。そんな場合でも、新田なら同行して中に入ることができるらしい。
「で、こいつ──ブランドンっていうんだが、こいつと手分けして、配達について回ってるってわけだ」
ブランドンと呼ばれた男は礼儀正しく一礼した。全身が筋肉質で、背は新田よりも高いくらいだ。確かに彼なら、見た目の威圧感だけでも、護衛役が務まるかもしれない。
「この人も強そうだね」
「うん。なかなか筋がいいよ。格闘術をしてくれる人がなかなかいなかったんだけど、これでやっと、本気で競い合う相手ができそうだ」
新田は、一汗かいた後の爽やかな笑顔を浮かべた。
「で、ユージは、何しに来たんだ?」
ぼくは新田に、この街を離れることを話した。新田は、気楽そうな口ぶりで、
「冒険者って、そんなもんだよな。また会うことがあったら、何か食いに行こうぜ。今度は、俺がおごるからさ」
そんなことを話していると、エプロン姿の若い女性が、中庭に出てきた。新田たちを見つけると、
「マサシゲさん、それからブランドンさん! お願いしまーす」
その声を聞いた新田とブランドンは、そろって微妙に嫌そうな顔になった。ぼくはたずねた。
「おまえ、調理の仕事もしてるの?」
「調理の仕事というか、力仕事というか……まああれだ。ボールの中の生地を、泡立てる仕事だよ。それの担当も、俺たちってことになってる」
商会が大きくなり、護衛の仕事につくようになっても、そのあたりの役回りは変わらないようだった。
厨房には黒木もいる、というので、ぼくは新田と一緒に建物の中に戻った。
厨房に入ると、黒木は新田を呼びに来た女の子と並んで、なにかおかしそうに笑い合っていた。エプロンを着ているところを見ると、彼も厨房の担当になっているらしい。ぼくは黒木に聞いた。
「おまえ、台所仕事なんてできるの? お城でこっそりお菓子を作っていた時は、ほとんど手伝わなかったじゃないか」
「いやいや。こんな所でこんな服を着てるけど、俺の仕事は、実は頭脳労働なのさ」
黒木は答えた。詳しく聞いてみると、「頭脳労働」というのは、要するにレシピの管理係のことだった。
例えばプリンを作る時には、いろんな材料がそろえられた部屋に黒木一人が入って原液を作り、できあがった原液を従業員に渡して、プリンを作ってもらう。そんな感じで作業しているらしい。お菓子の製法の、秘密保持のためなんだろう。
たしかに、プリンにしろクリームにしろケーキのスポンジにしろ、材料と作り方がわかってしまえば、簡単に真似されてしまいそうだからなあ。パティシエのような微妙な調理の腕なんてぼくらにはないんだから、その分、情報こそが命なんだろう。
街を出ると告げると、黒木はぼくの肩を叩いて、こう言った。
「そうか。ユージもがんばれよ。なんと言ってもおまえは、おれたちの夢を一つ、かなえてくれたやつだからなあ」
「夢? このお店のこと?」
「見てろよ。俺もいつかは、美人の奴隷を手に入れてみせるぜ!」
あ。奴隷のことは、ばれてたんだね。同じ街に住んでるんだから、それはばれるか。少し恥ずかしいというか、なんとなく後ろめたいところもあったから、リーネはここに連れてこなかったのに。
と思っていると、そんなことを言った本人があわてた顔になって、さっきの女の子(プリシラという名前らしい)に向かって謝り始めた。プリシラは、かわいらしく頬をふくらませて、そっぽを向いている。どうやら、「美人の奴隷」という言葉が、彼女の気に障ったみたいだ。
けど、プリシラの方も、本気で怒っているわけではなさそう。はたから見ていると、謝る方も謝られる方も、なんとなく楽しそうな感じだった。
どうやら黒木のやつも、いいパートナーを見つけたみたいだった。
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