第66話 ずいぶんと様変わり
久しぶりに訪ねたランドル商会、いやランドル菓子店の店舗は、ずいぶんと様変わりしていた。
まず、店の前に、大きな看板が立てかけられている。この世界では珍しい、明るいパステルカラーの文字で、
「女性に大人気! 今、話題のスイーツ、『プリン』」
の宣伝文句と、プリンのイラストが描かれていた。どうやら、プリンの店頭販売を始めたらしい。店の前には、十人ほどの行列ができていた。行列の人たちをよけて店に入ると、小さなカフェ・コーナーは、お客さんで一杯だった。
賑やかな店内を通り抜けて、厨房に続くドアをノックする。ドアを開けたのは、見たことのない中年男だった。
「失礼ですが、どちらさまですか?」
「ぼくはユージといいますが、大高たちはいますか?」
「ユージ? ああ、ユージ様ですか? ご高名は、かねがねお伺いしておりました。どうぞ、お入りください」
男はにっこりと微笑んで、ぼくを招き入れた。そして、何人もの店員たちが忙しそうに働く厨房を通り過ぎ、奥の事務室へぼくを案内した。
そこでは、デスクに山と積まれた書類をはさんだ大高とアーシアが、こちらも忙しそうに仕事をしていた。
「おお、ユージ君。お久しぶりです。冒険者稼業は、いかがですかな?」
ぼくに気づいた大高が、うれしそうな声を上げた。
「なんとかやってる、って感じかな。それより、すごい数のお客さんだね。表には行列までできちゃってるし、ほんと、見違えたよ」
「そうですな。こちらもなんとか、当初の目標を達成しつつあります。
貴族の方々への販売も順調ですし、以前お会いした時にお話しした、店頭売りも始めました。実は、ここの他にも二カ所ほど、店頭売りの支店を出しておるのですよ。そのため、人手がまったく足りなくなりましてな。今は、そのやりくりで大わらわです」
「すごいね。何がそんなに受けてるの?」
「店頭売りは、やはりプリンですな。それから、アーシアさんに生クリームのような材料を見つけてもらいましたので、ホイップクリームを作ることにも成功いたしました。そのクリームを使った各種のケーキが、主な売れ線ですな」
「ふわふわパンケーキは?」
「あれは作っておりません。作ったらすぐに食べないと、しぼんでしまいますからな。配達には向かないのです」
「配達先で、その場で作っちゃえばいいんじゃない?」
「そうすると、レシピ流出の危険がありますからなあ……それに、実際のところ、貴族のお宅の厨房をお借りするのは、セキュリティの関係上、難しいのだそうです。カフェで提供したこともあるのですが、カフェには上流階級の方は来てくれませんからな。ああいう食べ応えのない品は、この世界の一般庶民には受けないようです。
ただ、たしかにあのパンケーキは、惜しいのです。アーシアさんにも食べていただいた時も、かなりの衝撃を覚えていただいたようでした。ですから、どうにかしてあのメニューを貴族の方々にお届けすることができれば、さらなる革命を起こすことができると思うのですが……」
大高は残念そうに首を振った。名前が出てきたところで、ぼくはアーシアさんにも挨拶する。
「アーシアさんも、ご無沙汰してます。忙しそうですね」
「こんな忙しさなら、大歓迎ですよ。それもこれも、ユージ様のおかげです。本当に、感謝しております」
アーシアはにっこりと笑って、ぼくの方を見た。ちょっと疲れている感じはあるけど、大高たちを連れてきた時のやつれた顔とは、大違いだ。
「ところで、この人は?」
ぼくは、ここに案内してくれた男の人に、軽く視線を投げた。
「ああ、ユージさんとは初対面ですね。新しく就任してもらった、当商会の支配人です」
「バレンティンと申します。よろしくお願いします」
男は
「いよいよすごいね。じゃあ今は、お金が入って入って、たまらないんじゃないの?」
ぼくが下世話な冗談を言うと、大高は大真面目な顔で首を振って、
「それが、そうでもないのですよ。
いや、利益が出ているのは間違いないのですが、今は業務を拡大させている真っ最中ですからな。資金はいくらあっても足りないくらいなのです。あがった利益は、そちらへ再投資しなければならず、我々が贅沢三昧の暮らしをする、なんてことは、まだまだ先の話になりそうですな」
「そうなんです。ですから、バレンティンさんにも苦労をお掛けしてしまって。本当はもっと、お給料をお出ししてあげたいんですけれど」
「とんでもありません。このようなやりがいのある仕事を任せていただいたことに、感謝しております。今では、この商会を大きくすることは、私の夢ともなっております」
アーシアの言葉に、バレンティンは、あくまでも慇懃に答を返した。
「次の目標は、王都イカルデアですな。店頭売りは中流層をターゲットにしておりますが、この世界は、まだまだ経済的には貧しいです。スイーツの購入層となると、どうしても上流階級がメインになります。
となると、最も需要が大きいのは、やはり王都でしょうな。この勢いのまま、都へ乗り込んでいきたいと考えております。
それにです。イカルデアへの出店ができたとなれば、我々にとっては、一種の凱旋になるでしょうからなあ」
大高は言った。これまであまり気にしているようには見えなかったけど、彼にとっても、王城から追い出されたのは面白くない出来事だったんだろう。
「それにしても、おまえ、変わったなあ」
「そうですな、少しは、やせましたかな? このところ、ずいぶん忙しく働いておりますから」
「そうじゃなくてさ。以前は、女の人が苦手だっただろ? 今はそんなに近くにいても、平気じゃないか」
ぼくとしては、ちょっとからかっただけのつもりだった。だけど、そう言われた二人は、あからさまに顔を赤くして、少し距離を取った。大高だけでなく、アーシアも赤くなっている。
あれ、これってひょっとして、そういうことなの?
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